一時帰国中は色々なバイトをします。各地に行ってビジネスホテルに泊まるのがすごく好きです。

 

現在は函館に来ています。一週間働きます。海産物が驚くほど美味しいです。


印象的だったのが、ラーメン屋さんにいた旅行者の西洋人の方達が、味噌ラーメンを箸を使いながら、大きい音をたててすすって食べていた事です。


ラーメンをすすれる西洋人を見た事がなかったので嬉しい気持ちになりました。





数か月前に突然消滅した若手心臓外科医の会(JAYCS)の「留学ブログ」が復旧され、閲覧可能となりました。

 

オーストラリアやニュージーランドでの臨床留学(海外で医師として働くこと)の日常や、留学に必要な条件について書いています。役に立つかもしれないものや全く役に立たないものまで合わせて193の記事があります。

 

興味がある方はどうぞご覧になって下さい。https://teamwada.net/old/?cat=6

NZで感染症内科のスペシャリストとしてご活躍中の青柳先生とついにお会いすることができました!

 

おそらくNZで内科系のコンサルタントをされている唯一の日本人の先生です。私がNZにいた時になかなかお会いできなかったのですが、小山先生(ニュージーランドの高校御卒業)の御尽力もあり遂にお会いできました。

 

佐賀県で日本病院総合診療医学会総会があり、青柳先生と小山先生がシンポジストとして御登壇されるということで行って参りました。初の他科の学会参加で興奮してしまいました。

 

学会の後は、小山先生に最高級のウナギを御馳走して頂きつつ、三人でNZオフ会をしました。とても聡明な先生方との会話はとても楽しく、あっという間に時間が過ぎてしまいました。また是非お会いしたいと思いました。

 

左から小山先生、青柳先生、私

 

 

右上が最高級鰻

故郷である熊本県玉名市にある、公立玉名中央病院の総合診療科部長・小山先生にお誘い頂き、熊本大学病院で臨床留学についてお話をさせて頂きました。

 

玉名中央病院も案内して頂き、研修医の皆さんとお話しをする機会も頂きました。

 

研修医教育に力を入れているとのことで、最近5年間で初期研修医の数が1人から13人に激増したようです。皆さん優秀でした。

 

小山先生は優しい誠実な先生でした。研修医の海外での短期研修もオーガナイズされており、今年は研修医の先生方をタイに派遣するそうです。なんと旅費・宿泊費などは病院持ちとのことです!!

 

小山先生自身が高校時代をNZで過ごされたこともあり、研修医の皆さんにも「世界に目を向けて欲しい」という思いをもっていらっしゃいます。

 

次はNZでの研修先もオーガナイズしようとされています。

 

興味のある医学生や研修医の先生は小山先生(kohtao@orange.ocn.ne.jp)に連絡を取ってみるといいかもしれません。僕が初期研修医だったら入局してしまっていたと思います(笑)

 

 

 

 

 

 

私は飛行機の離着陸時の耳抜きが非常に下手くそで、過去の100回以上に及ぶフライトでほぼ毎回頭が痛くなっていました。

 

しかし今回、ついにその解決法を見つけました!!

 

このイヤープレーンという耳栓です。これが、いい具合に耳での気圧を調整してくれて頭痛の症状を大幅に緩和してくれます。

http://www.kokenmpc.co.jp/products/medical_plastics/ent/earplanes/index.html

 

私はもうこれなしには生きていけない体になってしまいました。

 

耳抜きが苦手な方は是非試してください!!世界が変わります。

私が初期研修医時代に大変お世話になった整形外科の岡野先生に寄稿して頂きました。ニューヨークでリサーチフェローをなさっています。これからアメリカのみならず海外に留学をしようという方にとって、とても有益な情報が書かれているので、是非読んでみて下さい!

