結婚してる友達がいるんだけど
その子から会わない?とか、遊ぼうとかよく言われるんだけど
これってどうよ?
その子、女ね。

俺にしてみれば男いる女に興味もないしさ、
ましてや結婚してるんですよ?全く興味ないっつーの。
あいつイカれとる。
俺が頭固いのかも知れないけど
これは本当無理。

一人の男を愛したならさ、最後まで愛せよ!って思う。
相手が可哀相。

女はメンドクセ(´A`)
心の乱れを世に問う時に、日本人の文化・宗教には、仏教の説法というものが適しているのかも知れません。

仏教には、(仏教のいう)理想的な社会を目指す実践方法の一つに「布施行」があります。
その「布施行」の行には、「三施(さんせ)」といい、財施(ざいせ)、法施(ほうせ)、無畏施(むいせ)という3つの布施の行があり、[ 施すべき財 ]、[ 説くべき教え ]、[ 恐れを取り除く力 ]のことです。

◎ 財施(ざいせ)とは、衣服・飲食・田宅・珍宝などを他に施すこと
◎ 法施(ほうせ)とは、人々に仏法を説き聞かせること
◎ 無畏施(むいせ)とは、一切の衆生に畏怖(いふ=おそれこわがる)の念がないようにさせること
だそうです。

そもそも布施とは、(仏教的に言えば)僧俗の区別なく私たちみんなが実践していかねばならない修行の一つであり、一般的なお坊さんに差し出すお礼のことではありません。
大きな震災時に大きく貢献してくれている医療従事者達が悲鳴をあげているいう。
通常でも医師不足&看護師不足であったところに、途方もない人数の怪我人であふれかえり、本人も被災者でありながら「帰る場所がない」状態に陥ってしまっているという。

それもそのはずで、あまりの患者の多さに、やれどもやれども全くはけない現状が常に目の前にあるのです。
真面目で仕事に熱意がある方ほど、医療従事者でありながらウツ症などの現象に陥ってしまっているのだという。

本人も、大切なモノをたくさん奪われ、家も財産も奪われ、ゴールの見えない災害医療の現場。
そのあまりにも蓄積された疲労は、そろそろ本人達の自覚にも症状としてあらわれ、本当の医療崩壊へと導びかれていると・・・

そう、忘れてはいけない。
彼らも人なのだ。
ココロもカラダも休ませてあげられなければ、この長期戦には立ち向かえません。

今のところ震災に関係のない地域では、未だに患者の甘えの温床がある地域医療だが、少しぐらい痛いだのカユいだのを我慢できないとか、早く医者に見せなければいけない前兆現象と放っておいてもそのうち治る症状とを理解できない人ほど、大きな災害の時には苦労をしてしまう。
また、平和で安全な日々を送っているにも関わらず慢性病から点滴が欠かせなくなっていたり、運動不足から発生している肩こりや腰痛など、日常の自分のテイタラクから抜けきれられない人ほど、医療にかかれない事情など想像できず、実際にそのようなことに陥ると、パニックになったり暴言や争いごとの種となる。いわゆる「モンスターなんとか」という人の候補者となりかねない。

自分で自分のカラダを動かすのは無料で安易だが、人様に自分のカラダの面倒をみてもらうには、お金も手間ひまも、それこそ膨大な時間やコストがかかってしまうのだということを理解していただきたい。
最低限、人様にご迷惑をおかけしない、人様のご好意に感謝できるココロ、人様のお気持ちに甘えない自立心、そんなことを心がけていきたいと思っています。
日本国民に皆平等にお与えになられた震災という試練。
直接被災者となられた方にも
被災者でなくとも、ともにその国難に向かわねばならぬ国民
立場は違えど、借金をすれば共に背負い
共に新しいことに向かわねば、国の明日が傾き
同じように子孫に残す歴史を背負っている。

今おこなえるべきことを、一人一人が淡々とおこなう、唯一の最大の守りはそれだけである。
僕にはひとつだけとても気になることがあります。
皆一様に太陽電池の促進ばかりで、その政策もメガソーラー施設という巨大な発電力を産み出すモノばかりなのだ。
僕の考えとは、だいぶ異なっている。

ソーラー発電には、大きく分けて3種類あります。
○ メガ・ソーラーという巨大な施設
○ 非家庭施設用(公民館やマンション、商業ビルなど)
○ 家庭用
の3つで、下の2つは名の通り、家や施設の屋根に取り付けるモノとご想像いただければ間違いではない。
むろん、僕が積極的に推進したいのは、この後者の方である

どちらの施設でも、今後のエネルギー政策に欠かせない要件がある。
○ (電力会社による)余電買い取りではなく、全量買い取りとすること
○ 蓄電システムを併設すること
○ 送電施設を発電業者と分けること
が必要となる。
それでなければ、現在の様相とさほど変わりない。