久々のブログです。


母方の叔母が一昨年一人娘を亡くしそれからずっと


寂しい寂しいと言い続けていた叔母が今月亡くなり


ました。


3月の半ば頃から病気知らずで相変わらず口は達者だ


った叔母が怠い怠いと口にするようになり、


人の世話になるのを嫌いなんでも自分でやって来た


叔母が段々何もしなくなり家は荒れ、ご飯も食べた


くないとろくに食べずそんな日が続き、


それに加え、寂しい寂しいと毎日口にするようにな


り、母と私で体も心配なので我が家に連れて来て、


そこから病院に連れて行き、今月まで入院していま


した。


難しい病気だったようで入院しましたが、


入院中は口は相変わらず元気で皆をビックリさせて


いました。


ですがお別れは呆気なく、感染症にかかりそこから


3日後に亡くなりました。


祖母が亡くなり叔母が我が家を出るまで一緒に暮ら


していたので私や兄弟は叔母がもう一人の母の様な


存在でした。


ただ、幼少期には同じ家に私達家族と叔母が住んで


いた為に親と叔母の間がギクシャクしてる事を見て


育って来たので、子供ながらに叔母を憎く思った事


もありました。


気強い性格な叔母でしたので揉め事は常にあり、


家の中も嫌な雰囲気が常に漂っていました。


それからずっと叔母の性格、いや、叔母自身を毛嫌


いする事もありました。


家を出ても近くには住んでいたのでたまには顔を見


に行く事もありましたが、自分から行く事は殆ど無


く、離れて暮らす様になったのをホッとしたのは、


本音です。


叔母の葬儀の日、親戚や兄弟達とふざけたり、笑い


話をしたりその日は悲しい気持ちより久々に親戚達


に会えて悲しい気持ちが何処かへ行っていました。


不謹慎かな…


ただ葬儀が始まり、棺桶を皆で囲みお花や好きだっ


た物を皆で入れてあげている際、


何故か先程まで感情が無かったはずの私の目から


涙が急に溢れ、それをきっかけにどんどん溢れ続け


とまらなくなり叔母の頬を撫でながら花を握り潰し


ていました。


母や叔父が背中を擦ってくれてハッとし、


ありがとう、ありがとうと言う声も出ず涙だけが溢


続けました。


席に戻りさっきの涙が嘘かのように止まり、


何故かスッキリしていました。


周りの親戚達には、我慢していたんだね…。と言わ


れ、我慢してた感じはしなかったけど、自分でも


あの感覚は忘れません。


席に戻り他の皆がお別れしてる間ボーッと昔の事を


考えていました。


嫌な思い出ばかりしか無かったはずなのに、


叔母がいつも仕事人間だった母に変わりご飯を食べ


させて暮れた事、一緒にご飯を作った事、お小遣い


を暮れた事、何かあると必ずお祝いをして暮れた事


、そんな思い出しか蘇って来ませんでした。


一人娘が亡くなりその後は近くに住む私や母を頼り


によく家に呼ばれ行くと野菜をくれたり食料を持た


せてくれたり、子供達にとお小遣いをくれたり、


亡くなる時まで私達しか近くにおらずお見舞いに行


くと、お礼を言ってくれていました。


正直面倒くさいなと思ってた時期もありましたが、


今思うとごめんね…と言う気持ちが強いです。


早くに旦那さんを亡くし片親で娘を育て、その後も


一緒に暮らす我が家の為に家事をし、気まずい環境


ながらも祖母が亡くなってからも一緒に暮らしてい


ながらも一人ぼっちの様な感じではいたのでしょう


……。


今思う事は、叔母が亡くなって喪失感よりも娘にや


っと会えたのかなと…良かったね。と思う様になり


ました。


一人娘が亡くなってからもうすぐ2年になりますが


、ずっと会いたい会いたいと願っていたので、


今頃会ってるんではないかと思います。


なんかあっという間の事で今も普通に叔母がいるよ


うな気がします。


この先もずっと…。


49日、新盆、まだもう少し頑張らなければ…


愚痴こぼしみたいになりましたが、久々のブログで


した。




あ、雨の日にこんな蛇をみつけましたキョロキョロ


なんの蛇かな。