娘の成長の早さを認識するときに特にそうだし、生活の周辺の家庭の話を妻から聞かされるとき、自宅と会社との往復の中ですれ違う数多の人達を観察するとき、そして友人達や会社の同僚らとの日常会話の中のふとしたときに、そのことについて考えている自分に気づく。
歳をとった証拠なのだろう。
体力は落ちたし、様々な機能が落ちてきている。
出来るようになることよりも、出来なくなることのほうが増えていく。
心的作用も含め、各感覚器官は鈍磨しつつあり、感動は減ってきた。
時間の過ぎる速さが尋常ではなくなっている。
ムリも利かなくなりつつある。
仕事は山積しており、家庭での役割や社会的に求められることも楽なことばかりではない。
もちろん、悲観的な意味ばかりではない。
視野は広がっているし、経験知は確実に増加している。
パターン認識は広く厚くストックされており、判断が的確で早くなった。
それに、
決して長生きしたいわけではない。
人並みに生きられればそれでいい。
ただ、生きてきた証を残したい。
死の床にあって、悔やみたくない。
ああすればよかった。
こうしておくべきだった。
なんて少しも思いたくない。
いつ死んでもいい、なんて言えるはずはない。
何もなしとげてなんていないんだから。
僕は、淋しがりやだ。
たくさんの、できるだけたくさんの人の記憶の中に生き続けたいと傲慢にも思っている。
そして、その方法として、小説、という媒体を選んだ。
たくさんの人に、自分の創った世界の中で楽しんでもらえたら、
きっと僕のことを忘れないでいてくれるに違いないと思っている。
だから、そんな作品ができあがるまでは、死んでも死に切れないに違いないと確信している。
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