 

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皆さま、こんにちは。ニューヨーク在住の岡野といいます。私は心臓外科医ではありません。整形外科で脊椎外科を専門にしています。NZにも7年前に3カ月短期手術研修でいました。それを除けば初期研修終了後、市中病院でずっと10年以上臨床のみをやっていました。その後、縁あって渡米し、現在Hospital for Special Surgeryという整形外科専門病院でClinical Research Fellowというポジションについて2年目になります。

いわゆる研究留学ですが、日本からの留学でよくある基礎研究ではなく、臨床研究のみです。ここでは日本では、まだあまりなじみのないClinical Research Fellowの仕事について紹介したいと思います。

私は複数ある脊椎外科のグループの一つに入って、そこのチームのデータを使って研究を行っています。仕事としては皆さまが学会発表などの際に行う、データ取り、統計解析、執筆です。プロジェクトは各種ありますが、扱うデータの量が膨大なので、臨床の片手間にはできず、完全に研究専任のチームで行っています。脊椎部門だけで20人以上いるAttending Physicianのうち、4人がグループになっており、その内の一人が週1のミーティングで、研究を統轄します。自分のチームには専任のコーディネーターのほか、数名のリサーチフェローや医学生などが所属しています。アメリカ人やヨーロッパからの留学生など様々ですが、多くは若い人たちで、医学部を出てレジデントに応募する前に業績を積みたい人や、一般大学卒業後で医学部入学前(gap yearといいます)の学生などです。統計解析は専任の生物統計学者が行います。

基礎研究と違う臨床研究留学のメリットは、データさえあれば特に専門的なスキルがなくとも比較的短期間で論文を出しやすいという点にあります。分野別臨床医学雑誌ならば一流紙でも年間複数出すことも場合によっては可能と思います。日本よりずっと多くのデータが扱えることも大きなメリットで、最たるものはデータベーススタディです。保険会社、州、学会のデータベースに関するアクセス権を病院が持っていれば、とても簡単に大きなreal world dataを入手できます。アメリカにもお役所仕事的な面倒なプロセスが多少ありますが、日本のDPCのデータを使った研究などよりも、はるかにアクセスは容易だと思います。こういった研究は時間も比較的かからないので、レジデントやクリニカルフェローの課題論文になることが多く、裏を返せば、こういう論文のFirst Authorは必ずしも臨床や研究に造詣が深いわけではありません。データのアクセスは同じ施設内でも優先権があるようで、ここは政治的な要素が大きいようです。

米国発の臨床研究といえばすごそうですが、少なくとも自分の専門分野に関して言えば、データ量と分業以外の点では、いろいろと問題もあります。実際に研究の主体となるのは臨床経験の乏しいフェローたちと、解析をするのは臨床を知らない統計学者、指導医たちは研究に関わる時間がほとんどないというのが実情です。研究開始の段階で、重要な点が抜けていたということが後からわかることもあり、またフェローの書いた草稿を見ると頓珍漢な議論になっていることもまれでなくあります。指導医の方は研修医の先生が初めて書いた論文を想像していただけるとちょうどいいかと思います。どうやらこちらでは優秀さの指標に口頭プレゼン能力が占める割合が日本よりだいぶ大きく、優秀な整形レジデント・フェローたちは皆プレゼンが上手です。その副作用か若いフェローの中には、経験はなくとも自信だけはいっちょ前で、大した仕事はしていなくともオーサーシップも含めた権利を堂々と(いけしゃあしゃあと)主張をする輩もおり、こちらもそれなりの対応を求められます。

ほとんどの日本人にとっては同じ土俵で勝負するより、自分の強みに集中した方が評価につながると思います。もし先生方が臨床研究で留学をされるのであれば、英語がちょっとできることよりも、臨床経験に裏打ちされた専門知識、多変量解析くらいまでの医学統計の知識(日本でのこの手の本の豊富さはすごいです。おススメの本、ご希望あれば紹介します)、あとは対人関係スキルの方が役に立つでしょう。対人関係スキルといっても、いつもHey! How are you? の陽キャラでいろということではなく、どちらかというと日本的組織の中で自然と培われた根回し他の技術です。ちなみに自分もネクラです。

採用にあたっては臨床研究では基本的に経験は不問です。ほとんど場合は指導医の誰かか、過去にいたリサーチフェローの紹介です。正式に求人が出ることは基礎研究のポスドクなどと違いほとんどありません。自分は日本でお世話になった先生を介して紹介していただきました。

