職業、浪費家「柚木二郎」 -3ページ目

わたくし率イン歯ーまたは世界【独特の世界観に酔う、面白い面白くないの二極化を否定する作品】

わたくし率イン歯ー、または世界/川上 未映子

¥1,365
Amazon.co.jp

芥川賞作家だ、ミュージシャンだ、大阪弁だ、などという先入観なく
なんとなく言葉が、面白い人だなという印象で手に取った。

文筆歌手を名乗っているが、言葉がリズムを持っているというよりも
あえてそのリズム感を破壊している感じ、その句読点やまわりくどい
一人称語りなど、読み進めるのが困難な感覚をへて、次第に
熱をもってくる感じがある。ん~ライブ感みたいなもの。

町田康との比較もあるだろうが、それよりも
お互いに「核」のある人物だからこそ書ける題材があり
自分の目を通した世界観が、圧倒的で文学的なところに
共通点があるような気がする。

個人的には、純文学を現代的にやると落語に近づくのか
というような感想をもった(いい意味でね)

この「わたくし率、イン歯ー、または世界」は
「自分はどこにあるのか」という非常に哲学的、
深層心理学的部位を主題にしながら
「わたくし」は「私」であり「私(し)」=「歯(し)」で
あるというところに着地する。

これは、DNA的な側面でいうならば、髪の毛でも言い訳だし
皮膚でも粘液でもいいのだろうけれど、あえて「歯」を選び
それを物語として完結させているところに
川上未映子のセンスを感じる。

伏線の日記等は、とりたてて目新しさもないが
永遠の「私」さがしが流行している昨今において
この「わたくし率」をどこかの「部」に固定し
そこを信じれることで、自分を確立していくおかしさは
現代にこそ必要な感覚なのだろう。

これは、評価が難しい。

小説でもなく哲学でもなく
文学でもなくその辺りのOLのおしゃべりでもなく
落語でもなく心理学でもない
音楽でもなく詩でもない

が、そのどれをも含んでいる。

ということは、すごいんだろうという
結論にしかいたらない。

星4つ

成人式は二度終えております【自己啓発本10冊に匹敵する内容】

成人式は二度終えております/エド・はるみ

¥1,155
Amazon.co.jp

24時間テレビの113kmマラソンを見て感動し、購入した。

「夢は24時間テレビでマラソンランナーになること」と宣言し
5年前から準備をはじめる、その深層にはどんな出来事があるのか
とっても興味津々だった。

そして読んでみて納得。

これは、そこら辺りの自己啓発本10冊くらいに
匹敵する内容だった。

彼女は再三再四語る

「お金は大切、しかし利益至上主義には、疑問がある」
「まず、志があるべき」

とするところは、大いに共感した。

ウインドウズのトレーナーをやったり
マナー講師をしたり、先見の明やビジネス勘が
鋭いにも関わらず、自分の人生となると
頑に「一人芝居」を10年以上続けてしまう辺りに

人は自分の事は、分からない

という事実を目の当たりにする。

それにしても素晴らしい。

「ハッピーで前向きな笑いを提供したい」

という世界観も魅力的で
今後ますます芸能界で重要な人物になっていくだろう。

星3.5





ゆれる【気持ちごとゆれながら、最後は微動だにしない結論にたどり着く名作】

ゆれる

¥3,591

<あらすじ>
故郷を離れ、東京で写真家として活躍する弟・猛。母親の法事で久々に帰省し、兄・稔と昔の恋人・智恵子と再会する。猛と智恵子が一夜を過ごした翌日、3人は渓谷へと向かった。猛が智恵子を避けるように写真を撮っているとき、智恵子が渓流にかかる吊り橋から落下する。その時、近くにいたのは稔だけだった。事故だったのか、事件なのか。裁判が進むにつれ猛の心はゆれ、そして、最後に選択した行為とは……。


2006年の作品だが、この歳になってはじめて見た。

そして、西川美和という監督の心理描写のたくみさに驚愕した。

それを演じる、オダギリジョーと香川照之も熱演だが、そもそものシナリオがすごい。

一本の吊り橋のこちらと向こうは、東京と故郷であり、過去の兄弟と現在である。
東京で住むうちに、本当の自分を忘れてしまっていたのは、弟の猛の方ではなかったか。

バラバラになっていた家族の中に、唯一流れている感情を
取り戻すまでには、さまざまな出来事が必要だった。

東京で猛が得たものは、金と名誉、失ったのは、人の気持ちをくむこと

故郷で稔が得たものは、人を思いやる気持ち、失ったものは愛する人

端的にいえば、そういう事になる。

しかしながら、切っても切れない兄弟や家族という縁を
心理描写を中心に見事に描ききっている。

ラストシーンに到る数十分が特に素晴らしい。

人は、言葉ではなく、心で、表情で、全てを語ることができるのだ。

星4.5