妊娠中のこと
うっくんがお腹にいた10カ月間は、楽しみな気持ち3割、不安7割…。
けっして健康な子宮ではない事、ピルの服薬歴がある事など、ネガティヴに考えれば不安要素は尽きなかった。
うっくんはわたしのお腹の中で苦しい思いをしていないだろうか。
妊娠中ずっと食べ悪阻でゼリーやフルーツなど冷たいものばかりをちょこちょこ食べるという食生活…必要な栄養がきちんと送られているだろうか。
1日中眠くて、身体が重だるくすぐに立ちくらみ、息がきれる。最低限の家事をするので精一杯…。
気分が塞ぎがちになり、慣れ親しんだ土地ではなかったのも手伝い外出が億劫に…
妊娠前はなんともなかったお姑さんのことも、いわゆる孫フィーバー状態にプラスしてこちらが神経質になっている事も手伝って受け付けなくなっていってしまいました。
(これに関しては妊娠中〜産後主人と何回も話し合いを重ね分かってもらうまでに時間がかかりました。)
それでも後期になりうっくんが元気に動いてくれると愛しくて、早く会いたいと思えたのです。
妊娠発覚
それでもやっぱりわたし個人的には赤ちゃん欲しいな…と思っていたため低用量ピルの服薬を中止しましたが
幸いなことに服用前のような体調不良にはならずに過ごす事ができていました。
毎日を穏やかな気持ちで過ごす中で
赤ちゃん欲しいなぁ〜から、
でもやっぱりこのまま2人でもいいかも〜
あ〜今のままで充分幸せだなぁ〜、これ以上何か望む事ないんじゃないかな…
と自然に思えるようになっていました。
そんな風に過ごすこと1年。引越しをすることになり、それを機に職場を退職し、新しい土地で仕事を探そう…と思っていた頃。
うっくんがわたしたちのもとへ来てくれました。
月経痛のこと
初潮を迎えた小学生の頃から生理痛が酷く、生理中は通常の生活が困難なほどの身体でした。
小学生の頃に母に連れられて産婦人科を受診しましたが何も見つからず…妊娠出産を考えるような年齢ではなかったこともあり経過観察ということで終わってしまいました。
それからはこの身体と付き合っていくしかないのだと思い毎月毎月休んだり遅刻したり早退したりしながら冷や汗が出て、吐き気がするほどの痛みをごまかしごまかし過ごしてきました。
働くようになってしばらくしたある朝、会社に電話をしたあと布団の中で痛みに悶えながら、人並みに生活できない悔しさに急に涙が出てきました。
それまでは月経というのはそういうものなのだ、わたしはそういう体質なのだと思い込むようにして生活する事に精一杯だったけれど、やはりこのままではダメだ、結婚したら子供もほしい…と思いきってもう一度産婦人科に行くことを決めました。
それでも病気は確定しなかったけれど、
低容量ピルを処方してもらい今までの体調が嘘のように日に日に楽になっていきました。
本当にもっと早く受診、服薬していれば…と思いました。
みんな、生理痛が…とか言いながら出勤し、普通に仕事が出来ていたのはこれくらいの感覚だったのかなというくらいにまで体調が落ち着いてきて、やはり自分の長年の状態は普通ではなかったのだと、やっと自覚したのでありました。
慣れと思い込みって怖い。
わたしの場合はとくに猪子さん(寅年なのに)なこともあり、思い込んだら立ち止まったりせずにとにかく進んでしまうこともあり、ここまできてしまったのだなと。
自分の身体の声を聴ける余裕を作ろう、初めてそう思いました。
その後、今の夫と出会い結婚するまで服薬を続けました。
夫にも体調のこと、そして服薬のことは話しており、子供は出来たら欲しいけれども自然に任せよう。
それよりもわたしの身体を1番に考えよう、という風に言って貰えました。