もし何のコネもなければどうしたらよいでしょう。(以下個人の感想です。)よく昔留学していた人で、メールするなり電話するなり連絡しまくるんだ的なことをいう益荒男な人がいますが、極めて非効率的だと思います。実際そういう人たちによく話を聞くと、確かにそれはやったかもしれないけど、実際にポストを得たのは人の紹介だったなど、益荒男的行為自体の成功率は低く、他人に勧めるのは自分の認知的不協和を解消するためとだと私は思います。自分の同僚で、コネなしから実際にリサーチフェローになった人達の多くは、段階的なアプローチをとっています。例えば、日本と違いフェロー一人だけで学会に行くことも多く、特に立ちんぼポスターセッションでは、一人でフェローは寂しい思いをしています。そこで質問して会話して連絡先聞いて、もう一回別の学会で会って親しく話しかたりでもすれば、通常「あいつはいいやつだ」ってなります。次に今度近くに行くのでリサーチミーティングとかを見学したいといって、実現すればそこで指導医やコーディネーターとの面通しができます。その人の力が及ぶ範囲で他のお願いでもいいとは思いますが、いきなり手術見学とか、ダイレクトに指導医を紹介しろとかは、ダメです。その場ではSureとか言われるかもしれませんが、めんどくさい度が上がるほど、その後放置の可能性が高いです。もう一つの要素としては、Residencyと同様に研究グループもIMG friendlyなところとそうでないところがあります。可能であれば過去に医局経由でも日本人が留学していたことのあるところを狙いましょう。

こっちでグラントもらっていくから最初は給与なしでもOKとか言えば、採用の可能性は高まると思います。基礎研究で留学している先生などは、業績とスキルがあれば給与を最初から得ることも可能かもしれませんが、当施設の臨床研究フェローでは、有給のポジションはコネ採用か、当初無給から昇格という人がほとんどです。ちなみに米国はビザ申請時に原則完全無給はダメで、渡航先がお金を出せなければ、日本のどこかから一定額以上をもらっているという証明が必要です。裏を取られたという話は聞いたことがなく、皆よきにはからっているようです。

私は手術の見学もさせて頂いています。自分の分野では、手術等の臨床のレベルは日本も同程度だと思います。もちろん新しく勉強になることはたくさんありますが、日本のレベルの方が優れていると思う点もあります。レジデントやフェローがいっぱい執刀させてもらっているかといったら、少なくとも当院の脊椎外科はそうでもなく、一部の卒業間近フェローのおぼつかない手技を見て、こいつらが数か月後は一人で手術するのかと考えると心底恐ろしいと思ったこともありました。私は手術の腕を上げるため、ECFMGも取得し当初Clinical fellowをやる気満々で渡米しましたが、実際に手術を見てみて、すでに卒後10年以上で指導医も取得している身では、こちらで1-2年フェローシップをするのは、正直得るところが少ないと思いました。この点は執刀機会の異なる心臓外科とは異なると思います。当たり前の話ですが、留学の効果は万人共通ではありません。診療科の違いは大きく、同じ診療科の中でも、将来のゴール、subspecialty、留学時までの臨床経験などでも変わってくるでしょう。やはりここは自分の専門分野の留学経験者によく話を聞いて、短期でも見学に来て実際に自分の目で見てみるのが一番と思います。

話はそれましたが、もし私が何かお役に立てることがあれば、いつでも遠慮なく下記アドレスにご連絡ください。

岡野市郎

Research Fellow, Spine Care Service,

Hospital for Special Surgery, New York

Ichiro.okano.e31@gmail.com

小山先生は高校時代をニュージーランドで過ごされた後、飛び級という形で日本の大学の医学部に編入されました。

現在は、熊本県の公立玉名中央病院で総合診療科の部長をされています。初期研修医や後期研修医の先生方の教育に情熱を注いでいらっしゃており、今年はタイの病院と提携を結ばれたりと精力的に活動されています。とても面白いご経歴なので御寄稿を依頼しました。面白いので是非読んでみて下さい!

