母が、末期がんになった

余命は、あと数ヶ月。らしい


こうして、介護の手伝いという名目で始まった、実家と自宅を行き来する生活も早一ヶ月


実家から職場までは、片道二時間かかるので

平日実家から出勤する日は、朝早くに家を出なければいけない


なにより、実家では当然、家族からの干渉がある

郷に入れば郷に従え

実家のルールにも縛られる


家族仲は、決して悪い訳ではない

だが、ダルナにとって、実家は気を使う場所

安らげる所でないことは確かだ


楽しみにしていた推しのファンイベントにも行けなくなった

まあそれについては、また次回もあるので諦めはついている

だって、母との時間は今しかないのだから


病院のことは、基本実家暮らしの父と姉に任せている

ダルナができるのは、休日に家事をする程度

平日は帰りも遅いので、ほぼ役に立たない

「顔を見るだけでも、安心できるでしょ?」

ということで、平日は週3で実家から職場へ通っている


休日に家事をする以外基本何もしないので、当然負い目はある

帰宅も遅いので、夜居間で寝ている母にも、一人分別で夕飯を作り置きしてくれたりする家族にも、やっぱり気を使う


「家族なんだから、気にしなくて良い」


この生活を始めたばかりの頃、そう言われたことがある

言っていることは無論正しい、間違っていない

それでも、ダルナにはそう割り切ることが、どうしてもできずにいる


理由はわかっている

昔から空気を読まないと、気を使わないと、些細な発端が起爆剤になってしまう

そしてダルナは、子供の頃から、意図せずによくその起爆スイッチを押してしまう

結果は、自ずとわかるだろう

ダルナにとって、実家はそう言う所なのだ



故にダルナは、実家なのに、気を使う

気を使うので、特に平日は、メンタル的にキツくなってくる時がある

とはいえ基本的に制限はなく、休日も比較的自由に過ごせるので、気を使わない時もある


それでも時折、魔が差すような思考が浮かんでは、自分は親不孝者だと思う時がある


当然、辛かったりキツイのは皆同じなので、誰にも言えるはずがない

親不孝者には、言う資格などないのだ



そんな日々だが、それを支えてくれる細やかな支えものがある

同じ"好き"を持つ者が集う、心の湊だ


一つは、推しである蕨野友也さんの配信

もうひとつが、エオルゼア


幸いにも、PS5の購入を機に、PS4は実家に置いてきていたし、モニターも昨年買い替えたばかりだったので、以前使っていたものが、実家に残っていた


それらを引っ張り出し、PS4版のプレイ権を追加購入

ワイヤレスキーボードを自宅から持ってきて、実家用の臨時環境を構築

今実家に居る日は、基本ここからエオルゼアに通っている



基本的にはソロ活動、誰かと会話をすることもない

ログインしてもせいぜい1,2時間くらい


それでも、ダルナはエオルゼアに行っている


ここには思い出がたくさんある

同じ好きを持つ人達が、画面の向こうにたくさん居る

それぞれが、暮らしを楽しんでいる


なによりダルナは、この世界が好きだ

出なければ、10年もヒカセンはやっていないだろう



“エオルゼア、神々に愛されし地、心の湊ーー”


故マイディーさん原作のドラマ「光のお父さん」に、こんな一節がある


今のダルナにとって、エオルゼアは間違いなく、嫌な自分を忘れされてくれる、日常を取り戻してくれる、心の湊なのだと


最近少し、そう思った