先日5月16日、17日と家元仁和寺にての挿花大会も御陰様で
無事に終了する運びとなりました。ここ数年と比べると珍しく、
準備日である15日も含めた3日とも天候に恵まれ、
多くのお客様にご来場して頂けました。特に私の知人でお忙しい中、
足を運んで下さった皆様方ありがとうございました。改めて深く感謝を申し上げます。
この恒例の挿花大会が終了すると、世間と比べると一足早いですが、
6月を丸々残すもののもう半年が過ぎた気分になるようになりました。

ということで、裕心はすでに、今年は@半年モードですw



さて、今日谷崎潤一郎の春琴抄を読み終える。

前の記事で、今年に入って読書量が復活したと記載したが、最近は質、量、共に上がり
この読書に関してはとても充実した日々を送っており大変満足をしている。

以前は、量を重んじるあまりに、質が疎かになってしまっていたり、
積ん読してその量にうんざりして離れてしまったりと、
変な力みから来る何かぎこちなさがあったが、今はその力みも消え
好きな本や、良書と感じた本は繰り返し読みつつ、
目に止まり手に取る本などの見分け方もスムーズになった。



春琴抄は、大学か高校の頃に買ってそのまま読まず終いになっていた本。
何回か読もうという気持ちが強かったために、現在手元にあるもの以外にも
恐らく2、3冊転がっていると思う。

最近、谷崎の随筆や大好きな「刺青」を繰り返し読んでいるからか、
文体、旧字体に苦を感じることもなく今回はすんなり読む事ができた。


読んでいる最中に、現在、自民党の国会議員である元阿部総理が総理在任の頃に、
『美しい日本』というスローガンを掲げたことを思い出す
(それほど政治に興味がないのでどういった経緯で
このスローガンを掲げたのかは残念ながら覚えはない)


日本は、高度成長、バブルなどを経験して先進国の仲間入りをしたのは周知の事実だが、
金銭的、経済的に豊かになった反面、心の裕さや日本の美しさというものを
失ってしまったように思えてならない。
勿論、衛生的には格段に水準があがり、便利になりある意味『きれい』
にはなったものの、『きれい』と『美しい』というものは、根本的に違う。


今の日本に美しいもの、殊更日本的な美という物が生きているのか疑わしく思う。
生きているか、否かとは心が宿されているか否かということだ。

今日は、春琴抄を読んだがこの前には、『刺青』を繰り返し繰り返し読んでいた。
読むごとに、新しい発見と、細部に含まれる美しさを作者の配慮に圧倒されるのである。


また、自分がいけばなに携わっていなければ、感じ取ることが
出来なかったことも多々あった。。


例えば、刺青の一文に

・・・娘は鬱金の風呂敷をほどいて、中から岩井杜若(とじゃく)の似顔画のたとうに包まれた
女は織りと、一通の手紙とを取り出した。・・・・

注意書きを読むと「岩井杜若」とは江戸時代の歌舞伎役者五世岩井半四郎。
杜若は俳名。
毒婦、妖婦の役を得意とした女方の名優。。とある。


杜若とは、カキツバタと読み、冬水仙、夏カキツバタという言葉があるくらい、
いけばなでは代表的な花材であり、江戸紫色のこの花は、
この5月の初旬から九月頃まで楽しむ、
日本の代表的な美を体現している花だ。
(ちなみに、紫は江戸時代最も愛された色の一つで紫の種類も大変多く、
その中でもカキツバタの江戸紫は最も高貴な色として好まれた色です)


現代女性に「まるでカキツバタのように美しい方ですね」と言ったとしても、
何の口説き文句にもならないのが実状だと思いますが(笑)

たまたま、いけばなとの縁があり、カキツバタの美しさを知る私が
例にあげた一文を読むとクラっとしてしまうのです。 


そうして思う事は、僕よりも若い人が、刺青を読んである種の快感や
感動を覚える事や春琴抄を読んで美しいと感じれるか?!ということだ。
春琴抄など、単なるヒステリックの折檻で嫌悪感しか感じない人も多そうな気がしてならない。


正直、柄にもなく憂いています。。

『君はバラのように綺麗だね』こんなセリフを吐く人はまずいないとは思いますが、
意味は通じますよねw
バラのように華やかな女性というのは、西洋化、現代化で増えていると思うのです。


カキツバタに馴染みが薄くなってしまったということは、
カキツバタ的な日本美とも馴染みが薄くなってしまったということであり、


さらに分かりやすく言えば、
カキツバタのような女性も少なくなってしまっているのでは?
と思う事であり、結果そのような女性に出会える機会も絶望的に減少したのでは?
ということです。う~む寂しい。。


近代化して、金銭的に裕福になったとしても、
こういう日本美が減少してしまったことは寂しいなと思うのです。


寂しいのは、嫌いですし、何よりも嫌ですから、もしかしたら時代の流れに背く事
になるのかもしれないけど、何か自分だけでも、ドンキホーテのごとく抗いたいし、
必死に楽しみたい気分でございます。