 

<親の都合で海外移住した子供の視点>

 


読者の皆様、はじめまして。公立玉名中央病院 綜合診療科の小山 耕太(おやま こうた)と申します。この度、ニュージーランド(NZ)で勤務されている月岡祐介先生に寄稿する機会を頂きましたので、投稿させて頂きます。
私は中学~高校生時代をNZで過ごしており、当時(1994-1997年)のNZでの学校生活や、帰国子女として日本の大学に入学するまでの過程について、子供の視点でお話しさせて頂きます。現在、留学中の方や、留学を検討中の方で、お子さんがおられる方々の参考になれば嬉しいです。
私の生まれは、鹿児島県姶良市(旧姶良郡姶良町)で、学習塾を営んでいた父親、ピアノ教室を営んでいた母親と4歳年下の弟がいます。この父親が私の人生で、かなりの影響力を持つキーマンです。1993年、13歳だった私は、中学受験を経て某私立中学に通うパイロットを夢見る少年でした。月岡先生のような優秀な方はラサールへ、そうでない方が進学するのがその私立中学校でした(笑)。そんなある日、突然父親が「世界一周してくる」と言い出し、地球を東西どちらかの方向へ移動し続ける航空券で約1か月の旅に出ます。そんな父親が帰国してこれまた突然、「NZに引っ越す」と言い出すのです。当時父親は、営んでいた学習塾の生徒の為に、
「英語圏での留学機会を与えたい。」
という希望を持っていた様です。この父親、留学経験は無いのですが、幼少期を山口県岩国市で過ごしており、米軍基地に週末を利用して国内では食べられない、ホットドッグを食べるのを目的に自主的にホームステイ留学(?)をしておりました(多分、合法的に・・・)。そのお陰で、留学経験無くしてソコソコ英会話ができる人物です。突然の引っ越し宣言から数か月後、永住権を取得し、私が中学2年生になる頃には引っ越していました。子供心に、この父親は「普通じゃないな。」と思っていました。
移住した1994年当時、NZ在住の日本人はほとんどなく、街で日本人とすれ違うことはほぼ無い時代でした。もちろん日本人学校は無く、引っ越して早々に地元の学校に通う事になるのですが、その際に某私立中学から頂いた内申書を参考に、日本の中学2年生に相当する3rd Form(現在の学年の呼び方は変わっているかもしれません)に編入するところを、中学3年生に相当する4th Formの学力相当と判断され、いきなり1年飛び級する事になりました。進学校に通っていてラッキーでした。通った学校はLong bay collegeといって、片田舎の牧草地の中にありました。生徒数は5学年(3rd-7th Form)で約1500人ぐらいです。もちろん、英会話なんて全くできない少年でしたので、通い始めて2ヶ月ぐらいは教室の隅っこで誰と話すわけでもなく(私は、自他ともに認める陽気な人間です)過ごしておりました。どこの教室でも、1人ぐらいはボランティア精神旺盛な、世話焼きさんがいるものです。特に、日本に興味を持っている生徒は割といて、知っている片言の日本語で話しかけてくる(もしかしたら、からかっていたのかもしれません・・・)人がいます。この時が友達になる少ないチャンスでした。実際、子供も自分なりに友達を作る為、精一杯の努力と勇気で試行錯誤しています。そして、最終的に分かった事は、教室で話しかけ易いタイプの人は、「昼休みに読書にふける様な人」です。彼らは案外、話しかけられることを嫌がりません(嫌がってないように感じてました・・・)。その内、週末はお互いの家を行き来する仲になり、そこから様々な人と知り合う事になります。よく、英語の勉強はどうやってしたのかを聞かれますが、英語圏に住む日本人の子供に、そもそも英語を勉強する意識はありません。学問ではなく、コミュニケーションのツールですので、体得したというのが実際です。なので、私の様な帰国子女の多くは、日本人に英語を教えるのが、かなりヘタクソです(多分)。例えば、日本語で本数を数える際に1「ポン」2「ホン」3「ボン」4「ホン」と発音が変わる理由を外人から聞かれても、大抵はうまく説明できないのと似ています。なので、子供は海外に移住して、第1外国語を学問として認識していません。生活するために必要なツールなのです。逆に言うと、親心で熱心に英語を勉強する機会を子供の為に作る努力は、あまり必要無いです。それよりも、まずは友人を作る為の作戦をじっくり親子で考えた方が英会話スキルを得る上で効率的です。
