独りで納骨堂に行ってきた。2月は納骨前だったが初めての命日で家族が揃い、自宅の仏壇に手を合わせた。3月は四十九日法要で、4月は長女と1日遅れで拝んだ。そして5月。4か月が過ぎた。
俳優中村雅俊の妻で女優の五十嵐淳子さんが先月末、73歳で逝去したという。「妻が先立つとは考えもしなかった」と心情を吐露した。私と同じく、想定外のことだったのだろう。痛ましく感じた。私たち夫婦よりも数年は年配だが、同世代に等しい。しかし急逝したその病因はなんだろうか。つい詮索したくなる。
1、2月は毎日泣いてばかりいたが、四十九日を過ぎたあたりから気を取り直した。そして最近は、介護の苦労から妻が解放してくれたのだ。寿命を受け入れて私を楽にさせてくれたのだから、感謝して暮らさないとバチが当たると考えるようにしている。
朝起きると仏壇に火を灯し、線香を挙げておりんを鳴らす。夕食時にはコメの飯と飲み物を取り換え、線香を挙げる。ままごとのようなことを70歳の独居老人がコツコツ律儀にやっている。おりんの音が隣りに聞こえはしないか、と小心がもたげるが、気付かれてもいいやと思えるほどに気丈にはなった。
毎日、料理を作るのが楽しい。メインのおかずに加えてひじきや切り干し大根、きんぴらごぼうなども手づくりである。作るのに飽きると出来合いのサラダなどを買ってくるが、時間はあり余るほどある。
プロ野球、大相撲を肴に晩酌する。ここに妻が居ればと思うことは再三ある。そんなときは仏壇を振り返り、背後に飾ってある大写しの遺影で我慢する。独り言をいうようになったら危ないぞ、と戒めたりする。
今月は投資情報誌の取材執筆でかなりの時間を取られるが、それでもまだ余裕の暮らしである。きょうは拝んだ帰りにゴルフ練習場に寄ってきた。寂しさは募るが、時間をかけて慣れていくほかない。
