緋鷹由理 

緋鷹由理 

たぬこと熊太の徒然日記を主に掲載しています。


地震や津波などの表現や言葉が入っています。

この小説は、近未来を想像して書いた、フィクションです。
地震や災害などの経験や地方の言葉や地形に知識のないものが書いています。
気になる点や、地方の言葉、適切な言い回し、地形に不自然な点などありましたらコメントください。
また、自然や科学の知識なども乏しいのですが、適切なアドバイスがあるとありがたいです。
どうぞよろしくお願い致します。



山陽山陰地方

 次は広島棟だ、山陽山陰地方も被災している上に、太平洋側の地震の影響を受けていた。

 道路の寸断が予想できる地域でもある。

 ここは居住棟を作るメンバーを連れて広島県庁に向かった。

 知事に会ってみたが、どうやらぴんと来ていないようだ。

 まあ、知事にはあいさつ程度に訪れただけだから、それはそれでいい。

 そこで、政府が連絡を取っていた建設部と直接話をすると、内容も理解していた。

 建設については、専門部隊に任せることにして、私は、道路の確認を急いだ。

 私には建設部とのつながりしかないため、とりあえず島根に行ってみることにした。

 道の寸断やがけ崩れが見られるが、何とか案内なしで県庁までたどりついた。

 知事に合うと知事も私の事は知っているようで、親しげに話しをしてきた。

 地震の影響を聞いてみると、道路の寸断はすでに復旧しているようだった。だが食料の収集に苦慮していた。

「すみません。政府も食料については海外から買い付けが出来ず、国内での供給には限界があり、この気候なので、どうにもならなくて、支援が出せない状況で、申し訳なく思っています。

 四国では仮設住宅が建てられないという事でしたが、こちらも同じでしょうか。」

「そうですね。大きな地震でしたから、家を失くした人もいます。 

 でも仮設住宅が出来ず、避難所暮らしの人がいます。

 食料も乏しくて、私にもどうにもならず、出来ることと言えば道路の復旧ぐらいの事で、このまま寒さが続けば、この冬は凍死する人がどのくらい出るのか、心配しています。」

「やはり、そこですよね。今政府が行っている、全国民を収容する施設棟の建設ですが、お聞き及びでしょうか」

「もちろんです、仮設住宅が建てられないのに、全国民を収容することが出来るのですか?」

 島根知事は広島知事より内容がわかっているようだ。

 それから2日後には棟建設の専門部隊が入り、棟建設の場所や人員の割り当てが進んでいった。

 500万人棟の予定を300万人棟2棟と各施設は道路でつなぐことになる。

 となると冬は除雪車やトレーラーの手配が必要になりそうだ。

 だんだんと寒さが厳しくなる中、気になったのは、この冬をあの避難所で乗り切れるだろうかという事である。

 そこで、建設要員の入る仮住宅を作り、まずそこに入れるだけ入れて、工事に従事してもらうことにした。

他のところもそうだが、家も何もないところに棟の建設をするにあたっては、仮住宅を作っている。

 仮設住宅より簡単な作りだか、食事はそこで出来るので、大勢の人を集めている。

 四国は地震と津波の被害で、協力してもらえるか心配したが、やはり食料不足と寒さが辛かったようだ。        

 その他に四国には、各県に穀物棟を設備し、家を失った人や、寒さをしのげない人達は、食料を作りながらその中で過ごしてもらうことになった。

 ところどころ道が壊れたりがけ崩れもあるようだが、そこは県に任せ、復旧させるのではなく、住民を助け出すにとどめ、居住棟と各施設を継なぐ道だけを復旧し、高速道路を有効に使えるよう整備してもらうようにした。