編入当初は、はっきり言って困難の連続です。授業も全くついていけません。数学だけ何とかついていける程度です。先生が言っていることが聞き取れないので、宿題が何かも分かりません。宿題が何かを尋ねる言葉も分かりません。挙句の果てに、父親が学年主任の先生に呼び出される始末。
子供として、言葉のハンデを超えてでも現地の人と良い勝負ができる可能性が高いのは、「勉学」です。私は日本人にしてはかなり体格が大きい方(身長181cm、体重90kg)なのですが、現地では普通のサイズです。子供ながらに意地がありました。なんとか親に褒めてもらいたいと子供は考えるものです。編入当初は、試験も数学以外はほぼ0点。恥ずかしくはないのですが、悔しい気持ちに押し潰されそうになります。そんな時、家族が一番慰めてくれましたし、ほどなくしてできた、思いやりがあるボランティア精神が旺盛な(笑)友達が心の支えでした。度々、ラグビー観戦やホームパーティーに誘ってもらい、ストレスを発散していました。そのお陰で、英会話のスキルを体得し、移住1年後には学校生活も問題ないくらいになります。
ここで誤解の無いようにしたいのが、「子供は必ず英会話を体得できる」と多くの親が信じていることについてです。大抵、子供に限らず上記のような困難な状況で、精神的に楽な環境を求めるのは必然です。なので、当時は学校に1割程度のアジア人(韓国人が最多)の留学生がおり、大抵はその母国に応じてコミュニティーを形成しています。そして、NZの高校に通いながら多くの時間を母国語で生活しています。当然、留学生である立場は同じなので、海外の高校生活をする上での困難を共感してくれるので、楽な生活が可能です。残念ながら、そのコミュニティーで多くの時間を過ごす子供達の英会話スキルの上達には、限界があります。実際、数年来留学生活をしている、あるアジア人が話す英語を聴いて、「大丈夫か?」と不安になることは珍しくありません。これが真実です。なので、小山家では父親の指令で、アジア人コミュニティー参加禁止令が出ていました。その分、自宅では常に日本語で生活し、玄関を出た瞬間から英語での生活を強いられていました。その分、日常の家族からのあらゆる支援が子供には重要になります。例外的に、未就学児~小学校低学年までの年齢で移住した子供は、ほっといても英会話スキルは上達します。その要因は、この年代の子供は国籍という概念が無い分、人種別のコミュニティーを作らない傾向にあるからだと思います。ただ、逆に日本語のスキルが疎かになるリスクがあることも事実です。従い、この年代で移住した子供に特有の悩みは、大人になって「日本社会になじめない」という事になります。これはこれで、大変な問題になっており、私の親しい友人(日本人)の子供さんは、最終的にNZに帰化しました。
親の都合で海外に移住した子供は、将来のロールモデルを親に求める傾向が、特に小学校高学年以上で移住した子供には強いと思います。海外に移住して、しばらくは確実に孤独を経験するので、その傾向は必然でしょう。そんな子供を親は全力で支えてあげてください。でも心配は要りません。少しずつで良いので、現地の友達を作る為のアドバイスさえすれば良いです。子供によって、それぞれ性格は違います。友達を作る為の、それぞれの子供の性格に応じた方法を、予め親子で話し合っておくことをお勧めします。
今回、親の都合で海外移住した子供の視点で執筆致しました。次回(もし機会がありましたら)、この様な環境で育った子供が、どのようにして医師になったかをお伝えしたいと思います。
末筆ではございますが、皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。そして、この様な寄稿の機会を与えてくださいました、月岡先生に感謝申し上げます。個別での連絡を希望される方は、遠慮なく下記アドレスまでどうぞ。返信に時間を要することがありますので、その際はご了承ください。
kohtaoyama@yahoo.co.jp

