わたしの駒はすこしずつすすむ


去年には想像できなかったことを今ちゃくちゃくとする


一昨年にはしらなかったことをする。




わたしのこの数年は、


わたしの20代は海を見る自由だった。


立ち止まる勇気だった。




今出会う人にはわたしのことを説明するのは難しく


わたしのことをあれこれ説明するのはつらい。


はしょって説明するのがいやなのに、それをしなきゃいけないから。


たくさん投げ出したことで失ったことの大きさを知っていて


それを相手の目の前で広げるのはこわい。


経験とは時間ではなく回数だという。






わたしの二十代を、大学の友人は黙って頷いてくれる。


わたしのあとの二年は、


これからの人たちに、この二十年を


うつむくことなく話せるようになることだ。


海を見る自由を、すべてを投げ出して、掴んだことを誇ることだ。


そしてそれに異を感じられることを受け止めて


それでもわたしはわたしを誇ることだ。



承認欲求は難しい。


自分を認めてもらいたいことと


自分で自分を認めることは


うまくかみあわない。










10日も経つと自分が電車乗り過ごして間違えたのに

本当使えない

みたいに思えるようになる。しかもどれも、あっちが、使えないと思っている。わたしの体にいつの間にか備わった抗ストレス性には拍手を贈りたい。


お目当ての牛乳が売ってない→使えない
牛乳買い忘れてコーヒー飲めない→使えない
遅めに来たらクラス満員→使えない
あぁ地図忘れた→使えない
駅が遠い→使えない
疲れた→使えない

なにかうまくいかないことを引きずらずに、(自分の反省にしたりわけを探さずにそのままにして)
その次にとりかかるには、切り捨てる言葉がとても役立つ。
しかもそれを絶対に自分の範囲に入れず、相手もしくはその状況に対して、言う。

多分そのうち、使えないを、爆笑に変えられたら、もっとたのしい。



iPhoneからの投稿
ニューヨークについて1週間だけどなにもそれらしいことしてない。

自分の生活を立てることしかしてない。
1番に必要なのは食べることで
それがきちんと揃わないと飢える。
一番最初にお外で食べたご飯は一体何の匂いがわからないし、量は多いし、手持ち無沙汰でその上緊張して、もちろん食べきれないし、それだけで疲れた。
くたくたになったらもうお外で食べたいと思わない。
早くお家に帰りたくなる。誰かと顔を合わせて英語を試されたくない。
そして電子レンジはない。もうすぐって、soonっていつだ。
最初の買い物はヨーグルトとシリアルと牛乳、コーヒーの粉、りんご一個、鶏肉、たまご、オリーブオイル、塩、コショウ、ベーグル三つとか。
用意されていたフライパンが真っ黒焦げに、役に立たなかったのでフライパンを探しに行く。

お肉は大きすぎてどれがどの部位がまったくわからない。部位の英単語なんで知らない。表示のみかたわかんない。やたら賞味期限が長い。
かろうじてこれは鳥の塊?
ウォーターサーバーの中の衛生状況が気になって仕方なかったので洗おうとして破壊してしまう。
買いに行く。どこのメーカーの中のフィルターは何型だよ、、、

お皿はちょうどいいのがない。日本と食べるものが違うから、私の思う大きさのものは用意されていない。
フライパンを探し出せるまで二日間ベーグルと持ってきたラーメンを食べてたんだけど、ラーメンはおおきいマグカップでちょうどかちょっと小さいくらいだった。そして箸の重要性にも気づく、、
残念ながらおくちに合わないシリアルとドレッシングとソースの壁を乗り越えることができたのは、
フレッシュフルーツと、フレンチ教室で習っていた酢と卵、油みたいな調味料の組み合わせによるマヨネーズやドレッシングだった。
多分、フレンチ教室は日本では特別な日にしか役立たない。
だけど日本の食材やおなじみの味が売っていないところでは役に立つ。
作りたい量だけ、自分の知っている調味料で。単純な食べ物ほど味は安定しているから、自分で操作できる。
卵も同じくして優秀な安定さを持っている。ゆで卵は最高です。
次はこの後の日々にすぐ食べるために、探しに行かなくて住むためのものさがし。
そうめんと、みそ、お出汁、醤油、お米、お茶、水出しのためのジュースジャグ、おはし、タッパー。バナナ。
食事はここまできたらだいぶん軌道に乗ってついに今日電子レンジも導入された。

寝て見たらめっちゃ寒かった。持ってきた湯たんぽが率先力になる。
たくさんファストファッションのお店を見て回ったけど、UNIQLOは、ほんとうに、優秀です。
日本人の寒さに対する神経とごちゃごちゃしないシンプルな美しさ、価格、洗った後への安心、
もうUNIQLO海外進出してくれててありがとう!!!!!!
パジャマの上に羽織るためのフリースを買う。

あとは勉強している。
朝起きて、復習しながらご飯食べてメイクして、今日買うべきものを買える場所とその行き方を地図で調べて書き出していたらもう授業にギリギリになる。
帰りに夕飯の用意やトイレットペーパーなんかを買って、アパートについたらご飯食べて、お風呂入って、
今日話せなかったこと、何ていうのか調べてたら、もう1日が終わる。単語帳作って、レシートみながら家計簿付けて湯たんぽの用意をする。
明日あれ買ってこんなんとか。どこに売ってるんやろとか。
眠気と一緒にお湯をわかしていたらちょっとさみしくなる。
それは日本が恋しいとかそんなんじゃない。場所とかひとりぶんの生きて行くことを立てることは慣れた。それはどの土地に行っても同じで、例えば上京の時も、実家を出る時も、どこかでひとりぶんの生活をたてるに纏わる孤独みたいなもの、それは距離よりも出て行く理由に伴う。だから、そこに辛い気持ちは全くない。近いのに辛いことはもっとたくさんあった。
だから、距離と生きて行かれる可能性についてちょっとわたしは実験してるみたいな、その論理を確かめてるみたいな気持ち。
残念ながら、心変わりは何かのせい?とか摩天楼から書いたラブレターにお返事をくれるような人はいないぜオザケン!!!!!!!!!
寝る。
変な時間に起きてしまうと、2時間くらい眠れなくって、結局朝方寝て、
授業ギリギリにおうちを出て行く。

知らないコミュニティにつっこまれることは19の時からだいぶ、試され続けてきた。




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