10年以上、職人的リモートワーカーを続けている結良輪区です。
長らく記録する時間も気力もなかった年末年始。
この冬は今、2回目の学級閉鎖を乗り越えている最中…。
1回目も2回目も、娘ちゃんのクラスと隣のクラスの約半数が欠席で、
即学級閉鎖。
さて、こうなった時に、在宅勤務の調整をするのは、
自動的に母親の役割となっていないでしょうか?
現代は、フルタイムやパートタイムで外勤している女性が多いにも関わらず、
なぜこれが当たり前になっているのか?かなりの疑問…。
突然の緊急事態に、家庭の実務対応をするのが、 母親だけとなるのが…、
納得いかない私です。
強制的に共働きなのであれば、強制的に家事、育児、介護、
平等に全員参加でお願いします。
と調整力、調整した時間数で、分担決めようよ!!って提案します。
今回、2回目の学級閉鎖では、娘ちゃんもインフルB型にかかり…。
小児科で言われたのは、
「インフルエンザは異常行動が出る場合があるので、しっかり見守ってください。」
↑当たり前のように母親と一緒に過ごすことになっていて…、
これだって、限度や限界がありませんか?
我家の場合は、15年程、私が在宅ワーカーをしているので、
外勤しているよりは業務調整もしやすいですが…。
だからと言って、在宅している時間は、業務時間であり、
自由時間でも遊んでいる訳でもなく…。
子供と過ごす時間が、1日に数時間だったのが…、
一気に24時間勤務に増え、家事、育児、教育に関してまでもが、
一気に押し寄せてくることに、ストレスMAXとなったりします…。
そんな状態が少なくとも、コロナ禍から5年以上は続いている中で、
親の介護も発生し…、親は親で自分で終活する、という意識もあまりなく…。
(意識させる必要あり…)
年末年始は集まり方を、姉に相談したところ、相談にもならず…。
相談にならないのであれば、こちらも協力する気になれず…。
今年年女の母に、お節料理や家族接待を引退できるよう…、
30年以上、年末年始のおさんどんを避けて過ごし、手ぶらで帰省する姉に説教をし…。
無理に集まらない選択をした、我家。
(脳を刺激するなら、誰もが負担が少なくなる別の方法で…)
子供が持ち混む病原菌を年寄りやうちより小さい子供に移さないように、
サバイバルモードで過ごす日々は、あと何年続くのか?
まるでライオンの母子になったように…、
雄ライオンはもともといないものと考えて過ごさなければならないのか?…。
女性とか男性とか言いたいわけではないけれど、
母親であれば、どんな過酷な理不尽なことも、
黙ってやらなければならないのか?
を疑問に思うこの頃。
やる事はやっているつもりでいるので、
これが終わったら、自分の事だけ考えます(恐らく一番ラクな気が…)。
みたいな世の中に、どんどん向かっていて…、
人と協力する、の協力的な側が疲弊していくのって悪循環な気がしていて…。
報酬は全く伴わず、ほぼボランティアになりますしね…。
介護、育児、教育をビジネスにでもしてしまえば、いいと思うしかないのか?
社会は輪番制で回わして行くのがいいような気がするこの頃。
今週は、家で家事をやってください。
来週は、外で働く役目をやってください。
何歳になったら、何の役割を担ってもらいます。
何歳になったら、自立して家を出て暮らしてもらいます。
何歳になって、自立して暮らせなくなったら、自立支援の施設に入ります…。
家族だからと言って、何でもかんでも助けるのが当たり前でもなく…、
(時間数とか年数とか回数とか考えましょう…)
連綿と続く世界や社会の中で、自分の立ち位置や役割の意味を考えた方がいいなと思う、この頃です。
家族を相手にするのは、週に48時間までとか。
働く大人の週休二日を死守したい、という願望しか浮かばないこの頃。
結良輪区