公立玉名中央病院 総合診療科部長
1980年5月31日生まれ
2004年4月:医師免許取得
2013年3月:学位(医学博士)取得
 

海外に行く際に気になるのがホテルの事だと思います。これから直前講習や試験を受ける方が、ホテルの事で不安を感じないように、私が利用したホテルの事を簡単に記載します。

 

ゴールドUSMLEレビュー用のホテル

Country Inn and Suites by Raddison, Atlanta, Airport South

予備校から歩いて3分の距離にあるホテルです。最も近いホテルなのでおすすめです。

良い所は、この講習を受けると告げればホテル代金が大幅にディスカウントされるということです。定価120ドルくらいが70ドルくらいになります。但し、ネットからはディカウント価格で予約できないので、日本から国際電話をかけて講習を受講する旨を伝えて予約しなければなりません。

空港についたら、国内線ターミナルに移動してホテルシャトル専用の乗り場のところで無料シャトルバスを待ちます。定期的に来ます。万一来ない際はホテルに電話します。ホテルまでは10分以内で着きます。タクシーだと20ドルくらいです。

設備は古いですが、使い心地は悪くありません。部屋は広々としていて空調もシャワーも合格点です。ランドリーもあります。Wi-Fiもサクサクです。そもそも部屋で過ごす時間がほとんどないのであまり部屋の事は気にならないと思いますが。ロビーの近くにパソコンもあり、印刷も無料でできます。ホテルの一階にステーキ屋さんがあります。深夜まで開いています。

朝食は付いています。種類は多くないですが、結構おいしく、私はテンションが上がっていました。

なによりスタッフの感じが良かったので荒んだ心が少し癒されました。

 

ロサンゼルスの2CSの受験会場の近くのホテル

コートヤード・ロサンゼルスLAX/エルセグンド

今宿泊しているホテルです。120ドルくらいだと思います。ネットで予約できます。空港に着いたらホテルに電話して送迎をお願いする必要があります。空港からは10分くらいです。部屋はこぎれいで広々しているのでテンションが上がります。Wi-Fiはサクサクなので、スカイプで練習することができます。途切れる場合は一日5ドル払えばもっと速いものを使えるみたいです。朝食は付いていません。ホテル内に24時間営業の小さな売店があるので少し安心です。プールやジムもついているので気分転換に利用するには良いと思います。近くにはお店もボツボツあるみたいです。大きなスーパーも近くにあります。

 

また何か気づいた事があれば書きます

USMLE(アメリカの医師国家試験)のSTEP2CS(医療面接のやり方の試験)の直前講習でアトランタに来ています。

 

この試験の対策講座を行っている会社は、私が知っているものではKaplanとNYCSPrepとゴールドUSMLEレビューの3社があります。

 

Kaplanは老舗で最もシェアが大きい会社です。恐らく日本人の多くの方がここで直前講習を受けているのではないかと思います。NYCSPrepは安い事で有名なようです(詳しくは知りませんが)。今回私が受講したゴールド USMLE レビューは値段は上記2社の中間であり、スパルタ形式であることが特徴なようです。

 

私は当初KaplanやNYCSを受講しようとしたのですが、受験日との兼ね合いでゴールドを受講することとなりました。軽い気持ちで受講したのですが、この体験が予想をはるかに超えるものであったので、これから直前講習の会社を選ぼうという方の参考になればと思いここに体験記として記載させて頂きます(あくまでも個人の意見です)。長いので以下に簡単に要約します。

 

①休憩がない

②食べさせてくれない

③終わるのが深夜(0時過ぎ)

④教官が耳目を疑うくらい威圧的

⑤模擬試験は有効

⑥4日目は参加者が私だけになってしまいマンツーマン

 

以上のような感じです。以下に詳細を記載します。

 

私は4日間コースをとったので、

初日と2日目は座学およびデモンストレーション

3日目は模擬試験(12ケース)とその結果発表および表彰

4日目は整形外科疾患の診察の練習

といったスケジュールでした。

 

①休憩がほとんどない

朝9時から深夜0時半までの授業の間に、休憩は20分だけでした。トイレに行きたければ授業の邪魔にならないように行きなさい、どうしても水が飲みたければ飲んでもいいよとのことでした。。。

 

②食べさせてくれない ③終わるのが深夜(0時過ぎ)

上記の20分休憩が17時くらいに設けてあるのですが、出されるものはピザや中華のテイクアウトでした。そんなにおいしくないし、休憩中に暗記しないといけない事があるのであまりたくさん食べる暇がありません。終わるのは深夜12時半なのですが、お店が開いてないし、食べる気力もないので、朝食と夕方のピザ一切れしかお腹に入れることができませんでした。

 

