昨日の夜、韓国産のキムチから回虫卵が発見されたとのニュースをこ見た。犬や猫の糞からついたらしい。洗浄もまともにしてないのかよ・・・・ありえないでしょ・・・・。

 このところ韓国と中国でキムチ論争なるものが起きてるらしい。その飛び火でお互いの輸出品にやれ回虫卵がいるとか、衛生で問題があるとか・・らしい。どっちもどっちのような気がするけどなぁ。しかし何より驚いたのが韓国当局者の発言。「中国向けの輸出品には含まれていない」。つまりこれはなにを意味するかというと、問題となった品は対中国向けの輸出ではなかったが、その他の輸出となると日本しかないということなのだ。日本もなめられたものである。もう一度言う。


 この問題の製品、多くが日本への輸出用として作られている。勘弁してほしい話である。


 私はキムチが好きで、そのまま食べる以外にもよく豚キムチとかキムチチャーハンにして食べている。むろんその中に韓国製のものも多くあった。早速今ある分はどうなんだろうと、冷蔵庫を開けて確認してみた。見事に韓国製だ。そういやなんか汁っぽくて奇妙な味がしたんだよね・・・・って事件が明るみになったからそう思うようになったのかもw

 だけどそういうマイナスの印象を、確実に韓国製キムチに持つようになった。正直今までキムチを買うときに、どこ産とかあまり考えていなかったけど、これからは気をつけることにしよう。

 

 それにしても韓国ってイメージがよくないよなぁ。サッカー好きの私からしてみれば日韓ワールドカップの時から大きな違和感を感じてた。ほんとに世間じゃ韓流が受け入れられてるんでしょうか?正直マスコミが騒ぎ立てるほど、世間と乖離しているような気がするのは私だけでしょうか?ネットでひところ話題になった「嫌韓流」も読んでみましたがおおむね正しいことが書いてあったと思うんですが、これは差別になるのでしょうか?30万部以上売れているらしいです。立派なベストセラーですが主要新聞、テレビ一切報じないというのはおかしなもんですね。本来文化交流なんてものは、プラスもマイナスも合わせ持って行き来するもんなんですけどね。


 ともかく安全な食品を心がけてくださいな。他でもない、口に入れるものなんですから。最近のアメリカ産牛肉の輸入解禁もそうだけど、これからは本当に個人個人が食を見極めるようにすることが大切かもね。特に子供さんがいるお母様は今まで以上に審美眼が厳しくなりそうですね。


 ベッドにはいってなにやら寝苦しい感じが続きました。どうもあの火事の夢が気になって寝られない。それにその前の中学校と思われる風景、自分が夢の中で話しかけた(中学生と思われる)お兄さん、お姉さん・・・あれは将来の自分の同級生なんだろうか?ここ最近起こった夢にまつわる不思議なことばかりが頭に浮かんできて、消えていく。だけどもしばらくしたら、いつのまにか意識はいつものとおり落ちていったのでした。


 ふと気がついたら、そこはまたしても居間。あれっ?確か寝ていたような・・・と一瞬思ったのですが、それもすぐ忘れていました。テレビを見ているとニュースをやっている。番組から見るにNHKの朝のニュースであるように見えるが、なんか雰囲気が違う気もする。みそ汁が台所から運ばれてきた。豆腐と揚げのみそ汁。油揚げがあんまり得意じゃないんだよなぁ。でも今、朝なのか・・・・だけど母親以外の家族は?父親は朝早く仕事で出かけたこともあるとしても他の家族がいない・・・僕とおかあさんだけ・・・。


 うん?そもそも今、朝なのか・・・?朝なのか??


 なんで自分こんなくだらないことに引っかかりを感じるんだろう?なんか違う。母親が今度は台所から、目玉焼きを運んできた。半熟卵が好きなのにまた失敗したのだろう。明らかに黄身の部分が固まっている。母親につっこみを入れようとした。


 「また黄身がかちかちだよー」

 

 あれ?なんで言えないんだろ?心ではしゃべろうとしてるんだけど口がしゃべっていない・・・・。どうも勝手がちがうぞ。今自分の気持ちはあるけど、なんか体がその通りに動いていない。さっきからの妙な感じはこのせいだったみたいだ・・


