信仰??自分教の人

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いつもご覧いただきありがとうございます。

ゆるりんの田辺です。

 

ヨガを実践している人で、「私は自分教だ」という人がいます。

自分の身体や感覚を最優先にして、とことん自分を磨いていくスタイルを指しています。

内容的には武術家でもそういうニュアンスで生きている人はいますし、

その他の分野でも稀にいます。

 

ヨガはインドで生まれたものですから、本来はヒンズー教になるのでしょうが、

その人はヒンズー教を信仰していません。

大抵の宗教では、生活スタイルや食事等を教義の中で決められています。

豚を食べてはいけないとか、牛を食べてはいけない、

肉自体を食べてはいけない等々。

イスラム教では決まった時間にお祈りをしなくてはなりません。

 

私から見て自分教の人は食事をどうするかというと、

自分に合う物と合わない物をしっかりと見分けて、

それにより決めています。

どういう事かというと、例えば日本人のほとんどは牛乳を飲んだ時に乳糖を消化できません。

しかし、日本人だけ海藻類を消化できます。

私は牛乳を一度にコップ一杯以上飲むとお腹がゆるくなるので、

それ以上飲まないようにしています。

メディアであれが良いこれが良い等と煽られてやるのではなく、

自分の感覚で感じて決めているのです。

これに関してはかなり意識をしていなければ分かりません。

毎日食事の時間が変わってしまえば、

次の日の体調が変わっても、食事の時間で変わったのか、

何を食べたかで変わったのかが分かりずらくなります。

そこで必然的に毎日同じような時間に食事をする必要があります。

翌日の便通がどうかも意識していなければやり過ごすでしょう。

私が自分教だなと思うような人はそれを実践しています。

 

最近思っているのですが、

やはり信仰に近いような気持ちで自分の身体に尽くしていかなければ、

身体は良くならないし、身体が良くならなければ、

精神も良くならないのではないでしょうか。

【宗教上の理由で】という名目であれば、イスラム教徒はお祈りの時間を確保できるのです。

日本には信仰の自由がありますし、

人の信じる宗教に介入する事を極端に嫌う風潮があるので、

それは簡単に想像がつくと思います。

日本の社会的慣習よりも、企業の考えよりも自らが信仰する宗教を優先させられるのです。

 

自分教の人は何よりも自分の身体や生活、信念を重視します。

お酒を一杯以上飲むと体調が悪くなるのであれば、例え仕事上の付き合いでもそれ以上は飲みません。

本来はそれがあるべき姿ではないでしょうか?

自分の人生ですから、自分をまず大事にすべきですし、

自分が幸せになってこそ、周りも幸せにできると思います。

 

自分教と書いてきましたが、結局自分の権利をしっかり行使しているだけですし、

会社等に人生を左右されず、自分らしく、自分を大事に生きているだけです。

本来それがあるべき姿なんだと思います。

自分を大切にしなければ、常にストレスを感じます。

本来一番大切な財産である自分を傷つけ続けるのです。

すると自分以外のものに価値を見出そうとして、

俗っぽい生き方にどんどん向かっていきます。

身体に悪いと分かりきっている事をいつまでも続ける人が多い現代では、

自分教と公言するほどではなくとも、単純に自分自身をもっと大切にする事が必要ですね。

 

 

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