私はいま激しく迷っている。gooブログのサービスが、近々打ち切られるからだ。ブログの執筆を続けようとすれば、私は他の「無料ブログサービス」に乗り換えるしかないことになる。

 私が迷っているのは、「(他の)どの無料ブログサービスに移行するか」ではない。私が迷っているのは、このままブログを続けるか、それともブログをやめてX(旧ツイッター)に乗り換えるか、ということなのである。

 ブログ「一日の王」によれば、ブログという形のSNSはもう時代遅れの「オワコン」であり、今や老人だけの福祉施設のようなもの(よすが=たまり場)になっている。だから「無料ブログサービス」は続々と打ち切られているのだという。 時代にマッチした形のSNSはX(旧ツイッター)ということになるが、では、ブログをやめてこのXに乗り換えるべきか否か、ーーそれが目下、私の思い悩むところなのである。 

 実はgooブログを初めた10年前も、私は「ブログにすべきか、ツイッターにすべきか」と迷い、悩んだものだった。迷った末に私がブログを選んだのは、「ツイッターでは短すぎる」と思ったからだった。ツイッターにはたしか「全角で140字以内」という字数制限がある。これでは何も書けないのではないか、そう思ったのである。 ブログにせよツイッターにせよ、SNSに思いを吐き出すのはある意味、排泄行為のようなものだが、排泄物の容量には個人差がある。私の場合、1回あたりの排泄容量(=文字数)は、少なくとも5000字にはなりそうだと思えたのである。ツイッターの140字では、いかにも少なすぎる。 だが、いま現在の私に関していえば、「この際だから、Xの140字に挑戦してみようか」という気持ちに傾いている。 土佐日記の冒頭をもじって言えば、「若者もすなるXというものを、ジジイもしてみむとてするなり」ということになるだろうか。 もう一つ別の比喩を使っていうなら、エッセイの形式に慣れた自分を、短歌の形式で表現する試みに挑戦してみよう、と思うのである。 これが冒険であることは、よくわかっている。脳出血の後遺症で片麻痺の私は、週2回のデイサ通い以外には、外出の機会がない。 そんな私だから、 「きょうはどこそこに行って有名店の**に入り、昼食に**を食べた。とても美味かった」 などとレポート記事を書くことができないし、そんな気にもなれないのである。 「Xに挑戦してみようか」と思いながら、「でも、どうしようかなあ」と迷う気持ちを打ち消せないのは、そのためである。 

 さて、ここまで書いて字数は約1600字。これを140字で表現しようとすると、どういうことになるのだろうか。やれやれ。