教祖・中山みき直筆の最初の原典「みかぐらうた」は、『よろづよ八首』を冒頭に据え、その後を「十二下り」すなわち『一下り目』から『十二下り目』までの十二の歌群で構成されている。この「十二下り」という名称には、仏教的背景と説教文化の影響が色濃くうかがえる。
仏教では、「十二因縁」が苦しみの発生と解消の道筋を示す重要な教えとして知られている。その最初の要素である『無明(真理を知らぬ迷い)』を克服することが、人間の苦しみを断つ出発点とされる。「十二」という数は、この因果の全体像を象徴し、人間の心の迷いから悟りに至る段階を表す数字として用いられてきた。
また、「下り」という語は、浄土宗・浄土真宗などの仏教講釈や法要において、『経文や説話の一区切り』『場面の転換』『章節』を意味する作法用語として広く使われてきた。特に江戸期の節談説教や講談では、物語や教義を展開する段落を「一下り」「下り目」と呼ぶ習慣があり、聴衆はその流れに沿って教えを段階的に理解していった。
教祖は、若年時からこうした仏教講釈や説教文化に親しみ、「下り」という語の意味と響きを身近に感じていたと考えられる。そのため、「みかぐらうた」の構成を十二の「下り目」に区切ることで、月日のたすけ一条を展開して、陽気づくめへの道筋を段階的に示しつつ、聴く者が物語のように心で受けとめられる形を採ったと思われる。実際、「よろづよ八首」の冒頭で
このたびはかみがおもてへあらハれて なにかいさいをときゝかす
と、立教の神意を明かしたその末尾にある
かみがでゝなにかいさいをとくならバ せかい一れついさむなり
一れつにはやくたすけをいそぐから せかいのこゝろもいさめかけ
などの歌は、その後に続く「十二下り」の導入部として、救いの確かさと、この道の方向性を強く印象づけている。
すなわち、「十二下り」という名称は、仏教の「十二因縁」が示す迷いから悟りへの道筋と、説教文化における「下り」という語が持つ章節・展開の意味が融合したものであり、「みかぐらうた」の教えを効果的に伝えるための象徴的な構造となっている。
中山みき様を尋ねて 陽気ゆさん磐田講