私が個人的に尊敬する浜田敬子著「男性中心企業の終焉」を読了した。
彼女のような人材が大企業の取締役に登用され活躍する時こそが本当の男性中心企業の終焉の時であろう。残念ながら現実はまだまだである。ただ救いはこのような意見が踏み躙られることはない時代になったことだと思う。以下一部要約抜粋
(日本のジェンダー)
選択的夫婦別姓制度すらいまだに実現せず、配偶者特別控除(1987年導入)で専業主婦やパート主婦家庭への優遇政策を継続し、性別役割分業の解消も阻みながら、「女性輝け」「働く女性を応援」と言われても私たちが鼻白むのは、こうした伝統的家族像を守り、昭和の「よき母」「よき妻」を求めながら、労働力としてもフル稼働せよというご都合主義な政策にうんざりしているからなのである。
(リモートワーク)
コロナ前からテクノロジーの進化は所得格差を拡大し、働き方でもその恩恵に与れる人とそうでない人の格差を広げることが懸念されてきた。だが、これまではテクノロジーがあっても日本社会の「対面重視」「出社マスト」の慣行が活用を阻害してきた。それがコロナによってテクノロジーを積極的に活用できる、しようとする企業や個人とそうでない企業や個人の間で新たな差が広がっている。
(森発言)
本来であれば女性たちの発言を促し、発言しやすい空気をつくることが必要なのに、森氏は発言しない女性たちを「わきまえていらっしゃる」と言った。アリバイ的に数を増やし、会議の末席に参加させ、発言する機会も与えず、「わきまえる」ことを良しとするなら、それこそ形だけ女性を参加させ、真のジェンダー平等を目指していないジェンダーウォッシュ組織だろう。
(同質性のリスク)
深刻な事例は2001年9月の米同時多発テロを見過ごしたCIAの失態。厳格な基準を設け最高の人材を採用してきたCIAは、そのほとんどが白人、男性、アングロサクソン系、プロテスタントだった。これは「同類性選考」といって、外見や考え方が似た者を選ぶ傾向が強いために起きた。「能力の高さと多様性は両立しない」という考えはダイバーシティが早くから浸透してきた米国ですら根強く残っていた。結果的にテロの予兆を伝える情報は事前にもたらされていたにもかかわらず見過ごされた。諜報員のなかにはアラビア語、ペルシャ語、ウルドゥー語、ヒンディー語、中国語を話せる分析官がほぼおらず、アフガニスタンの主言語パシュトー語を話す捜査官は皆無だった。多様性はポジティブな側面から語られることが多いが、組織のリスク管理の面でも非常に重要
(ネットワーク)
女性は社内ネットワークという資産がなかったからこそ、外にネットワークを求めるしかなかったが、それが視野を広げて新たな人との繋がりにもなる。男性は社内に強いネットワークを持ち、これまではそれが強みになっていたが、むしろ今それが弊害になっているのではないか。同じような発想、同じような仕事をしてきた仲間とばかり付き合っていると、発想は内向きになってしまう。自信がないことが今のリーダーにむしろポジティブな影響を与えるのと同様に、女性たちが自分たちの弱みだと思っていたことが、むしろ強みになる時代になっている。
(SDGs)
SDGsは2030年までに達成すべき17の目標を掲げ「誰一人取り残さない」持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現を目指している。この方針に当然ジェンダー平等は含まれるわけだが、さらに具体的に17の目標の中には「ジェンダー平等を実現しよう」「人や国の不平等をなくそう」という性別に限らないあらゆる差別、不平等の解消が入っている。別の目標には「働きがいも経済成長も」「すべての人に健康と福祉を」というものもあるが、誰一人取り残さないということはジェンダーやその人の性的自認によらず誰もが働きがいのある仕事に就き、健康的な生活を送れる社会を目指しているということだ。これを理解していれば、セクハラや性別賃金格差はありえない。女性だから補助的業務、非正規、管理職にしないことも、意思決定者や登壇者に男性しかいないこともSDGsに反している。要は、多くの人たちが自分たちが誇らしげにつけているバッチと目の前で起きていることは地続きだと認識できていないのだろう。