今日は長女の出産のお話し☆
2008年8月7日、1230グラム30,5センチの小さな赤ちゃん(´д`)
予定日が、10月8日でした。
長男も少し早い入院やったから、主治医とはその話しもしてました。
仕事しながら、お腹張ったら休憩したりいろいろ工夫はしました。
さて、産休前の仕事ラストの7月28日。
やっと、産休でゆっくりできるー
(*゚▽゚)ノ
なんて思ってトイレに行ったら、少し出血…嫌な予感…
仕事終わったその足で病院へ
ε=┌( ・_・)┘
私は、仕事のシフト上、検診は夜開いてる個人病院、出産は前回の切迫早産あるから大きめの病院って分けてたんで、『出産予定の病院に紹介状書くから、それまで安静にして薬飲んで』って、紹介状をもらって帰りました
( ・_・)
少し腰も違和感あったし、ホンマに家でゴロゴロしてました。
紹介状を持って8月1日に病院へ行った
ら…
『お母さん、これは緊急入院になりますが、今30週やからうちの病院はムリです。』
そんな事態が深刻なん?またしんどい点滴を打って、救急車の到着を待ちました。病院から病院へ、緊急母体搬送ですね…
さすがに、泣いてしまった…なぜ自分はこんな体なん…まだ2ヶ月先やのに…救急車やから道のりもわからず、ただただ不安でした。
ついた病院で検査したら『いつ出産になるかはわからないけど、心の準備だけはしといてね』って…予定日通りでも2ヶ月先やし、長男(同時11歳)のことも気がかりでした。
あまり気にするとお腹によくないから、実家に任せるしかなかったし、赤ちゃんのことが心配なんとは裏腹に、少しずつ上げていく点滴も効かなくなってきて、『出産準備入ろっか?これ以上は点滴効かんわ。』
…はい、そんな予感はしてました。『先生、今産んで、産声あげてくれますかね(T-T)?』『まだ肺とか充分じゃないけど、大丈夫☆』と、私を落ち着かせてくれました。
障害とかいろんなリスクを考えても、無事産まれてきてくれることが先決でした。まだ、未熟な肺で泣いてくれるのか不安でした。
8月6日、18:30分娩室へ。陣痛室がなく分娩室直行でした。
未熟児を産むには、外の環境が母体に近い状態じゃないとダメらしく、8月に34℃の部屋で陣痛と戦ってました(笑)
暑くて暑くて、その上にあの痛み…
20時ぐらいに旦那さんと長男が来たから『あのな、こんなことなってゴメンな…でも赤ちゃん頑張ってる。心音聞いてわかるように、頑張って生きてるから。赤ちゃんの名前を「心音(読み方は内緒)」にせーへん?』
満場一致でした(^O^)
旦那さんはそのまま立ち合いですが、長男はMRワクチンを受けてないから(熱けいれんのため)立ち合えないらしく、待合室で待機でした(ノД`)
『今日中には産まれそうやね』って言われたのに、今8月7日、朝3時過ぎてる(;´Д`)
痛い痛い痛い…
4時過ぎたぐらいに、『お母さん、もー少しやから頑張って!!』て言われたー。周りが慌ただしくなってきて、小児科の先生、看護士さんやら6人来てたかな。
産まれた…やっと産まれた…
泣いてない…泣いてないやん…
その後、赤ちゃんの少しかすれるような産声が聞こえたと同時に、たくさんの管だらけになった…
抱っこしてないし、たくさんの大人たちが赤ちゃん囲んで、全く見えへんし…
処置が終わって、自発呼吸が出来ないから管だらけのまま少し抱っこできました。小さかったわ…医療の力を信じるしかなかったわ。
かわいい、愛しい、ありがとうよりも、辛い思いさせてゴメンねって言葉しかなかった。
8月12日、私だけ退院と同時に、往復二時間かけてのNICUへの通院が始まりました。
思い出して書いてたら、どえらい時間
σ(^◇^;)
今日はこの辺で寝るかな☆彡
