一匹の魚。 | 『透明』

『透明』

透明で在りたい。
どこまでも…
どこまでも…

透明で
ありたい。


ある日私は、
自分の生き方に、
違和感を感じ始めた。

ある日私は、
自分の生きる場所に、
息苦しさを感じ始めた。

それはまるで、
魚が陸で生きているかの様な、
そんな感覚。

本来は海で生きるべき生き物なのに、
海で生きるものとして造られたのに、
それも知らずに陸で尚も生き続けている魚。

だから、
もがいてももがいても、
中々前に進めない。
生きよう生きようと躍起になっても、
疲れるばかりで、
生きる事が出来ていない。
息さえも吸えてなかった。

だけど、
まさか自分が、
海で生きる魚であるという事は、
知る由もなかった。
生まれた時から陸で生きて来たから。
自分が海で生きる存在であるとは、
夢にも思わなかった事だろう。

それでも、
息も出来ていないのに、
ここまで死なずにいたのは、
奇跡であった。

そしてある時、
そんな魚は、
大海原で自由に生きる同じ魚達を見たんだ。

何故あんな風に、
大きく泳ぐ事が出来るのだろうか。
とても気持ち良さそうに見えた。
とても輝いて見えた。

そして自分も、
そんな大海原に入ってみたくなった。

けれど、
今まで陸で生きて来たこの魚は、
自分も本当にあんな風に泳ぐ事が出来るのだろうか、
海に入ったら溺れてしまうんじゃないか、
やはり自分は陸で生きる魚なのではないか、
そんな恐怖に包まれて、
この息苦しい陸を離れる事が出来ずにいた。

本当は、
あの魚達の様に、
自由に海で泳いでみたい、
そう強く思っているのに…

依然として、
生まれ育った陸を、
離れられずにいた。

自分はきっと、
海で泳ぐ生き物なんかじゃない、
たとえ息苦しくとも、
きっとこの陸が居場所なんだと、
そう自分に言い聞かせた。

それから、
どれだけの月日が経っただろう。

もはや、
ボロボロになって、
渇き切ってしまっていた。

そしてそんなちっぽけな魚の横を、
多くの人が通り過ぎて行った。
気にも留めずに。
むしろ、
まるで腐った生ゴミの様に思われて、
誰もが避けて通った。

そんなある日の事だった。
陸で苦しむその魚の横を通った真っ白な衣を着た人が居た。

そして、
その魚の前で足を止め、
その魚に目を留めた。

陸でもがき傷だらけのその魚を可哀想に思ったその人は、
ボロボロで汚れていたその魚を、
そっと両手で抱え込み、
ただただ大海原の方へと歩き始めた。

そうして、
優しくそっとその両手のひらを広げ、
大きな海へと帰してくれた。

やっと呼吸をして生きられる場所に帰って来れたその魚は、
自分はちっぽけな魚であるとずっと思い込んでいたけれど、
そうじゃなかった。

その日から、
そのちっぽけな魚は、
どんどん成長し、
大きな大きな魚になっていた。

そして、
その魚は、
いつまでもいつまでも、
あの日あの時、
唯一目を留めてくれたその人に、
海に帰してくれたその白い衣を着たその人に、
感謝をしながら毎日を泳いでいた。


それからどれだけの月日が経っただろう。
今ではその魚は、
大海原を泳ぐ美しい魚へと変わっていた…