 どうやら、又あの奇妙な夢みたいだ。ふっとテレビの方に視線を移す。どうやら母親もテレビに視線が止まっているみたいだ。テレビからは悲惨な事故の報道がされていた。


 羽田沖で飛行機が落ちたらしい。滑走路まであとわずかな位置に飛行機が落ちたらしい。羽田はこの前行ったことがあるのでどこか知っていた。父の車でドライブしたときに寄ったのだ。丁度多摩川の河口付近で止まって熱心に飛行機の離着陸を眺めていただけに、なにか子供心にこの航空機の墜落事故の一報はとてつもなくいたたまれない気持ちになった。死傷者もたくさん出たらしい。具体的に人の姿は出てこなかったが、テレビでは機長と思われるひとの顔写真が写っていた。そして冷たい感じのする文字の羅列で、乗客のリストが写し出されていた。大きな恐怖ではなかったが、なにかそらさむいものを感じた。初めての感覚。背中やクビをかきむしりたい衝動に駆られる感覚だ。端的に言えば気持ち悪い。なにか早く逃げ出したい感じだった。


 外の車の音がする。朝だ。夢から覚めたようだ。時間は9時過ぎ。眠気眼をこすって階段を下りてまずは顔を洗う。やっと半分くらい目が覚めて居間に入る。今日は午前中例の脳波をとるために病院に行くので、学校はお休みをとったのでいつもよりだいぶゆっくりだ。父も兄弟もすでに会社に学校に出た後だろう。なにか優雅な気分だ。のんびりと母親がみそ汁を持ってくる。豆腐と油揚げのみそ汁。(油揚げあんまり得意じゃないんだよなー、でも食べなきゃだめだって言われたからなー)なんてことを思っていると、目玉焼きを母親が持ってきた。(今日は黄身が半熟かな?この前もその前もかちんかちんだったからなぁ。半熟だったらいいなぁ)。でもぱっと見でわかった。黄身は火が通りすぎて固くなっている。文句の一つもいいたかったけど、母親は自分でも失敗したというようなバツの悪い顔をしている。なんか悪い気がしてきた。いうのはやめよう・・・・


 あれ?自分の心の中は違うが、まったくさっき見た夢と一緒だぞ???ひょっとして・・・・

 推測は果たしてあたった。テレビに視線を移す羽田沖の航空機墜落事故だ。母親が言う。「これこの前みんなでいったところだよね。○○くんが帰ろうっていってもずっと飛行機見てたんだよねぇ。だけどこわいわねぇ。飛行機は・・・・」。


http://www32.ocn.ne.jp/~sujaku/nikko/haneda.html

(参考URL)

 

 夢で見た機長と思われる顔写真、冷たい感じのする乗客リストを写している画面・・・やっぱり同じだ。視線が同じだ。もう偶然じゃない。夢見たまんまだ。このとき始めた自分は確信した。


 夢の中で未来を見てしまった


 だけどなんか意味があるのだろうか?それに正直楽しくない。いや、1回目の夢の時はよかった。なにやらよくわからなかったが、それ以前にこのときの夢が果たして実現化するのかはまだわからないが、少なくともそれは中学校での友達と思われる人との夢であった。だけどそれから2回の夢は、これは確実に現実で起こった事だが、気分が悪い。二つとも大きな事故の夢だ。なんでこんなの見るんだろう。その日本当に私は悩んだ。悩めば悩むほど何か躰が気持ち悪い。とうとうその日は夕方から体調を崩してしまった。神経性のものかもしれないが、熱を出して寝込んでしまった。心配した母親に夢についてのありのままを話してみた。前の朝食の時のように、怒りはしなかったが、明らかに困惑した表情で、でも優しい感じで、「いろんなことを神経質に考えるんだからそういう感じがするんだよ、もっと気を楽に持ちなさい」というようなことを言われたと思う。どっちにしろ、やはり理解は得られなかった。まあ当然だろう。でもいい。しょうがないもの。

 

 その後しばらくこの奇妙な夢は見ないようになる。そのうち自分もこの奇妙な体験は気にしないようになっていた。

(続く)


 

