自分と同じように、相手の軸を信じる
自分の子供であっても友人、親、親族など親しい人が犯した罪を自分が背負う必要はない自分以外の人の判断ミスも一緒に背負う必要ない部下が犯した判断ミスや誤ちを上司が自分のせいだと嘆くことはない誰かの犯した誤ちが自分のせいだと嘆くことばかりをなぜか経験している人は無意識でもそのことになにかメリットを感じているどんなメリットかは人それぞれだけど、見つけるとその経験は終了する一見、上司のやさしさのように見えるでもそれは相手の問題で自分とは関係がない関係ない、と言ってしまうと冷たい人みたいな感じがするけど本当はむしろ冷たくない相手のミスを自分も一緒に責任を取ろうと介入したりするほうがむしろ相手のためにはならない介入せざるを得ないのは誰のため?相手のためになってないときは、分かりやすくネガティブな感情になってると思うもしかして相手を信じようと思ったときに良い感情が湧いてくるならそっちだと思うまた、「こうしたほうが良いかもしないけど、どう思う?」ってこちらの観点を伝えるときに良い感情が湧くならあってると思う良い感情が湧くか、嫌な気持ちになるかわかりやすい軸がある自分の軸をはっきりしておくと相手との距離を見誤らず保てる相手も自分と同じように、自分の軸を本来しっかりと持っているときにはその軸がズレてしまって、見失ってるときもあるそんなときに下手に介入すると相手はむしろなかなか自分の軸を見つけられないままでいるはめになる軸がブレて見失ってるときというのは自分と整合できずに、辛かったり、苦しかったりとにかくネガティブな状態になるそんな苦しい状態からはやく脱するにはなんの邪魔も入らずにスムーズに軸をみつけて整合できることだ自分と整合したら、自分にエネルギーが戻ってくるのがわかるとても精力的に、やる気になるしまたは、安心して静かな心の状態になるから今回もご覧下さり嬉しいです^^ありがとうございまーす!りょこぴー