■サイクル・ロードレースの魅力:仲間の献身の基に成り立つ栄光
今年もツール・ド・フランスの時期が近づいてきた。今年は昨年の覇者ヴィンチェンツォ・ニーバリ、一昨年の覇者クリストファー・フルーム、輝かしい実績を誇るアルベルト・コンタドールを始めとした役者が揃い、強豪ひしめく面白い大会になりうそうだ。
サイクル・ロードレースの大会は、複数日程に渡ってレースを行い総合タイムを競うステージ・レースと、1日で完結する1dayレースの大きく2種類に分けられる。ツール・ド・フランスはステージ・レースの最高峰に位置する3大レース『グラン・ツール』の一つであり(他に、ジロ・デ・イタリアとブエルタ・ア・エスパーニャがある)、グラン・ツールの中でも最も歴史が長く(今年は第102回大会)権威のあるレースである。
私がサイクル・ロードレースの観戦に興味を持ったのは数年前、自転車乗りの友人に「面白いから1回見てみたら?」と勧められてTV観戦をしてみたことに端を発するが、一度見てすぐに虜になってしまった。
平地を爆発的なスピードで駆け抜けるスプリンターもいれば、車も登れないような急勾配(アルプスやピレネーを登るコースもある)を飄々と登っていくクライマー、ブレーキのタイミングを1秒でも間違えたら命の危険もある下りを時速100㎞近くでオートバイよりも早く駆け下るスペシャリストなど、個性豊かな選手(スプリンターは全く山が登れない、クライマーは平地では絶対にスプリンターに勝てない)が同じレースに出場しているという面白さや、総合優勝争いをしている上位選手がパンク等のメカトラブルや落車事故に巻き込まれるなどして遅れてしまった場合は、その選手が追い付いてくるまで先頭集団はペースを落として待つ(これはルールブックには記載されていない暗黙の掟)など、独特の世界観が満載だったからだ。
中でも私がこの競技の面白いところとして感じているのは、チームプレイの奥深さである。ステージ・レースに出場する選手の最大の栄誉は総合チャンピオン(グラン・ツールであれば全21日間の通算タイムで争う)を獲ることである。その他のタイトルとしては、コース上にあらかじめ設定されている関門(平地のスプリント地点や山頂地点)を通過した順位によって加算されるポイントの積算によって獲得する「スプリント賞」「山岳賞」といったものや、1日ごとに「ステージ優勝(区間優勝)」も存在している。総合チャンピオンを含め、これらのタイトルはすべて選手『個人』が受賞するものである。にも関わらず、レースに参加している選手は極めて高度な「チーム戦略」を立ててレースに臨んでいるのだ。
グラン・ツールのような大きな大会では、各チームが9名の選手をエントリーする。その中で総合優勝を狙う、いわゆる「エース」は通常チームに一人である。
非常に大ざっぱな言い方をすると、エース以外のメンバー8名(彼らは「アシスト」と呼ばれる)はエースを優勝させるために「犠牲になる」ことが仕事なのである。エースの体力を温存するためにひたすら「風よけ」となって毎日200㎞近くの距離を空気抵抗を受け続けて走ったり、エースが落車に巻き込まれないように隊列を作って進路を確保したりするのが彼らの主な役割となる。個人が表彰され、タイトルを獲得する競技であるにも関わらず、彼らは自らそのタイトルを狙うことを最初から捨て、コース上で力尽きてしまってでもエースを守るという仕事を献身的に続けるのである。
個人競技での協調というと、オリンピックや世界陸上等で複数の選手が出場している国のマラソン選手が、同じ国の選手同士で給水所で手にしたドリンクを分けあったり、途中で話し合いをしながらペースの上げ下げを行ったりということは目にすることがある。しかし最終的には彼ら・彼女らもライバルとなって個人で順位を競うことになる。そう考えると、個人の栄誉は一切捨てて、最初から他人のために犠牲になることを前提にしたレースプランで臨む競技という点で、サイクル・ロードレースは特殊な競技と言えるのではなかろうか。ゴール後にエースとアシストが抱き合う姿は何度見ても感動を呼ぶ。