時間が空いちゃいました。

私が書いている夢話は現実を思い出しながら書いています。

ちょっとある掲示板で、思い出しながら書いたのがきっかけだったんだけど、掲示板だとたくさんは書けないので、ここで詳しく書いてみようかなと思ったのがきっかけです。

まあ自分自身で思い返してみたかったのが一番大きなきっかけでしたが。

時間もできたので書き始めようと思ったのです。

いわば私の不思議な予知夢の記録ですね。


では続き・・・



 はじめて不思議な予知夢らしきもの?をみてから2週間ほどたった日でした。当時小学生だった私はいつものように、夕ご飯を食べて、テレビを見て、床に就くのでした。このころ私は2月に1回病院に行って脳波をとる検査のようなものを受けてました。今から思えばちょっと心因性のストレスかなんかで、おなかを下したりしたのがきっかけで、病院に通ったと思うのですが、そのころは両親から「神経質すぎるんだよ」とかいわれてただけで、果たしてなぜ脳波とっていたのか知りませんでした。後から聞いたのですが、多少脳波に異常があったらしいです。だけど自分としてはこのころは、もうすでにおなかが痛くなるようなこともなかったし、何かに悩んでいるということもありませんでしたので、なぜ病院で脳波を取らなければいけないのか、多少不満があったんだと思います。そのこと事態にストレスを感じていたかもしれません。別に体力的に疲れるということはなかったんですが、頭にいろいろ線をくっつけて1時間くらい暗い部屋で横になり、時には深呼吸を繰り返したり目をつぶっていたりするわけです。医者からは「寝てるくらいがちょうどいいからね」といわれましたが、子供心に「そんないろいろ線を頭につけて寝れるわけねージャン」と思ったものです。ともかくもその脳波を取る日はなんとなく心情的に疲れるものでした。なんだか話がずいぶん脱線してしまいましたが、要はその日なんとなく疲れていたということです。話を戻します。

 

 床に入ってすぐに寝ました。当時狭い家に住んでいたので、家族全員同じ部屋に寝ていました。普段は部屋の中にある2段ベッドに寝ていたのですけど、その日はなんとなく母親の布団に入って寝ていました。単なる甘えん坊だったのかもしれませんね。だけどなにか不安のようなものを感じていたのは確かです。

 寝つきはよかったのしょう。特別なにか覚えていることはありません。そして夢を見たのです。


 ごうごうと燃える炎、くすぶるどすぐらい煙。火事だとすぐにわかりました。

なにか大きな建物が燃えている様子。一転して炎は見えなくなりましたが、外からその建物を見ている様子で煙は見えています。なにかテレビを通してその光景を見ているようでした。しばらくすると、白いカーテンをつなぎ合わせて人がそれにしがみついて助けを求めている様子。男の人でしょうか、上半身は下着のような感じで必死にそのカーテンにつかまり、ベランダのようなところから足をかけて脱出しようとしています。見ていてなにかつらい場面でした。火事なのですが熱くもないし、現場にいるような臨場感はありません。でも火事に遭遇している人たちの苦しみの表情は伝わってきました。それはものすごく鮮明で、現実感はありました。私は逃げ出したくなりました。本当に怖かったからです。とりあえず周りを探してみたら誰もいません。・・・・あれ?ここは自分のうちの居間みたいだ・・・


 と思った瞬間ぱっと目が覚めました。汗をものすごくかいていました。周りを見たら傍らで母が眠っています。部屋の向こうの時計を見たら、午前2時を指していました。その時点で「あぁ、夢なんだ・・よかった」と思いました。だけどそれと同時にあの現実感はなんなんだろうと思いました。2週間ほど前にみた中学校の風景の現実感に通じるものがありました。ボーっとしていたのでしょう。母親がやにわに起きて「どうしたの?」と聞いてきました。「夢をみた。でも大丈夫」そういってすぐに私は頭から布団をかぶって目をつぶりました。単なる夢と自分で思い込みたかったんだと思います。


 それから3日ほどたった日です。私はちょっと朝寝坊をしてしまいました。いつもなら自分から起きる子だったんですが、その日は母親の声で起こされました。寝ぼけて階段を下りて、居間に向かいました。朝食の味噌汁の香りがして、目が少し覚めたなという感じでテレビを見た瞬間、背筋が凍りました。NHKのニュースでしょう。昨日の夢の場面がそこには広がっていたのです。炎、どす黒い煙、そのあとのカーテンにしがみついて助けを求める男性。すべてが同じです。火災は1982年2月8日未明に起きた「ホテルニュージャパン火災」でした。


http://www.ffortune.net/social/seso/nihon-today/hotel-newjapan.htm

(参考ページ)


 唖然としていたのでしょう。さすがに傍らにいた母親が心配そうな顔をして「どうしたの?どうしたの?」と尋ねて来ます。

 私はわけを話しました。この火災が3日前の夢で鮮明に現れたこと。そしてこの鮮明な夢はその時が初めてではなくて、それよりも2週間ほど前にも内容は学校の夢だけど明らかに普通の夢とは違う夢を見たこと・・・

