ずっとそうだった

私はいつも自分ではない誰かになりたかった

新しい場所で新しい人たちと


過去のはずかしい、醜い自分ではなく

全く違う人になってしまいたかった

そのために誰かを傷つけることも

なんとも思ってこなかった


でも結局 自分はどこにいっても自分のままで

過去から現在へとつながる 絶え間ない連続体で

いろんなものを引きずって

今ここにいる


現実として 受け入れよう

過去の自分も自分であること

受け入れない限り

このネガティヴ・ループからは逃れられないだろう

本当に自分をすきになることは できないだろう

自分が愛することのできない自分を

誰が愛せるというのだろう


まずは認めようと思う

自分のしてきたこと

消してしまいたい記憶も

そこから始まる気がする


今日も、明日も、彼には逢えない。
逢っても言葉を交わすことなんてないときのほうが多いのにね。
メールもない。
何もない。

もともとそうだったね。
私が駒を進めたから、二人の間にいろんなことがおきた。
でも、何もせずに後悔するよりはずっと良かった。

堪え難い、というほどではないにせよ、今私のなかには、空虚な感じがある。
それは傷ついているからなのかな、とも思う。
強がっているのかもしれない、私は。

こうして気持ちを言葉にすることが、単なる合理化であってもいい。
満たされてない。
欲しいものがあるから、つらさや痛みを感じるんだから。

動いて手にできるものもあれば、動くことで、離れていってしまうものもある。
手の中にはないけれど、今、少し手をのばせば、彼に触れることができる。
離したくない。
遠ざけてしまいたくない。
そう思うから、今、私は動けないでいる。

自分が話がしたければ、メールを送ればいいだけのこと。
それだけのことなのになぁ。

今日はりっこさんのくれたコメントを読んで、とても考えさせられました。

励まされたし、すごいな、って感心もした。


まず一つ。

彼は不誠実なのか、ということ。


そのことについては、私はノオと言いたい。

彼は、このような関係になる前に、私にきちんと伝えてくれた。

好きでいてくれるのは嬉しいけど、

付き合うほど想われるのは重いっていうこと。

今は恋愛より他に、やりたいことがあること。

私は、ふられた。

そのほかの何でもない。

不誠実なのは、私のほうなんだ。

私がそうしたかったから、身体だけの関係になった

結局、それを許した彼も、あいまいなのかも知れないけれど。


もう一つ。

それは、私はこの恋に傷ついているのかということ。


それは、正直言って分からない。

傷つかないように気持ちを制御したり、

考えないようにすることは私にとってそう難しいことではない。

そもそも好きな気持ちを抑えることができてしまうくらいなら、

本当に好きではなかったのではないか、とも思う。


ただ、私は、自分が傷つくことを選択しない限り、

傷つくことなんてないと思う

何かの刺激に対して、自分が反応を示すまで、

そこにはが存在する。

自分が刺激に対して「悲しい」という感情を選択する

だから悲しくなるし、辛くなる。

でも、悲しいという感情を選択しないという選択肢もある。

そうしたら、私は傷つくことはない。

どんな感情を持つことを選ぶかは、私次第で決まる


確かに私はふられたし、

彼に気持ちがないのだって態度でも分かる。

でも、それを悲しいと思う選択肢は選ばない

ふった彼のほうも、私が何の落ち込みを見せないのを見て

「不思議な人だね」って言った。

でも、その方法さえ知っていれば、

誰でもできることだと思う。

私も、この「気持ちの持ち方」をある人から教わるまで、

刺激に対して反応を選択できるなんて、思ってもみなかった。

こう思えるまでには、ずいぶん時間と訓練を要したけれど。


必要とされたい。

愛されたい。

彼の心を、振り向かせたい。

その気持ちは、今はまだ変わらない。


けれどその一方で、必要以上にこの恋に執着するつもりもない。

変えられる気持ちであるなら、変わってゆくのもいい。

例え押しとどめようとしても、今私の生きている世界に、

そもそも「変わらないもの」なんて一つもない。


りっこさんのくれた言葉。


「自分らしい生き方は、自分なりの価値観を持つことで、特に何かするということでは、ないと私は思います。自分の気持ちを毎日素直に書いてはきだして、少しずつやるべきことをこさしながら、積極的に周りや社会に目を向けていたら、いい方向に向かっていくと思います。」