④教官が耳目を疑うくらい威圧的で細かい

医師と医師じゃない人の二人の講師がいました。医師じゃない講師はとにかく細かい人で、その人が言ったフレーズを同じ順番で同じ言葉遣いで言わないとストップさせられて初めから言い直させられますし、診察中の所作もびっくりするほど細かく指摘されます。ひきます。暗記のためのゴロも彼の採用しているもの以外は認められないので、改めて一から覚えさせられます。

 

医師の方の講師は軍隊の隊長のようでした。彼が話している間は質問をしてはいけません。授業の最後まで待ってその時にまとめて聞かないと退室させられてしまいます。声が大きく、私の人生で会った中で一番威圧的な話し方をします。3日目の模試の真っ最中に、レクチャールームのテーブルに小さな傷を見つけたらしく、その犯人捜しをし始めました。驚くことに、模試をわざわざ中断させ、受験している生徒全員をそのテーブルの前に一列に並ばせ、「これは誰がやったんだ!名乗り出ろ!」と言いました。誰も名乗り出ないと、「お前か?」「お前か?」と一人ずつ目を見ながら聞いてきました。厳しい軍隊を題材にした映画のワンシーンみたいでした。幸い誰も心当たりがなく試験が再開となりましたが、心からひきました。

 

⑤模擬試験は非常に有効

模擬試験は12ケースを本番同様にやるのですが、全てのケース終了後1時間くらいで試験結果が発表されます。細かく点数化されていて、フィードバックしてくれます。改善すべき点を、遠慮なく、具体的に、きつめの言い方で指摘してくれるので非常に役に立ちました。表彰式も行われ上位2人が表彰されます。日本人独特の従順さをもって語呂を一から暗記しなおしたおかげで表彰して頂きました。その際のコメントを撮影されており、ホームページやYoutubeにアップされるみたいです。承諾とかはとられてないのですが。

 

⑥4日目は参加者が私だけになってしまいマンツーマン

3日目までは15人くらいいた人が、4日目には皆いなくなり私だけになってしまいました。なので、細かい性格の講師の人による、マンツーマンで指導という形になりました。これはラッキーと言えばラッキーだったし、アンラッキーだったと言えばアンラッキーでした。改めて細かいところまで矯正して頂き、非常にためになったし自信もついたのですが、体の芯から疲れました。

 

結論から言うと、ためになるコースだったのですが、スパルタという表現が易しく感じてしまうような雰囲気だったので、とても疲れてしまいました。人に薦めるかは難しいところです。こういうやり方が好きな人も実際いると思います。しかしながら、英語の経験があまりない人だと、かなり辛く感じてしまうと思います。

 

 

 

USMLE Step2 CS(医師として患者さんと上手にコミュニケーションをとれるかをみるためのテスト)の受験のためにアメリカに来ました。

 

まずはアトランタにてGold USMLE reviewという比較的マイナーな予備校で4日間の直前コースを受けます。

 

その後、ロサンゼルスに行って本番に臨みます。

 

嘘か本当かわかりませんが、ここ数年でこの試験がえらく難しくなって日本人の合格率が3割くらいになったという噂も耳にしたのでドキドキの挑戦です。

 

とは言いつつ怠けてしまい、NZから帰国してからの1ヶ月間の準備期間での受験となってしまいました。

 

この1カ月間で、DMMやネイティブキャンプという一般的なオンライン英会話を100レッスンとコンソシオ(consocio)というUSMLEに特化したオンライン英語レッスン10レッスンをやってきました。前者は問診の流れを何となく身に着ける事を目的に、後者は質の高い英語を身に着けることを目的にレッスンを受けました。

 

教科書はFirst Aidと、瀬嵜先生という先生がまとめられた対策マニュアル(https://usmlego.com/usmle-step2cs%e5%af%be%e7%ad%96%e3%83%bb%e5%8b%89%e5%bc%b7%e6%96%b9%e6%b3%95%e3%81%be%e3%81%a8%e3%82%81/)を使用しました。この瀬嵜先生の対策本は素晴らしかったです。

 

まるで合格体験記のようなノリで書いてしまっていますが、まだ受かっていないので、これらの本の著者の方やレッスンの会社の方々の顔に泥を塗らないように頑張って合格したいと思います。

 

コツがあれば教えて頂ければ有り難いです。