Android携帯からの投稿
2008年8月7日、1230グラム30,5センチの小さな赤ちゃん(´д`)
予定日が、10月8日でした。
長男も少し早い入院やったから、主治医とはその話しもしてました。
仕事しながら、お腹張ったら休憩したりいろいろ工夫はしました。
さて、産休前の仕事ラストの7月28日。
やっと、産休でゆっくりできるー
(*゚▽゚)ノ
なんて思ってトイレに行ったら、少し出血…嫌な予感…
仕事終わったその足で病院へ
ε=┌( ・_・)┘
私は、仕事のシフト上、検診は夜開いてる個人病院、出産は前回の切迫早産あるから大きめの病院って分けてたんで、『出産予定の病院に紹介状書くから、それまで安静にして薬飲んで』って、紹介状をもらって帰りました
( ・_・)
少し腰も違和感あったし、ホンマに家でゴロゴロしてました。
紹介状を持って8月1日に病院へ行った
ら…
『お母さん、これは緊急入院になりますが、今30週やからうちの病院はムリです。』
そんな事態が深刻なん?またしんどい点滴を打って、救急車の到着を待ちました。病院から病院へ、緊急母体搬送ですね…
さすがに、泣いてしまった…なぜ自分はこんな体なん…まだ2ヶ月先やのに…救急車やから道のりもわからず、ただただ不安でした。
ついた病院で検査したら『いつ出産になるかはわからないけど、心の準備だけはしといてね』って…予定日通りでも2ヶ月先やし、長男(同時11歳)のことも気がかりでした。
あまり気にするとお腹によくないから、実家に任せるしかなかったし、赤ちゃんのことが心配なんとは裏腹に、少しずつ上げていく点滴も効かなくなってきて、『出産準備入ろっか?これ以上は点滴効かんわ。』
…はい、そんな予感はしてました。『先生、今産んで、産声あげてくれますかね(T-T)?』『まだ肺とか充分じゃないけど、大丈夫☆』と、私を落ち着かせてくれました。
障害とかいろんなリスクを考えても、無事産まれてきてくれることが先決でした。まだ、未熟な肺で泣いてくれるのか不安でした。
8月6日、18:30分娩室へ。陣痛室がなく分娩室直行でした。
未熟児を産むには、外の環境が母体に近い状態じゃないとダメらしく、8月に34℃の部屋で陣痛と戦ってました(笑)
暑くて暑くて、その上にあの痛み…
20時ぐらいに旦那さんと長男が来たから『あのな、こんなことなってゴメンな…でも赤ちゃん頑張ってる。心音聞いてわかるように、頑張って生きてるから。赤ちゃんの名前を「心音(読み方は内緒)」にせーへん?』
満場一致でした(^O^)
旦那さんはそのまま立ち合いですが、長男はMRワクチンを受けてないから(熱けいれんのため)立ち合えないらしく、待合室で待機でした(ノД`)
『今日中には産まれそうやね』って言われたのに、今8月7日、朝3時過ぎてる(;´Д`)
痛い痛い痛い…
4時過ぎたぐらいに、『お母さん、もー少しやから頑張って!!』て言われたー。周りが慌ただしくなってきて、小児科の先生、看護士さんやら6人来てたかな。
産まれた…やっと産まれた…
泣いてない…泣いてないやん…
その後、赤ちゃんの少しかすれるような産声が聞こえたと同時に、たくさんの管だらけになった…
抱っこしてないし、たくさんの大人たちが赤ちゃん囲んで、全く見えへんし…
処置が終わって、自発呼吸が出来ないから管だらけのまま少し抱っこできました。小さかったわ…医療の力を信じるしかなかったわ。
かわいい、愛しい、ありがとうよりも、辛い思いさせてゴメンねって言葉しかなかった。
8月12日、私だけ退院と同時に、往復二時間かけてのNICUへの通院が始まりました。
思い出して書いてたら、どえらい時間
σ(^◇^;)
今日はこの辺で寝るかな☆彡
Android携帯からの投稿