彼にだけ目を向けているなんて、時間がもったいない。

改めて思う。

その間に、できることはたくさんあるはず。

本当にそう思う。


私たちは、絶えず変化し続けている。

それに逆らうことなんて、できない。

今私が考えていることも、記憶も、いずれは失われてしまう。

今日、村上春樹さんの「海辺のカフカ」を読み終えた。

買ってもってはいたものの、半年ほど読めずに手元にあった。

読む時期ではなかったのだろう。

周囲の出来事の流れが、「本を開いて」と導いた。

開いてからは、あっという間に読み終えた。

村上作品というものは、不思議と、

私にとって「読むべきとき」に読むことになる。

「ノルウェイの森」のときもそうだった。


「僕らはみんな、いろんな大事なものをうしないつづける。

大事な機会や可能性や、取り返しのつかない感情。

それが生きることのひとつの意味だ。」


「海辺のカフカ」にでてくる言葉だ。

あぁ、そうかもしれない。

いずれ失われてしまうものだからこそ、

記憶っていう実態のないものであるからこそ、

そこに留まりたいのかもしれない。


私は、彼の記憶に留まりたいと思う。

繋がりあえた人たちの記憶に、留まっていたい。

それがいずれ意味を持たなくなっても・・・。










前の彼氏と別れて、まだあんまり経ってないんだよな、考えたら。

まだお互いの荷物も、交換していない。


この前、好きな人と一緒に歩いているとき、

「誰かと歩くとき、自分は右側にいるか左側にいるか」って話になった。

良く考えたら、元彼はいつも、私を守るようにして車道側を歩いてくれていた。

エスカレーターも、いつも自分が下になるようにしてくれていた。

もし私が転んでも、大丈夫なように、って。

「すごいね」って、好きな人が言った。

大事にされていたんだなって、改めて思った。

でも本当のことをいうと、元彼には、安堵感は覚えても、

息が詰まるような、「いとしい」って気持ちを感じたことがなかった。


今週は、気持ちが落ち着かなかった。

1週間で、いろんなことがありすぎた。

常に躁状態。(トランス状態!)

自分では落ち着いていたつもりだけれど、

15日も早く生理が来て、ビックリした。

やっぱ身体は正直なんだな。


元彼と別れて、誰かに依存することがなくなって、

正直言うと、私は焦っていたのかもしれない。

自分って一体どんな人間なんだろう!?

何が好きで、何がしたくて、どんな風に生きたいんだろう!?

一人になったからこそ、できることを思い切りやろう!

って思って、友達と会ったり、ジムに泳ぎに行ったり、ドライブがてらCD借りに行ったり、

徹夜でレポートやったり、読書したり、後輩と飲んだり、CLUBのチケットとったり・・・。

なんだかせわしなく動いていた。


そうでもしないと、やってらんなかったんだろうな。

好きな人のことを、考える時間を作りたくなかった。

誰にも内緒で逢うときは、あんなに近くに触れることのできた腕も、

きれいな手も、くせのある柔らかい髪も、

まるで全て夢だったんじゃないかと思う。

みんなの前で見る彼は、まるで違う人みたい。


こんなルーズな関係でも、って思うのは、

自分を守るためでもあるのかな。

傷つくことから・・・。

「付き合えない」って言われたとき、

振られて、その後何もなくなってしまうのが嫌だった。

身体だけでも、好きな人と繋がっていられるなら・・・

それでもいいと思った。

彼と同様に、今自分にも、やるべきことはたくさんあると思えたから。

それより今は、やっと訪れた、この日々の高揚感を失いたくなかった。

彼のことは、ずっとずっと気になってた。

2年以上・・・。

でも、今まで恋愛感情に至ることはなかった。

それもまた、仕掛けられていた時限爆弾。


とにもかくにも、今週はもっと落ち着こうと思う。

今やるべきは、学問だ。




ちょっと前から、
悪いことは、いいことの前触れ
って思うようにしている。
当たり前?って思うかもしれないけど、本当にそうなるんだ。

毎日って幸せ探しゲームみたいなものかもしれない。

自分が選んで、今、ここにいる。
でも一方で、生かされてる、とも思う。
どれほど生きたくても、失われてしまう命だってあるからな。
最近少しだけ後者を強く感じる。

今日も、きっと幸せなことがある
だから一生懸命、今日一日っていうゲームを楽しむo(^^)o

正直いえば

彼女になりたくないって言ったら、嘘になる。

そりゃ付き合えるなら、ふつうに付き合いたいさ!


