死の恐怖を解決する(特別寄稿!)
結局、あれから断酒はできていません。 それは静かな挫折です。 その代わりと言っては何ですが、壮大なテーマに触れてみようと思います。 それは「死の恐怖」の解決です。 死に対する恐怖には色々あります。 その種類によって対策が異なります。 最も代表的な死の恐怖は、死後無になり永久に無の状態が続く、というものです。 そのような死後は非常な恐怖であり、また寂しいことこの上ないです。 「永遠の無」は有無という要素、そして永遠の時間という要素の二つでできています。 そして今回は永遠の時間に着目します。 ァインシュタイン以前は時間は永遠の過去から永遠の未来へひたすら流れる、と思われていました。 相対性理論が発見されて以来、時間はそのような単純な物ではないことがわかりました。 とはいえ私たちは永遠の無を怖がっています。 であるならいわゆる古典的な時間概念に沿って考えたいです。 人は(生命は)死ねば無になり、永遠に存在しません。 ところがどうでしょうか。 時間は無限に流れて来ました。 それなら私たち生命はとうに生まれて死んで、今は存在しないはずです。 なのに今もこうして生きているということは私たち生命は永遠に存在する、ということです。 以上、永遠の無を想像することの矛盾を明らかにしました。 死に対する別の恐怖についてはまたの機会に考えます。 写真はテーマとは関係ありません。 私の好みです。 フェムドム的関係です。