村上護氏編で昭和20年までの俳句を読んだので
中村裕氏の「疾走する俳句 白線句集を読む」の百句の中から
昭和20年までの61句を勉強の為記し置く
白壁の穴より薔薇の國を覗く
溶岩は太古のごとく朝焼けぬ
街燈は夜霧にぬれるためにある
ある徑の或る廢園のうまごやし
あまりにも石白ければ石を切る
壁に沿ふ脱獄囚に似たるこころ
自動車に昼凄惨な寝顔を見き
向日葵と塀を真赤に感じてゐる
鶏たちにカンナは見えぬかもしれぬ
美容室さかなや弾み窓を過ぐ
道化師の眼の中の眼が瞬ける
ふつつかな魚のまちがひ空を泳ぎ
ねこしろく秋のまんなかからそれる
やはらかき海のからだはみだらなる
かぎりなく樹は倒るれど日はひとつ
日本の夕焼けに孔雀鳴きにけり
ラガ―等の胴体重なり合えば冬
日の丸のはたを一枚海にやる
蒲公英は器械體操をするどくす
かげふかき羊にあへり岬ゆきて
ハルポマルクス見に起重機の叢凛林を
三宅坂黄套わが背より降車
横浜の青き市電にものわすれ
きみとゆけば真間の継橋ふっと照る
春の雪春の青山の上に降る
われは恋ひきみは晩霞を告げわたる
柿と書籍戦場まぼろしに青し
駆ける蹴る踏む立つ跨ぐ跳ぶ轉ぶ
遠き遠き近き近き遠き遠き車輪
銃後といふ不思議な町を丘で見た
海坊主綿屋の奥に立つてゐた
赤く青く黄いろく黒く戦死せり
繃帶を卷かれ巨大な兵となる
戦場へ手ゆき足ゆき胴ゆけり
提燈を遠くもちゆきて歸る
ああ小春我等涎し涙して
塵の室暮れて再び鷓鴣を想ふ
憲兵の前で滑って転んぢゃった
青い棒を馬がのっそりと飛び越える
戦争が廊下の奥に立ってゐた
泣くことのあれば饒舌の霧一枚
吾子生るわれ頭を垂れてをりしかば
吾子は死にもろ手をたもちわれ残る
秋晴や笄町の暗き坂
熊手売る冥途に似たる小路哉
紅梅やただまるかりし母の顔
浅草に時雨れ居りとは誰知るや
雪しまき小樽は滑りす寿都泣き
春風やわら屑うごく泥の中
庭中にまはりてふるや春の雪
鳥籠の中に鳥飛ぶ青葉かな
焚火すや欅の炎ニ三枚
夏草をいかに馳すとも兵ならず
海軍を飛び出て死んだ蟇
めつむりて打たれてゐるや坊や見ゆ
夏の海水兵ひとり紛失す
戦争はうるさし煙し叫びたし
霧の夜の水葬禮や舷かしぐ
玉音を理解せし者前に出よ
ひらひらと大統領がふりきたる
新しき猿又ほしや百日紅 完