どうにかして YUMI を好きになるってのはいかがでしょう? -35ページ目

結局な話

歌詞を書くって事は難しい。
私は自身切り取りタイプだから、自分の経験、感受性が命だ。
何個か完成させると必ず空になる。
それを避けるために色々作はあるのだが、それを実践しないと
「プツッ…ツーツー」
電話終わりの音みたくなる。

誰にだって思い起こしたくない過去がある。
普通に生活していれば、もう昔の事、それよりもこの先が大事だと…それでいいし、なんの問題もない。

でも作詞家(特に自身切り取りタイプ)は、そういう訳にもいかない。

ある意味それは絶好の獲物

ほじくりだして、捕まえて、調理して、食し、なおかつ一度目では飲み込むだけで精一杯だったものに、改めてスパイスをプラスするためにじっくり吟味しなきゃならない。

んん、ただもう二度と見たくない食べ物だってあるのだ。

だからとても疲れる。なんだか妙に気分も浮き沈みしがちになる。

自身を見つめる事は容易ではない。
甘えがでたり、愚痴りだしたり、後悔したり、ん?と思ってやたら前向きになってみたり。

でも自分の内側から言葉として歌詞として抜け出した時に、奴はたまにとんでもなく凄い事をしでかす。

それまで私の中のものでしかなかったモノが、曲に揺られて他人の心に入り込む。そして、それは一瞬にして私の手を離れて一人立ちしていく。
そしてそれは時に全く別のモノになり、悲しみを増す薬になったり、笑顔をもたらす薬になったりする。

それはもう私の物語ではなくなり、そこでやっと作品となる。やっと。

彼等は思い思いに飛び立って、持ち主にあった形に変化を遂げる。

そんな時私はこの上ない喜びに満たされる。
飛び立てず、眠りにつくものも沢山あるけれど、悲しくない。
それは結局私の言葉から抜け出せなかっただけの事。

ただそれだけの事。

だからまた私は求め出す。
だからこそ私はやる気になる。

私はひたすら感じ続け、ひたすら生み出し、ひたすら悩み、ひたすら言葉を探す。

ただそれだけの事。

でも私はまだ足りない。まだまだ私自身が足りていやしない。