外を歩くと新しい出会いがある。


内を尋ねると湧いてくるものがある。



どちらも新しい自分に出会うために必要なこと。


引き続き
沖正弘先生の

「捨の心」から学ばせていただく。



捨てた心は何時も空である。


空なるが故にすべてがそのまま真実に入ってくるのである。


持った心は偏っている。


執した心は傾いている。


閉ざした心に真実は映じない。


捨の心のみ絶対の自由はあるのだ。


条件を捨てている。


無条件の心にはすべてが善と映じる。


要求を捨ている。


無要求の心にはすべてが喜びの対象となるのである。


立場を捨てている。


無立場の者に対者との争いは生じないのである。


捨の心の持ち主は常に平静である。


寂の味わいである。


一切無畏の生活である。



捨の心は、受け取る心である。


生かされて生きてゆこうの絶対信である。


捨の心に恩を売る心はない、すべてにおかげを感じているのである。


すべてに恩を味わっているのである。


すべてに愛を読みとっているのである。


古い考え

機能しない観念

不要なモノは捨てる。



不快なモノ

不快な感情

これがなかなか捨てきれない。

捨てたと思っていても

刺激によってまた現れる。


そんな時


あぁ、またこの感情が来た〜チュー


と気づけたら

それでOKウインク


無理に

なんとかしよう

と躍起にならなくても



何かにしがみつかなくても


必要なものは

必要なときに

必要なだけ与えられる


それを信じる。