死神のお仕事 『死神のクリスマス』1
プロローグ
聖夜には奇跡が起こるという。
わたしには奇跡を起こす力がほんの少しではあるが持ち合わせていた。
これはわたしが見た、ある男女に起こった小さな奇跡の話。
Ⅰ
去年のクリスマスイブ、彼が死んだ。
突然の事だった。
私は、彼が予約したレストランに約束の時間よりも早めに席についていた。
彼が予約した席にはいつも、花が添えられていた。細い枝に、とても小さな淡いピンクの可愛らしい花びらの花だった。
「沙弥みたいな花だ」という彼の顔はいつも笑っていた。クリスマスのイルミネーションのように瞳を輝かせていた。少年のような目を持つ彼に私は惹かれていた。
あの日、珍しく雪が降り、ホワイトクリスマスに街中が楽しげだった。
約束の時間が過ぎても、彼は現れなかった。彼は遅刻の常習犯で、私は「またか……」と窓の外をぼんやりと眺めていた。
私の携帯が鳴ったのは約束の時間から一時間が過ぎたところだった。
急いで私は病院に駆けつけた。でも、遅かった。彼はもう、帰らぬ人になっていた。
「沙弥!ちょっと、沙弥!」
誰かが、私を揺すっていた。そこで目が覚めた。顔を上げると教室で、授業が終わったらしく多くの学生が退室している所だった。
「沙弥、授業終わったよ」
私を起こしたのは友達のカオリだった。彼女はショートカットにボーイッシュな服を好んで着ている。美人ではなく可愛いという部類に入る女の子だ。
「ん、ごめん。ありがと……」
カオリに謝りつつ、私は伸びをした。すると、彼女は私の顔を覗き込んで驚いていた。
「沙弥。あんた泣いてるよ」
頬に手をやると、確かに涙が流れていた。それもそうだ。また、あの日の夢を見たんだから。
「あぁ、ごめん。大丈夫だから……」
私は決して友達が多い方じゃない。何千人というマンモス校のウチの大学で、カオリが本当に心許せる友達だった。
「和志のこと?」
「うん……。大丈夫だから」
去年のクリスマスイブ。私は恋人を失った。その日、街に降った雪で凍結した道路によって、スリップしたトラックに彼が巻き込まれた。目撃した人によると、あっという間の出来事だったらしい。高校時代から続いた私の恋は残酷な形で終わった。それと、同時にカオリは大切な幼なじみを亡くした。
「もうすぐ一年だもんね……。はやいな……」
今月の二十四彼の命日だ。
私の時計は彼がいなくなってから、完全に止まってしまっている。文字通り何も進んでない。二十年生きてきて失恋はいくつか経験してきてるけど、彼ほど私の心の中にずっと住んでいる人はいない。同情してくれる人は何人かいたけれど、しきりにはやく忘れろと言う。そんなことは分かっているけど、私の脳細胞はずっと彼の青白い顔でストップしたままでいる。もっと、彼の笑った顔とか、キスの後の少し照れた顔とか、ベッドの中で見せた微笑みを思い出せばいいのに、最後の顔しか思い浮かばない。まるで、彼は眠っているようだった。肩を揺すれば目を覚ますんじゃないかと思うくらい。綺麗で穏やかな顔だった。事故の割にはほとんど外傷が無くて、ものすごく綺麗な顔と身体だった。
「ねぇ、沙弥。和志のことを忘れろとは言わないし、忘れちゃいけないと思う。でも、沙弥が前に進まないと、和志も安心できないと思うよ」
カオリがしきりにそう言う。もう、何度も同じ科白を聞いた。彼女はこう言うけれど、私と同じか、それ以上の悲しみを持っているにはずなのに、カオリは強い。彼と付きあっている時も、ときどき彼はカオリと付き合ったほうが良かったのではと思うことが、たまにあった。それくらい、カオリは彼のことを大切に思っていた。ひょっとしたら、彼もカオリのことを大切に思っていたかもしれない。
「ごめん……。まだ、無理……」
そういうと毎回カオリは「そっか……」と言うだけだった。でも、今回だけは違った。
「ねぇ、沙弥。今月の和志の命日が一つのきっかけにならないかな?あたしだって、まだ、和志が死んだこと悲しいよ。でも、やっぱり、和志はそんなこと望んではいないよ。十九年もあたしは和志の傍にいたんだから、あいつの考えてることは大体分かるよ。ね?だから……」
カオリがそう言った瞬間、涙が止まらなくなった。私は涙声で彼女に言った。
「ごめん。少し一人にさせて……」
私はトイレに駆け込んだ。個室のドアに鍵を掛けると、私は泣いた。