「ふーん、何とも奇妙な家ですな」

「家とは違い、集合住宅でもありません。

みんなが協力してこの寒さを乗り切るための施設です」

「施設ですか……」

施設という言葉には、抵抗があるようだ。

そこで知事が

「それで、この建物を建てるために、人手がいるようなんですよ。

工事に参加すれば賃金ももらえて、食べ物もあるようです」

「ふーむ、そりゃあいいですな、とにかく仕事と食べ物がもらえるなら、皆もやると思いますよ。

今、食料が値上がりしている上に仕事がないのでみんな困っています。

ろくなものは食べられませんからな。」

「政府でも食料の備蓄が少なく、今は東北の収穫に期待しています。それでも働く人の食料は確保しますので、協力してください」

「東北では作物が育つのですか?」

「はい、作物を作るための大きな設備を作った人がいて、そこで、収穫を上げています」

「それは四国でもできますか?」

「はい出来ると思います。手配しておきましょう」

そういうと少しホッとしたようだった。

「それでは、これから四国の知事さんたちにも話をして、建設になりますので、よろしくお願いします」

というと

「建物の事はよくわからんが、賃金と食料をもらえるのなら、協力しましょう」

という快諾とは少し違う形で、話がまとまった。その後、知事の避難所巡りに3か所ほど付き合ったがどこも同じような状況で、金と食料で釣ったような話になった。

「おう知事さんいらっしゃい」

 と被災して避難生活を送っている人の代表があいさつに来た。

「元気そうで何よりです、今日はいい話をもってきましたよ」

 と私をちらっと見て、

「まあ中に入りましょう。」

 と避難所に入っていった。 

 ここで暮らしているのか、これでは冬は寒いだろう。

 公民館のようなところで、窓ガラスは割れたところを板でふさいである。

知事が

「こちらは政府のお役人さんで、今度仮設住宅じゃなくて、県民全員が入れる施設を作るそうなんです。

それで協力をしてほしいといわれまして」

「被災者だけじゃなくて?みんなが入る仮設住宅ですか?」

と私を見た。

「いえ、仮設住宅ではなく居住棟と言いまして、こちらは500万人収容予定の予定図です。」

と資料を見せた。

「何ですかな、窓も入り口もないですな。ここに500万人も入るんですか?」

と何とも不思議なものを見るような感想はどこでもある反応だ。

「これからますます気温は下がり、真冬のような日が続きます。 

 そこで、20階建で500万人収容できる建物を作る予定です。

 窓は熱効率を考えると不要になりますので、ありません。」

「外は見られないのですか」

「見られないというか、見る必要がないのです。

 空は今よりもっと曇ります。

 出入りは地下から行います。」

 運よく道路はつながっている。

 昼前に高知県庁についた。

 知事室に向かうと、知事も待っていたようで、

「まず、住居何とかの、話を聞かせてください、資料はありますが、どうも理解できなくて…」

 と切り出された。

 私は資料を取り出し、着工している関西の写真や、出来上がり予定図を見せた。

「何ですかこれは…ずいぶん大きいですね。窓がないですね」

「はい、断熱材で外側を覆うので、窓はありません。普通の家や団地は窓やドアから、熱が逃げるので、そういうものを無くしました。出来上がれば、500万人が入れる居住棟ができます。」 

「それで、住民はみんな入れるのですか?500万人と言われると…」

「四国4県と沖縄県です。」

「沖縄県ですか?」

「はい、沖縄は九州に入れるより、四国に入れたほうがバランスが良くなります。沖縄はだめですか?」

「いやあ、そんなことはありません」

「ただですね・・・

工事の人手が足りないのです。

被災した人には申し訳ないのですが、一人でも工事に携わってもらいたいのです。

賃金は出ます。

食事もあります。」

「えっ!食事あるんですか?」

「はい、工事の人を賄うぐらいは、出来るつもりです」

「そりゃー、ありがたい。

 被災してから、畑仕事が上手くいかず、私達県庁職員も、あちこち食料探しをしていますが、この冷夏続きじゃ、自分たちで食べるものを作るのがやっとで、苦労していました、港も使えなくて、魚もとれず困っています」

