遊佐たちと…

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歌って踊る3姉妹ユニット 遊佐たちのブログ。夢の世界へちょっと寄り道…☆

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皆さん、こんにちは

夏子です。


書き残したい出来事があったので、久しぶりにこのブログに想いを書きます。



先日家族で奄美大島へ行って来ました。

私にとっては3年ぶり。


↓↓私と奄美大島との運命の出会いはこちらの記事をご覧ください✨↓↓





初来島から何度も通った奄美大島。コロナの流行から移動が出来なくなり、故郷の鳴子で素敵な出会いに恵まれ結婚・妊娠・出産3年の間にライブイベントが盛りだくさんな私でした。社会的にも個人的にも遠出が難しかった3年。日々幸せをたくさん感じながらも、旅が日常だった私にとっては長かった!



コロナ禍の中でも『歌いたい!皆さんと繋がりたい!』と思ってはじめた毎週木曜日なYouTubeライブ配信。奄美大島に住む私の祖父の弟・慶男さんは毎回欠かさず観て応援してくれ、『楽しみにしていた木曜日!』といつもチャットにコメントしてくれていました。


出産後は不定期での配信になったので、配信が決まると電話やメッセージで必ず慶男さんにお知らせしていました。



異変に気付いたのは昨年の春。

配信決まったよ!とお知らせをしようと電話をするも慶男さんは出ない。いつもなら折り返してくれるのにそれもない。配信のチャットにもコメントがない。

嫌な予感が頭をよぎり、何度も電話したり知人に情報収集をお願いして、不安な時間を過ごしました。


よくやく慶男さんのお姉さん(祖父の妹さん)とお電話することが出来て『大きな手術を終えて入院している、もうすぐ退院出来そう』と、事情を教えてもらいました。



出来ることが何もない私は、お返事はなくともLINEに娘の写真とメッセージを送る日々既読がつくのを確認してホッとしていました。だんだんとお返事もくださるようになり、夏には退院が決まったと知らせてくれました。



早く慶男さんに会いに行きたい!!と思っても、私は以前のように1人で自由に動くことが出来ない状況です。でも家族を慶男さんに紹介したい!私は多忙な旦那さまに『奄美大島に行きたい』と懲りずに何度も伝えていました😂



すると!1週間もスケジュールを抑えて私の願いを叶えてくれた!!私の願いを本気で受け止めてくれていた事に感謝が止まらない。


夢にまでみた久しぶりの奄美大島。

そして慶男さんに大事な家族を紹介することが出来ました






3年ぶりにお会いした慶男さんは車椅子生活になり一回り小さくなっていましたが、お話も変わらず出来るし1人で暮らせるほどまだまだしっかりしてました😊

本人は術後1人で移動できなくなった事にショックを受けて、再会前の電話では弱音もポロリとこぼしたりしていましたが、私たちの訪問に大喜びしてくれて娘を膝の上に乗せて嬉しそうにニコニコしてくれましたその姿が生前の祖父と重なり、懐かしさも感じました。やっぱり兄弟なんだなぁ。





慶男さんと過ごす時間を大切にしてくれた家族のおかげで、滞在中たくさん一緒に過ごすことが出来ました





昨年私が参加させて頂いたCDをお土産で持って行きました。(旦那さまがCDプレイヤーを買ってくれた!)



いつも2人で行っていた慶男さんの大好きな打田原(うったばる)ビーチへも


別日にはうなぎのお弁当持って海を見ながら皆んなでランチ😊





春に手術を受けて以来、大好きなこの場所に来れていなかったと聞きました。連れてきてあげられて良かった!みんなで一緒に来れて良かった!




今までビデオ通話が出来なかったので、タブレットの設定を変えてやり方を教えてあげたらあっという間にマスターしちゃった😂




慶男さんは1日おきに病院へ行くので、宮城へ帰って来てからは一日おきにビデオ通話でお話顔が見て話せるのが嬉しい、と喜んでくれましたもちろん私も嬉しい電話をするといつもプレゼントしたCDが後ろで流れてました。















そして、慶男さんはまた電話に出なくなりました。既読もつきません。入院したと教えてもらいました。あと何日もつかわからないとも聞きました。



元気になって欲しいと祈ると同時に、苦しまないで欲しいとも思いました。葛藤の数日間。知らせの連絡を受けた時には覚悟は出来ていて冷静に話を聞くつもりだったのに、途中からやっぱり涙が溢れ出します。



