帝御座す京の都
その京には、日々切磋琢磨する男達を癒す花街がある
夜には艶めいた光と声とともに、三味線等の音であふれる町も
お天道様のぼる昼間は、ひっそりと形を潜める
そんな花街にある置屋に、凛とした明るい声が通る
「秋斉、いるかい?」
置屋の楼主・藍屋秋斉はその整った顔をあからさまにしかめ、
文机より顔をあげた
「ここはわての住んどる所。おるのは当たり前やろ……むしろ、あんさんが場違いや」
彼の辛辣な言葉にも、けっして動じず悪戯好きな童のような笑みを携え
まぁ、まぁ、と部屋の中に入ってくる
この男、名を一橋慶喜と申す
「今日はまた一段と締まりのない顔で……用件ならさっさと……」
「ねぇ、えらく楽しい事してるらしいじゃない」
やや言葉を被せ気味に、慶喜は秋斉に直球を投げた
一瞬目を丸くして、すぐいつものように飄々とした顔つきに戻る
「相変わらず、地獄耳で。どこの壁に耳つけてはるん?」
「そんなことはいいからさ〜。何で教えてくれなかったんだい?」
「あんさんだけやあらへん。先もって知ると、自分がもらえるように仕向けようとしはる方が
どうも、この置屋の顧客に多くてな……」
「わ〜耳痛いな〜」
「ひきちぎったろか……」
傍から聞けば「仲が悪いのか?」とも取れる会話だが
この二人の間には、むしろ温かい日だまりのような空気がある
「せやけど……」
「うん?」
「ここの主である結はんがなぁ、途中体調崩したりなんやで、自分自身があまり参加出来てへんらしいてな……」
「まぁ……体調は仕方ない気もするんだけど……」
「せやからお詫びと感謝も込めて、最終の“ほわいとでぃ”には、何か返したいと」
「相変わらず自分を追い込みたがるよね、結は」
「まぁ、あちらの言葉でいう『どえむ』らしいからなぁ」
ずずず……、愛用の湯のみからお茶をすする
「ほんで、なんがいいか?ってわてに聞いてきはって……」
「また、前みたいに太夫衣装きてもらったら?鬼太夫、なかなか好評だったんだろ?」
「予想以上に」
「あれ?そういや、アレ色付けするって言ってたような……どうなったんだっけ?」
「羽織の色と柄が決まらんで、そこだけ真っ白らしいわ」
「わ〜、まだ待たされるわけだ……」
慶喜はおおげさに呆れたように諸手をあげる仕草をしたが
後ろから恐ろしい殺気を感じ、慌てて背筋を伸ばした
「ほんで、誰かはんのせいで忙しいゆうてんのに、案を練らされて、練らされて……」
(秋斉……眉間の皺が土方くんばりだよ……苦笑)
「この企画に一番多く採用された人、および一番少なかった人に男娼として
置屋で働いてもらおうかと」
「……………………………はぁぁぁ?!」
「太夫の格好ももう見飽きたやろ?それに髭生やした方やらもいてはるさかい
女の格好より、ここは男娼の服装にしてもろて……」
「いや、待って、待ってよ秋斉!一番多い人はわかるとして、一番少ない人も?」
「こういういつもと違う服装を見て、新たな魅力を視聴者に伝える絶好の機会やからや」
(……視聴者って何ですか〜……?!)
「まぁ、結はんの作業効率を考えて、おいどは叩きまくるとして
皆はんにお披露目できるんは端午の節句かもしれんが……
ちょうど、尾張の方での催事もあるさかいなぁ……」
「秋斉、もう言葉が京言葉でなく、大阪の商人のようだよ……」
「そういえば……、あんさん何回名前あげてもろとった?」
置屋に来た時とは一転、慶喜の表情が青ざめる
「ふふふ……おきばりやす……」
楼主の企む?目論んだ?提案に、予想通り慶喜は顔を強ばらせるのであった