夢の欠片 -パニック障害な私ー -309ページ目

待ち人 8



気が付いたのは、病院のベッドだった。

点滴の袋がぶら下がっている。

「おい、大丈夫か?

 気が付いたか?」

兄の顔が、いつになく、歪んで見える。

「あ、ここ、病院?」

「そうだよ。

 お前、会社で倒れて、

 救急車で、ここへ・・・」

あんまり、覚えてないなあ。

「過労だって・・・医者が・・・

 忙しい目、させちゃたからな。」

ああ、そう・・・そうね。

忙しかったわ。

ずーっと、忙しかった。




入院していた一週間の間に、

会社を辞めることに決めた。

いまさら、忙しく働くことに、

何の意味があるだろう。

しばらく、ゆっくり、

ぼんやりしていたかった。

退職願を持って、会社に出向いた。

体調が悪いという理由で、

すぐに、退職は認められた。

「また、改めて、ご挨拶に参ります。」

と、言い置いて、早々に建物を出た。

「待って。ちょっと待ってください。」

え?・・・

誰か、呼んだ?

振り返ってみると、

彼が駆け寄って来るのが見えた。

六年前、「待ちます。」と言った、

彼だった。




ああ、カプチーノの泡がきれい。

・・・・・ 

「あの、突然のことで、

 驚かれるでしょうが、

 僕と付き合って

 いただけませんでしょうか?」

え? なに?

このシチュエーション・・・

いやに、懐かしいじゃない。

「驚かないわよ。

 よく出来たジョークじゃない。」

「いえ、冗談じゃありません。」

は?・・・・・

「僕は本気ですよ。」

・・・・・

「まだ、八年経ってませんけど、

 今、言っとかないと、

 後悔すると思いまして・・・」

・・・・・

「いけませんか?

 やはり、僕ではダメでしょうか?」

「いや・・・そうじゃなくて・・・

 だって、あなた、彼女と、結婚・・・」

「そう、思っていました。」

彼は、深い溜息を落とすと、

私の顔をまじまじと見つめるものだから、

慌てて、コーヒーを飲み干した。

「あの日、指輪を買いに行くつもりでした。」

「あの日?」

「あなたが、倒れた日です。」

ああ、そう・・・・・

え・・・つもり?

「でも、やめました。

 あなたが、

 救急車で運ばれていくのを見て、

 突然、はっと、気が付いたんです。

 ・・・・・

 ああ、コーヒーとケーキ、どうです?」

「え? ああ、いただくわ。」

彼の視線は、宙を彷徨い、

しばらく、戻ってこなかった。

「気が付いたんです。

 僕はあなたのこと、

 やっぱり、好きだって・・・

 忘れたりできないって・・・

 他の人と結婚するなんて、

 絶対、できない・・・」

なんだか、私の体は、熱くなっていく。

頬まで熱い。

頭は、ぼーっとしてきた。

「それで、もう一度・・・

 あの、こうして・・・

 え・・・と・・・」

ああ、もういいわ。

それ以上、言わなくても、

もう・・・いいのよ。

ありがとう・・・

返事をしようにも、声が出ない。

ただただ、涙が、不思議なくらい、

次から次へと、溢れ、止めようもない。

・・・・・


彼は、慌てて、ハンカチを、探している。


 <END>




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠り




泥沼のような


眠りから


這い上がり


這い上がり


やっとの思いで


現に戻る


すべての記憶を


呼び覚まし


あらゆる感覚を


ONにして


ゆるゆると


動き始める


結果的に


その責任が


我に問われる


事のみを成し


独りよがりな理屈を


振り回す人を


忍耐力の全てをもって


静観し


疲れ果て


私は眠る



 

刹那



音、弾けて


人、溢れて


光、煌いて・・・


スパークリング


ワインさながら




あなた、弾かれて


私、惹かれて


手を、繋いで・・・


放せば逃げる


時を摑んで




汗、流れて


笑い、さざめき


リズム、刻んで・・・


煮えたぎる


シチューさながら





誕生



トンネルを抜けて来た


長いトンネルだった


ずっと暗闇を歩いて来た


底無しの暗闇だった


初めて光を見た


眩しい光だった


目も眩む光だった


この世の


ありとあらゆるものが


目の前にあった


それを見た時


私の瞳から


涙が溢れ出し


声を上げ


私は泣いた


力の限り


私は泣いた


産み落とされたばかりの


乳飲み子のように・・・



 

陶酔

 

 

貴方の指が

 

私を弾く

 

交響曲 第二番

 

「陶酔」 第四楽章

 

タクトを振るのは

 

いつも貴方

 

始まりの合図も

 

フィナーレも

 

貴方次第

 

軽快にも

 

重厚にも

 

波は自由自在

 

クライマックスは

 

激しく

 

空気を揺さぶり

 

私は

 

放り出される

 

陶酔の海の中に・・・