久しぶりに、自分のブログ記事を見てみた。

そこで気付いたのは、「必死に良くなろうとあがいている」ということ。

一生懸命、頑張って、「ポジティブ」を装ってる。

 

でも、本当は鬱屈したものが溜まって、不満が爆発しそうで、世の中は敵だらけで、全部嫌いで、批判したい。

 

こうやって人目に触れるところに、ポジティブなことを書くのは、「社会的に」求められることかもしれない。自分のネガティブな部分を公共の場にさらすな!と怒られそうな気もする。でも、ドロドロとしたものを抱えて生きているのが現実だ。批判や評価が怖くて、ポジティブさんの皮を被ってたのも現実。

 

そんなある意味、ウソを付いているような状態でいいのかな?と思ったこともあったし、私と同じように苦しんで、でも頑張って周囲が期待するように生きていかなきゃいけない!って踏ん張っている人もいるんじゃないかと思って、これを書いている。

 

(そして、これを書きながら、泣いてるw)

 

私は人生をこじらせていて、特に男性からは「性格が悪い」と評されるし、かなり面倒くさい人間で、めんどくさいからこそ、適当に扱われる。

 

そして、こんな人間になったのは、過去のせいだ!自分の育ってきた環境だ!と、ずっとずっと怒っている。たぶん30年以上、怒ってる。泣いてる。悲しんでる。

 

確かにすごく恵まれて、愛されて、という部分もあったとは思う。けど、やっぱり自我が強いのか、不満や怒りにばかり目が向いて、良いか悪いかは別として、吐き出したくなった。

 

つらつら書いてみようと思う。

・ 田舎固有の親戚間の問題で、父親不在。

・ 母親は稼ぐために、一緒に時間を過ごしてくれることが無かった。

  幼稚園や学校のイベントも、友達の親は来ているのに、私は一人。

・ 親はいるようで、いない。祖母に育てられた。

・ 母は家に帰ってきても寝ているか、不機嫌かどちらか。

・ でも、父が家に来ると、甲斐甲斐しくご飯を作り、彼とは時間を共にする。
  これが、どれだけ子どもの私に辛い思いをさせたか…。

 

  父方の祖母から5歳の時に、「お前はいらない子だ!」と言われて、実際に親戚から隠されていた子だった。父の子だというのは、隠されて、言うのは禁じられていた。

 

  そんなことがあった上で、母の行動は、「私はいらない子」、「私は愛されてない子」と確信させるのに十分すぎた。

 

  そのうち、母は仕事を理由に、父のアパートに住むようになった。そのうち、彼らの関係のもつれで、職場の近く(家から車で1時間のところ)に引っ越していった。

 

  この間に、二人子どもが出来た上に、堕していたのを知るのだけど、それはまた別の話。

 

・ 小学生の時、母に対して、「あなたは母じゃなくて、女だ」という発言をする。これを私の母は、母方の祖母が吹き込んだものだと思い込んで、彼女自身の親子関係を悪くしただけでなく、私に対しても恨みのような気持ちを持っているように感じた。

 

・ 9歳の時、母が自殺未遂を起こす。

  子供でも、シングルマザーで、彼女がいないと生きていけないことは理解していた。「ごめんね、ごめんね」と、泣きながら謝る彼女を見て、心の中の何かが冷たくなるのを感じた。「私のお母さんは死んだ」と思ったし、「私は、いらない子」という気持ちを、より強くした。

(その後、何度も母は自殺未遂を繰り返した。)

 

・ 私のことを見てくれないということが不満だったし、学校もくだらなかったので、登校拒否をする。母は、私を精神科に連れて行ったり、登校拒否の本を買ったりした。私の話を聞くことは無く(私も1回聞かれたくらいで、心も開けず…)、私以外からの情報をもとに、勝手に私が登校拒否をする理由を決めていた。

 

・ 日本の社会を見ていて、女性という性別が、非常に生き辛いのだと、小学校高学年の頃には確信していた。男になりたいと思って、男のようにふるまい、声も低くしようと努めた。高校の時に、「ホルモン注射を打ちたい」と言ったところ、母は荒れた。部屋の扉を思いっきり「バン!」と閉め、部屋に閉じこもり、不機嫌MAXで口も利かなくなった。これは、母が私が平凡に結婚して、孫を生んで、その子を彼女自身が育てることを夢見ていたから。私は、「自分はありのままでは愛されない」と確信した。

 

・ イギリスの音楽が好きだったこともあり、イギリスに行くことを決める。そして、そこに居続けることを決めた。イギリスに行って、かつ大学に通うことは、母のステータスになって、彼女を十分に喜ばせたし、私としては彼女を満足させつつ、離れていられることが幸せだった。母には、あまり電話をしなかったが、祖母にはよく電話をしていた。母のお金で。

 

子どもの頃、毎月10万円お金を置いていくだけの母を見て、「私はお金だけの人間か」と思っていた。なので、心のどこかでは、留学をして、親のお金が無くなれば、私を見るようになってくれるかもしれないという期待があった。けど、母はガムシャラに働いただけだったし、そのうち一緒に住み始めた父の言葉に同調して、留学を否定し始めた。

 

・ イギリスにいる時、クラスメイトが拒食症で亡くなった。初めて人の死を感じた時だったし、彼女と仲良くなりたいと思っていたので、ショックを受けてしまった。そんな私に母は、怒りをぶつけながら、「帰ってこい!」と言った。心配しての事と、今は理解してるが、私の気持ちを聞くことはなく、あれは怒り以外の何でもなかった。

 

・ 28歳の時に彼氏ができた。

  彼の家に泊まって帰ると、怒りくるった母がいた。怒鳴られた。

  その後、彼の家に泊まっているときに、母を夢に見て、叫んで起きるという事件があった。彼は心配してくれたけど、正直に話せず、寝ぼけたフリでごまかした。それからすぐに、彼が音信普通になり、自然消滅した。あっという間だった。そこから今まで、彼氏はいない。

 

・ 母は2年程前に亡くなった。でも、あまり泣かなかった。そんなに悲しくもなかった。

  祖母が4年程前に亡くなった時には、泣き明かしたけど。

 

細かいことを言ったら、山ほどあるのだけど、大きいところでは、こんな感じだ。

 

ほんとクソみたい。

けど、社会でいろんな人と関わる上で、「自分はよろしくない」と感じている。そして、それを何とか直そうとしている(ポジティブを装いながら)。でも、本当は、こんなにもドロドロしたものと、自分自身が母のように感情的になって、不機嫌になって、黙り込む自分が嫌で、自分を変えたいと思っている。

 

まわりからすると、そんな私の考えや気持ちは関係無いし、興味も無いことだというのは理解している。けど、これが私で、これを何とかしてやっていくしかない。たぶん、少数であれ、こういう人たちは世界にいると思うし、一緒に頑張ろうよ、って思ってる。

 

それに、私が本当に自分を変えられたら、私の過去と同じような経験を持っていて、現状に苦しんでいる人たちの助けになるんじゃないかとも思っている。「みんなも出来るよ、大丈夫だよ」と、言えるようになりたいと思う今日この頃なのです。