■企業経営でも、全ての製品を花形にする必要はない
さて話は変わるが、企業経営においても一部の「犠牲」の基に全体を成功させるという考え方が存在している。
単一事業・単一製品ではなく、一つの企業が複数の事業や、単一事業であっても複数の製品を持ち併せていることも多い。これら全ての事業や製品で競合に勝ち、利益を上げていくことを狙うことは、チーム内の全ての選手がそれぞれに光り輝く舞台を目指すということに似ている。世界最大のコングロマリット(複合)企業の一つである米GE社は「どのビジネスもその産業分野でのシェアが1位か2位であること」をビジネス存続の条件としている。このような戦い方が可能なのであればもちろんそれを目指すことを否定する理由はない。
一方で、ある事業(製品)は収益性を度外視して、いわば利益を犠牲にして市場投入し、他の製品から収益を上げるというビジネスモデルがある。例えば家庭用のプリンタ。エプソンやキヤノンなどのプリンタメーカーは、プリンタ本体(先行品)を低価格で販売し(開発・製造コストを考えるとプリンタ本体の販売ではほとんど利益が出ない)、印刷時に必要となるインク(後続品)を比較的高価格で販売して利益を上げている。他にこのような収益モデルの例として、カメラを1ドルで販売していたコダック(フイルム販売やDEPで儲ける)、Kindle端末を低価格で販売しているAmazon(webサイトでのeコマースで儲ける)などがある。この収益モデルを最初に採用したのは米国のジレット社と言われており(ジレット社はカミソリ本体を格安で販売し、替え刃で利益を上げるというモデルを確立した)、このようなビジネスモデルは「レーザーブレード(Razor Blade)・モデル」と呼ばれている(Laser Bladeではない)。
このレーザーブレード・モデル、「損して得取れ」を企業全体で実現した秀逸なモデルであるが、誰もがこのような形で収益を最大化できるわけではない。このモデルが採用され機能するためには以下2つの条件が必要となる。
①顧客が最初に購入する製品(先行品。例えばプリンタ)を使用するにあたって追加購入が必要となる製品(後続品。例えばインク等の消耗品)が自社製品(のみ)であること
最初に購入した自社製品を継続して使用し続ける際に、他社(サード・パーティという)が販売している後続品でも用が足りてしまうのであれば、使用者はわざわざ高価な後続品を購入しない(サード・パーティは先行品で失った利益を回収する必要がないので、後続品の価格が低く設定できる)。先行品を使用するには自社の後続品を購入しなければならないという強いつながり(独自の仕様など)を構築する必要がある。例えばKindle端末で映画を見たり音楽を聞いたり読書をしたりするためには、Amazonのサイトから電子コンテンツを購入する必要がある。
②後続品を継続して購入する頻度が高い、もしくは期間が長いこと
先行品が購入されても後続品が購入される頻度が低かったり購入期間が短期間で終わってしまうと、先行品で度外視した利益を回収することができなくなる。従い、レーザブレード・モデルを採用する場合には後続品の購入期間が長く、頻度が高くなくてはならない。利用者がその製品の使用を継続するにあたって要するコスト(製品のライフサイクル・コストという)全体を見渡す必要がある。カメラやカミソリ本体は頻繁に買い換えることはないが、フィルムや替え刃は頻度高く買い足していくものである。
これらの条件を満たしていないのにレーザーブレード・モデルを採用しようとしても、単に先行品の格安販売になるだけで企業としての収益は一向に上がらないという結果になってしまうので注意が必要だ。
全ての事業(製品)で光り輝く収益事業(製品)としての栄光を目指すのではなく、企業全体としての利益を最大化するために一部事業(製品)では敢えて利益を犠牲にするというこのモデル、一考の余地はあるのではなかろうか? そのためには縦割り組織・タコ壺組織の打破という課題があるのだが、そのテーマは組織論の専門家に譲ることにする