1995年1月17日(火曜日):成人の日の振替休日明け
三連休明けでよく眠れなかった 04:44に起床(時計を見ると04:44 ゾロ目だったのでよく覚えている)
当日はこたつで、愛犬のポメラニアンと寝ていた
その日見た変な夢を思い返しながら、だらだらと夜明けを待っていた
(夢:王族の食事会に招待されるも、王子と王女が私の隣の席をとりあって揉めだし、気まずくなったので、配膳係をする事にする
キッチンにある勝手口を開けると、日に照らされた池が広がっていた。ボートを漕ぎ出し会場から抜け出す・・・なんのこちゃ)
それから1時間後(と05:45)、ドン!ドン!ドン!と床を膝で蹴り上げられているような、大きな縦揺れかがあった
すぐに、ゴゴゴゴゴォーという地鳴りがした後、ギットンガッタンと大きな揺れが続く
(体感的には1分以上に感じた・・・なぜか、神様ごめんなさいと心の中で叫ぶ)
棚から落ちてきたものは、缶詰の空き箱とその上に置いてあったオリックスのレプリカヘルメット
とりあえず、そのヘルメットを被り、愛犬とこたつにもぐる
※部屋の家具の配置は当時から階段方式で、重くて大きものは下に置いていた
すぐにテレビを点けたが、放送なし いつも聴いていた毎日放送ラジオを点けるが、東京発の能天気な番組が流れていた・・・
06:30 やっと毎日放送ラジオレギュラー番組が始まる
メインパーソナリティの方が神戸からこられていたので、途中で電話レポートがはいった「阪神高速が波打ってる」との事
17:30頃にも大きな余震がある
当時は村山富市首相:会見があったのは、夜が明けてしばらくしてから 遅せ〜よ〜
直下型地震だったので、大阪市南部には大きな被害はなかった
(十三大橋に亀裂が入ったとの情報もある)
その後、普通に8時過ぎに出勤
南海地震の聞いた話:戦中と戦後にあったようだ
戦中のものは、食事をしている時間帯 農家だった大きな平家が大きくゆっくりと揺れを繰り返す(長期振動か)
戦後のものは、深夜の時間帯 大きな轟音と共に飛び起き、田んぼへ避難する 牛小屋が倒壊した
南海トラフ:口にしたらあかんねんけど・・・やっぱりやめときます
