姦通学、軽蔑学、嫉妬学、、と何やら穏やかでない言葉が並ぶ目次ですが、タイトルが「反貞女大学」であるのでもう驚きません。
16の講義を通して語られるのは、どんな女性が反貞女なのか、そしてどんな女性が反貞女となりえないのかということ。ここでいう反貞女とは一言でいえば「崇高」。りっぱな反貞女として生きるべく、反貞女となる瞬間に向けて人生をかけるものです。ちょっとした浮気心なんて生半可なものではありません。
ではこの反貞女になりえない女性とはいかがなるものでしょうか。
わかりやすい英語表現を使うならBの付く女のことでしょう。。。しかし、このBは「あるある」と冗談で笑われるようなキャラクター化したBではなく、まさに私自身のことなのです。読んでいる最中に何度もぎくりとする。きっと女性読者の99%は同じような経験をするでしょう。(もし一つも自分に当てはまらないと思った人がいたならそれこそB!)
ではこの反貞女大学は女性を痛烈に批判し、蔑む作品であるのか?
わたしはそうとは思いません。
池上彰の著作に「伝える力」というものがあります。その中でも語られていたのは「毒舌は愛があってこそ」だということ。
もちろん三島由紀夫の卓越した文章力とそのユーモアが満ち満ちていることもこの本を不快に思わない理由の一つであることは間違いありませんが、それ以上にこの反貞女になりえない‐私たちのような普通の女性としての人間に対する愛が感じられるからに他ならないでしょう。(感じられなければ意味がない)
まさに痛快。
三島由紀夫は金閣寺があまりに難しくて途中で断念して以来手を出していませんでしたが、ananで三島由紀夫の日本語の美しさが紹介されていたのをきっかけに「真夏の死」、「反貞女大学」と続けて読んでみました。
今日は「美徳のよろめき」をブックオフにて入手。
はまった。
今回は同書に収録されている「第一の性」については詳しく触れませんが、必ず合わせて読むべきだとおもいます。なんせ男はみんな英雄で偉いが、清潔なのは洗濯屋さんだけだそう。なるほど。
おわり