でも、ここで「付き合う」までいかないのは

かえっていいかもしれないって思う。


私はいつも、相手にのめりこみ過ぎてしまう。

自分の価値観ですら、見失ってしまうくらいに。

それはとても悪い傾向なんだ。

自分の動機づけくらい、自分でできないって一体どういう幼さだ、って

本気で情けなく思う。

自分のためだけにだって、頑張れるはず。


かっこいいんだよな、彼は。

自分のやるべきこと、「めんどくさい」って言いつつも

きちんとこなしてくる。

全然飾らないし、言いたいこときちんと言うし、人を笑わせるのが大好きで、

同性からもすごく慕われてて。

彼のまわりには、いつも人が集まる

嫉妬だよ。

悔しい。

悔しいくらい好き。


でもさ、人の気持ちなんて、いくら想い悩んだって、

自分が影響を及ぼせるものではない

今私ができることは、もっときれいになれるように頑張ること

自分の今やるべきことをきちんとこなし、毎日を精一杯楽しんで、

いい女になること


彼に好きになってもらいたい。」

その素直な気持ちを、大切にしたい。


最近読んだ本に、こんな台詞があった。

人が何かを強く求めるとき、それはまずやってこない。

人が何かを懸命に避けようとするとき、それは向こうから自然にやってくる。

もちろんこれは一般論に過ぎないけれどね。」

確かに、って妙に納得してしまった。


無心になにかに打ち込むことが大切なんだろうな。

だまされたり、傷ついたり、こんな殺伐とした世界で、それでもスレないで、

前を向いて歩いていける人って、どんな人なんだろうね。

私が思うにきっとそれは、

過ぎ去った過去や、どうにもできない他人の気持ちなどに苦しむのではなく、

感謝することを忘れず、

自分のできることを確実に、一つ一つこなして、

少しずつ自分の影響を及ぼせる範囲を広げていける人なんだと思う。

純粋なものにこそ、魅かれるものはあるのかもしれない。





何から書き始めたらいいのか分からないけど、感じたこと思っていることを、おもむくままに書いてみたくて、ブログをかくよ。


突然なんだけどタバコってさ、自分にとってプラスになることなんてないのに、何で吸っちゃうんだろうね。

自分にとって得になる恋愛じゃないのに、なかなか断ち切れないのと一緒かな。

それが人間ってやつなんでしょうか。。。

(私は吸わないけどね。)


今私には好きな人がいて、その人とは付き合ってない。

でも寝てしまった。

変な関係。セフレってやつですな。


こうならない選択肢だってあった。

でも、それでもいいやって思ってしまった。

自分が楽しめれば・・・。

結局楽しんだものが勝ちだ!

って、最近思うわけだ。

時には我慢も、っていうか、たいていの場合我慢が必要だけれど、

自分の気持ちに嘘をついてまで、まだ一つの恋愛にしがみつく年でもない。

だって明日生きてる保障はないだろう。


彼を好きだって気づく前、付き合っていた彼氏がいた。

やさしくて、私のことをとても大事にしてくれた人だった。

でも「結婚」って言葉は、容赦なく私を押しつぶした。

まだ早いって!!!

逆に、その気持ちが重かった。

物事がかなえられる要素には、必ずタイミングっていうものが関わっている。

いつも誰かと付き合うと、最低1年は付き合っていた。

でも今は、割り切った関係の軽さに、逆に安堵感を覚えてしまっている自分がいる。


自分が下してきた決断の行き着いた先が「今」なんだけれど、ときどき、

まるでそうなることが決められていたかのように思えてしまうことがある。

考えれば今まで自分に起こったこと、節目節目は何時でもそうだ。

必ず次の出来事につながるキーパーソンと出会って、そこから開かれる未来がある。

幸いにも、不幸にも。

そう考えるなら、今彼は間違いなく、「キーパーソン」だ。