『デイサービス「悠々園」』その④ 

           ~工藤さんの話~

 

デイサービスの昼休み。

桐子のデスクはいつもオセロに興じているのに、今日は珍しく静かに話し込んでいた。

 

一月二十四日に十歳の少女が父親の虐待で死亡したニュースを

昼のテレビで詳しく報道されたのを見て、

工藤洋子さんが顔を被って泣き出したからである。

 

工藤さんは感受性が強く、思いやりの深い人である。

隣にいた桐子が、

「可哀想だけど、貴女が泣いたって、もうどう仕様もないことよ。

後は法的な制裁で罰せられるのを待つのみ。」

と頼りない慰めごとを述べていると、

顔を上げた工藤さんが、

「絶対死刑よ。それも簡単には死なせない。

娘にしたことと同じに、毎日、叩く、蹴る、水をぶっかける、

床板に押しつけて肋骨の二、三本を折るを繰り返してから死刑実行させるのよ。」

と泣きながら言った。

 

工藤さんは色白で面長な顔に垂れ目でおちょぼ口、

いつも優しい話し方をするのが、今日は別人のようで桐子はびっくりした。

 

同席していた他の人たちも、工藤さんの口調の激しさに押されて黙っている。

それを察して、工藤さんは

「ごめんね、きついことを言ってしまって。」とぼつぼつと話し出したのである。

 

「私ね、毎日、継母にいじめられて育ったの。

五歳の年に、私の本当のお母さんは追い出され、

継母は後妻に来た日から、私を女中代わりにこき使ったのよ。

 

私は、父と女中であった母の間に出来た子で、

父は私を可愛がってくれたけど、親族一同からは疎んじられていた。

虐待はされなかったけど、毎日気に入らない事を見つけては叱られ、

その度に手を抓るのよ。

手の皮を引っ張りあげ、爪を立ててぎゅうぎゅう捩るの。

痛くて我慢していても、泣き出すまで許してくれないのよ。

 

お母さんが恋しくて、毎晩泣いていたのを思い出してしまった。」

 

それから桐子はいろいろ聞いてみた。

「どうして、お父さんはお母さんを引き留めなかったの?」

 

「父の実家は八王子で機場をやっていて、

その他に伯父、叔父達が生糸の仲買いや布の輸出を担っているような、

一族で営んでいる工場だった。

母はそこで女中として働いていたときに父と出会い、結婚した。

母は農家出身で、結婚後も、大家の妻として采配を振る能力が無く、

親族達からは女中同様の扱いを受け続けた。

 

母は心身疲れ果て、自分からも家を出たいと思ったんですって。

私が大きくなって家を出てから、母に会って聞いたの。」

 

桐子は、「まるで小説の様ね」と感心した。

 

「十歳の年に父が亡くなり、終戦にもなって、

輸出も繊維から工業へと、国是が変わった。

八王子の機場は衰退して、経営陣の伯父達も老いて、

大きな土地と家に継母と私が残されたのよ。

継母は残された資産を親族の監視の下で売りながら、私を高校まで卒業させてくれた。

女中代わりの家事を引き受けながら、

色々な冷たい仕打ちを受けたけど、

頑張って高校を卒業し、卒業と同時に家を出たの。」

 

「一人でどうやって暮らしたの?」と桐子は尋ねた。

 

「ずっと考えていたので、住み込みで働けるところを狙っていた。」

一息ついて、涙を拭いながら、工藤さんは続けた。

「担任の先生が、住み込みの弟子が欲しいと知り合いの美容院が云って来ているが、どうか、

と薦めてくれたので、すぐに応じた。

私はね、継母にこき使われて、本も読めず、学校の勉強もお習いもできず、

学校の成績が悪かったので、

働きながら資格が取れればそれで一生喰っていける、と聞いて、とても嬉しかったの。

 

場所が立川だったので、基地で働く人や、米兵相手の女性の客も多く、繁盛していた。

継母に鍛えられていたので、店主の家族の食事、子守り、洗濯、接客と、

必要とあらば進んで働いたので、可愛がられ、仕事も仕込んでくれた。

『良い子だね、どこから来たの』とお客から聞かれると、

店主の美容師があれこれを話に応じてた。

 

二十歳の正月休みに、実母だと云う人が尋ねてきた。

美容院の客だった人が、昔、父の工場で働いていて、

話を聞いて驚き、母に告げてくれたのだ。

 

私は一目見て、母だと分かった。

あのときの幸福感は忘れない。

 

母の家に行った。

六軒長屋の木造アパートの二階で、

見渡したところ、生活に余裕があるようには見えなかった。

再婚して妹が一人、夫はブリキ職人で好い人だったが、

三年前に亡くなり、今は知り合いの喫茶店で母は下働き、

妹はウエイトレスをしていると云う。

親子ともに素朴さがじっくりと伝わってくる感じで、

私は会えて良かったと嬉しかった。

 

それから本当の幸せがやってきたのよ。

喫茶店の常連客の男性に、妹から”姉”と紹介されて、

時々お茶をご馳走されているうちに、プロポーズをされたの。

それが亡くなった夫との出会いだった。」

 

桐子は、

「それで分かったわ。ご主人が貴女を大切にしてくれたのね。

だから良い顔をしているのね。」と言うと、

「夫が私を育ててくれたのよ。」と工藤さんは答えた。

 

「夫は高校の夜学教師だったから、生徒の苦労や私の無学を労ってくれたの。

色々な本を読ませ、読後は一緒に解説や感想を導き、楽しませてくれた。

みじめな暮らしで世間知らずだったのを、海外旅行にもつれていってくれて、

広い世界があること、習慣や文化の違いがあることを教えてくれた。

人並みの勉強をさせてくれたの。」

 

「今泣いた烏がもう笑っている。」と桐子に云われても臆せずに、

満面の笑みで、

「世界一の夫よ。七歳も年上だから頼りになるし、背が高くハンサムで・・・」

 

話が終わった。

不思議とデイの老女達は、自分の夫はハンサムで世界一の男性と称する。

桐子は苦労話と幸福話を最近よく聞かされる。

彼女たちの話を大事にしっかりと心に留めていたいと思った。