2023228日、慶男さんは旅立ちました。




今回の訪問が慶男さんにお会いする最期だと、はじめからわかっていました。


その時がいつなのかはわかりませんでしたが、私たちが次に奄美に行ける日はだいぶ先です。後から聞いた話では、私たちが島へ行く直前にも救急車で運ばれていつどうなるかわからない状況だったそうです。ちょうど元気な時に来れて良かったね、とお世話になっている方に言ってもらいました。奇跡的なタイミングだったようです。ずっと悪天候だったというお天気も滞在中は味方してくれて、美しい海を一緒に見る事が出来ました。



滞在最終日の朝、別れの挨拶に伺って慶男さんの顔を見たら今にも泣いてしまいそうで言葉が出ませんでした。慶男さんも『あんまり長く一緒にいると別れが辛くなる』と言っていつもより言葉が少なくて。

娘を膝に乗せてくれているのを見たらいよいよ涙が堪えられなくなり、必死の作り笑いで『また来るからね!』と予定より早めに家を出ました。逃げるよう車に乗り込み嗚咽するほど泣きました。旦那さまと娘が優しく寄り添ってくれて、思いっきり泣きました。



きっと慶男さんもこれが最期だとわかっていたんだと思います。

『おじさんがいなくなっても奄美に来てね。』と何度も言っていました。そのたびに、

『まだいなくならないでね。また家族みんなで会いに来るからね。』と。



いつかやって来るこの日を覚悟していましたが、再会してからひと月も経たずこんなに早くお別れになるとは想像していませんでした。でも、心のどこかで『会いに行くのを待っててくれたのかなぁ』とも思わずにいられない。



最期かもしれないとわかっていて今回奄美へ行ったのに、帰るときには出来ることならもう一度会いたいなぁ、頑張って欲しいなぁなんて人間って欲張り。もう充分頑張ってくれたのに。

もっと話したい事、聞きたい事があったな。

あの日より上手に歩けるようになった娘の姿を見せてあげたかったな。

もっと歌を聴かせてあげたかったな。

もっともっと次から次へと今はまだ想いが込み上げてしまう。


私の配信や動画を欠かさずチェックして何度も何度も見てくれた。島のラジオに出演する時は必ず聴いてくれていた。いつもタブレットを持ち歩いて私の動画をあちこちで人に見せてくれていた。電話をかけるといつも大喜びしてくれた。娘の写真を送ると可愛い可愛いと言ってくれて、成長を嬉しそうに見守ってくれた。いつだって私の幸せを望んでくれていた。



あの海沿いの大きなガジュマルの木がある古いお家。慶男さんがもういないなんて。もう笑顔で出迎えてくれないなんて。夢だったのかな、と思うほど美しい思い出ばかり。寂しくて切なくて心が、胸が、ぎゅうっと締め付けられる。


親族としては決して近いわけではないのに、こんなにも深く繋がれたのは慶男さんが素晴らしい人だったから。受け入れてくれて応援してくれて大切に思ってくれたから。

こんなに涙が出て苦しくなるほど濃い時間を一緒に過ごせた事に感謝します。




奄美大島で出会ったときには既に足が悪かった慶男さん。険しい山の上にあるお墓に案内してもらった事はありませんでした。今回の滞在中、旦那さまが慶男さんのお話を伺ってお墓を探し当ててくれました。私じゃきっと見つけられなかった。海とあのガジュマルのお家が見える素敵な場所。おじいちゃんもきっとここに来たかったんだろうなぁ、いつか慶男さんもここに来るんだなぁと思いながらその景色をしばらく眺めました。そのおかげで、慶男さんが今見ているかもしれない景色をはっきりと思い出せます。



もう少し先になってしまうけれど、家族揃ってお墓に手を合わせたいと思います。



慶男さんの親族の皆さん。

慶男さんが亡くなった後、『訪ねてくれてありがとう』と言ってくれました。あたたく受け入れてくれ、こちらこそありがとうございました。



お世話になった島の皆さん。

慶男さんと私を繋いでくれてありがとうございました。あたたかく受け入れてくれてありがとうございました。慶男さんはもういないけど、また会いに行きます。




旦那さまと娘。

連れて行ってくれて本当にありがとう。一緒に会いに行ってくれて本当にありがとう。



慶男さん。

ゆっくり休んでくださいね。おじいちゃんによろしくお伝えください。今はとても寂しいけど、笑顔で幸せな人生を歩めるよう頑張ります。たくさんの素晴らしい時間と優しい気持ちをありがとうございました。

たくさんたくさんありがとうございました。