「全国で食料が不足しています。

 居住棟のほかに、穀物棟や水耕栽培棟なども作りますから、上手くいけば10年程で、皆入居出来て、食料も出来ると思います」

と言ってみたものの、10年で居住棟が出来るのか、東北のように2年で穀物棟が軌道に乗るのか、そんな保証はどこにもない。

しかし、どうせ食料の手配はしなくてはならないのだから、出来るだけ大勢の人に工事に携わってほしかった。

その日の午後私も知事について、住民に会いに行った。

四国地区

  次は四国。ここは人口が少ないので、沖縄県の人達も入れるようにしたいと思っている。

 今までの2千万クラスに対して、500万人の居住棟を建てる、しかも一番多い沖縄県民がいないのだから、どこからか工事の作業員を借りて来なければならない。

 もう2・3日もすれば、専門部隊が合流するが、その前に人手のありそうなところを探してみるか。

 パソコンを開き政府の建設省につなぐ。

 昨日見た数字とあまり違いが無い。

 どこも人手が余っているとは言えない。

 あえて言うなら北海道だろうか。 

 だが連れてくるのに遠すぎる。

 手近なのは九州だが、ここはまだ工事も始まっていない。

 関西は急ぐし、関東も中部も震災で人手が頼みにくい。

どうしたものか…。と考えていても仕方がない、とりあえず、4県の知事と話してみるか。

 まず香川県の知事に電話をするが留守のようだ。

 次は徳島県、いや高知県の様子を聞いてみるか。と高知県知事に電話してみた。 

 前に何度か会っていて気さくな人だが、元気だろうか。

 電話がつながり、震災の様子を聞いてみた。

「いやー大変なことになって、犠牲者も多かったんですが、もう2年経つのに、仮設住宅が出来なくて、避難所暮らしも気の毒に思っているところなんですよ。

 そこにこの異常気象で、食べ物が育たない上に、家畜も死んでいるんです。

 いや何とかならんものか」

 「政府の手が至らなくてすみません。そんな時に頼み事で恐縮なんですが、異常気象のことで、これからますます冷え込みます。」

 「そのようですね」

 「そこで政府もいろいろ考えて、居住棟を作ろうとしていまして。仮設住宅もできないのに言いにくいんですが…」

 「おお、そういえば震災前に政府でなんかまとめて建てると言っていましたね。」

 「はい、それが設計変更になって、全国民を対象にした住居棟を建てることになったんですが、人手の問題やら、建てる場所やら、相談に伺いたいのですが」

 「そうですか、そんなら仮設住宅もいらないですね、そればっかりが気になっていましてね。」

 「とりあえず明日にでもお会いしたいのですが、良いですか「もちろんです。

 明日も被災した人に会いに行く予定でしたが、庁舎で待っていますので、よろしく。」

「あ!いや、こちらこそよろしくお願いします」

 ということでまずは高知に行くことになった。

「これは計画書です。

 今 、寒冷化が進んでいるのは分かっていらっしゃいと思うのですが、今の政府には、震災の復興をしている余裕はないのです。もう今年にも、冬の寒波が厳しくなります。

 これは20階建500万人収容できる設計です。敷地面積はこの庁舎の10倍以上です。マンションのような作りではありません。

 一戸一戸を収容するのではなく、個人個人を収容する予定です。 家族の分断をするわけではありません。

 家庭環境を聞きながら皆さんには入居していただきます。

 その環境を出来るだけ聞き取って、家族が分断しない形に各市町村でまとめて、入居してもらいたたいのです」

 と言い切ったので、ようやく資料を見る気になったらしい。

「窓はないのですかな」

 と知事が行った。

「はい、窓はありません。窓は熱効率が悪くなります。エントランスも、地下になります。ここに入れば、しばらくは外を見ることは出来ませんが、テレビなどに映して見えるようにします」

 2人は資料をまじまじと見ていたが、

「いまでも、食料には不自由しています、農作物の被害は津波の前からです。

 工事中の食料はどうされるのですか」

「工事に従事していただく方には食事と賃金を保証します。

 また、こちらは居住棟だけではなく、食料を作る棟も作る予定です。

 現在東北地方の人達が、米や野菜、家畜などを生産しています。今はまだ、九州で農作物が出来ていますが、もう2年も持たないでしょう。

 今まで備蓄していた政府の食料も少なくなっています。

なので早い着工と、食料生産の着手にご協力いただきたいのです。」

すると知事が、

「分かりました、政府がその方針であれば出来る限り協力します」「知事、簡単に言わないでください、政府は今まで何もしてこなかったじゃないですか!」

「まあ、それはそうだが、政府の内情も聞いているが、大変なようだ。

 これだけの計画が出てきただけでも、良いと思うしかない、これで県民を寒さから守られるのだ、今は協力しよう!」

 知事の気持ちは強かった。

 その日のうちに、中部地方の知事達とリモートでつないで、話し合いをした。

 どの知事も居住棟は理解してもらい、その他には、交通の便を気にしているようだ。

 太平洋側がかなりの痛手を受けたので、高速道路はじめ鉄道などを気にしているようだった。

 それについては政府も全部は把握できておらず、高速道路と国道をつなげて、東京から関西まで行けることは分かっている。鉄道については、まだ、細かい報告は上がっていないが、新幹線だけは、復旧したと報告が入っていた。また、身内を探す人のために、静岡の高速道路沿いに100万人棟を作り、東海道線を移動する際の中継所として利用することになった。

 その他は関西で作った専門部隊が入り、穀物棟や果樹園、水耕栽培棟、工業棟など、あっという間に決まったようだ。

すると知事が、

 「政府から、大きな建物を建てると資料が届いていましたが、どのようなものですか?仮設住宅もまだまだ間に合っていません。

県民は海から遠い所でもいいというので、山間部に避難所を立ち上げましたが、余震がしばらく続いたので、この辺りの人も自宅は諦めて、新しい場所に落ち着きたいと言っています」

と住民の悲壮な様子が、伝わってくるようだった。

 「関東も一緒です、心中お察しいたします」 

 その後期待していた話ではないと思われたのか、少しの沈黙があり私が切り出した。

 「そんな状況で大変申し訳ないのですが、住民皆さんをお引き受けできる、建物を建てようと考えております。」

というと、名古屋市長が

「あの窓のない建物ですか」

 とぽつんと言った。

「はい、20階建で500万人はいる建物です」

 というと、両人とも

「はあー500人ですか?その程度では…」

「いえ、500万人です」

「500万人ってそんな人数、今なら愛知県民、まるごと入りますなーハハハハハ…」

 もう笑うしかないと言った感じだ。

「はい、3棟作ります。愛知県だけではなく静岡県、三重県、岐阜県と中部地方に住んでいる方々全員入れるようにします」

「何を言っているんだ、今まで何もしてこなかった政府が、今になってそんな狂った計画、出来る訳ないだろう」

 市長は怒り出した。

中部地方

   中部地方では、まず、愛知県知事と名古屋市長に会いに行った。どちらも庁舎が水をかぶっていた。

   海岸からは離れているが、太平洋側の津波のすさまじさを感じる。

「知事、大変でしたね。市長もここまで水が来るなんて、驚かれたでしょう、通信が寸断されているので、政府でも被害の様子がよくわからず、とても混乱しています」

と挨拶をした。

 すると市長は

   「名古屋はもう終わりです。」

と、うなだれている、地震から2年ほど経っているが、復興はまだまだのようだ。

     それは関東も同じで、東京はじめ東京湾の水位が上がり、大都市は水没し、手の付けようがない。

   「地下鉄なんて、見る影もないです、この辺りに住んでいた人はともかく、海岸沿いで津波にのまれた人は、いまだに人数が完全には把握できていません、何とか市政だけは取りまとめていますが、政府からの支援も少なく、大変です」

   「それは申し訳ないと思っています。」

どこの知事や市長もこのような話になる。

   山間部では道路が寸断されて、復興に時間がかかっている。

海沿いは水位の上がったところや、津波による被害が甚大で、港の整備が追い付かない。

 関西はこの他に3棟の水耕栽培の施設が必要になる。

 これも温泉を利用したいところだが、関西ではすでにビルの中で水耕栽培をしているところがある。

 そのビルも今のままでは凍りついてしまうため、水耕栽培の施設が必要になる。

 幸い、居住棟から少し離れたところに、住宅を取り壊せば何とかなりそうな場所がある。

 住宅の取り壊しには色々面倒な事がつきものだが、地所に建てている人には、地所の保証をし、家自体は震災でもろくなっているので、家への執着はあまりないようで、居住棟が立ち次第取り壊せるよう協力をしてもらった。 

 また、荷物の持ち込みが出来ないこともはなし、貴金属以外は、政府で買い取ったビルで預かることにした。と言っても、この人たちが荷物を取りに来ることはなかった。

 それほど厳しい世界が待っているのである。

 今話をしている自分でさえ、どんな世界になるのかわからない。

 地所を保証しておけば、家は建てられる。

 荷物もどこかで保管しておけば、取りに来られるという、安心感を与えたのである。

 そうやって土地を確保し、荷物を預かる手配をして、工場棟8棟、水耕栽培棟3棟、リサイクル棟2棟分を確保していった。

 もちろん一人ではやれない、役所に動いてもらうのだ。ここで棟を作るための専門部隊が出来た。

 また、関西のリサイクル棟には鉄工所の協力も必要だった。

 それについては、またあとの話になる。