 だけどわかってもらえるわけがありません。「馬鹿なこと言っていないで早くご飯食べなさい。それにこういう事故で亡くなった人もいるんだから、そういうおかしなこといったらだめよ」とたしなめられました。確かに子供としてもそんなこと口走るのはいけないことだとはわかってる。だけど本当なんだよ・・・・。でもそれ以上必死に言っても多分それは朝の忙しい母親の怒りを買うだけでしょう。「でもなー」とかぶつぶつはいっていたと思いますがそれ以上自分の夢について語ることはありませんでした。


 その日は一日中火災の夢を考えていました。

~ 単なる偶然だったのか?でもそれにしてもあまりにも生々しかった・・・。それになんで火災の夢をみたんだろ?そんな夢は今まで一度だって見たことない。いつもの夢はたいてい意味がなく奇想天外のものばかりだったはず。なんであんな夢をみたんだ?? ~

 そんなことを考えながら1日中をすごしたと思います。


 誰にいったところでわかってはもらえない。それに単なる偶然だろう。自分でそう片付けてその日は暮れました。友達と遊んで夕食を食べて、歯を磨いてお風呂に入ってまた夜になりました。自分でもやはりどこかに気になる部分はありましたが、それでも一日は過ぎていったのです。そしてその日は自分のベッドに入って寝ました。

(続く) 





 読者の皆さんの中で、自分の見た夢が妙にはっきりしていて、そしてその夢の中で見た出来事が未来で実際に起こったなんて体験をしたかたはいらっしゃらないでしょうか?私は小学3年生の時からそんな体験を積み重ねてきました。


 そのときの夢はいつもの夢とは全く異質なものです。現実感があり、その夢の中の出来事をよく覚えており、またありありと五感でその夢の中の世界を体験しているような感じなのです。自分のその当時のリアルな意志を未来の自分のなかに入れているという感じです。夢を見た当時の自分の心が、夢の中の未来の自分の肉体に入っているという感じなのです。ですから夢の中で意志を持っていたとしても、自由にその意志を行動に結びつけることができない(夢の中の未来の自分が行動をしてしまう)、そんなちょっともどかしい感覚の夢でした。


 基本的にその夢の内容は、未来の自分のごくありふれた日常風景の一コマがほとんどでした。そんな一コマの中からいろいろな情報を見聞きし、未来の世界を間接的に見ることができたのです。


 一番最初に、その夢を見たのは私が小学3年生の時でした。お正月が過ぎて、成人式があった日だと思います。近所のお姉さんが晴れ着を着ていたのを覚えています。当時スイミングスクールに通っていた私は、その日昇級のテストがあり緊張と泳ぎで疲れ切って帰ってきたのでした。お風呂に入り食事をとり、テレビもそこそこに床についたのですが、ふっと意識を戻した瞬間、いや、というより意識を戻したと錯覚した瞬間そこには未来の自分の生活の世界が広がっていたのです。最初はもちろん気がつきません。現実と混同してしまいました。しかしどうやら様子がおかしい。


 場所は学校のようです。ですが当時通っていた小学校の教室ではありません。何よりもおかしいのは周りがみんな自分より年上。そう、学ランやセーラー服をまとったお兄さん、お姉さんだらけなのです。  


 --あれ?あれ?いつの間にか僕はどこに来てしまったんだ?--  


 疑問がぐるぐると頭の中で回っていました。ともかくも今の自分の環境を納得させるために、思い切って目の前のお姉さんに場所を聞いてみよう。そう思って「ここはどこなの?」と口を開こうとしました。


 --あれ?心でそうしようと思っているのにできないぞ・・・。ていうか手が勝手に傍らの鞄を開けている。なんだこの鞄?僕はこんなの持ってないぞ、なんだこのマークは?--


 錨のようなマークが刺繍してある鞄を、僕の意識が入っていると思われる肉体はまさぐっているのだ。と思ったら今度は左側のお兄さんに声を掛けているみたいだ。お兄さんはすぐに振り向き僕に向かって「なんだよー、明日でいいじゃん」なんて返事をしてくる。意味がわからない・・・・。


 --そうか・・・、なんだこれ?自分の意志はあるけどだれかの中に入ってるんじゃないの、今僕は?!--


 無意識にそんな考えがさーっと入ってきた。果たしてその仮説は納得させるものであった。しばらく観察している内に、どうやら自分は今誰かの肉体に入っているみたいだ。ということはこれは夢なのか?


 --でもなんでこんなクッキリしているんだ?それにここは今まで自分が体験したことのないところだ。いったいどこなんだ?--


 疑問は新たなものが次々と表れたが、少し落ち着いてきた。でもとその疑問を自分なりに整理していく中で、だんだんと怖くなってきた。あまりにもリアリティーのある日常。今が日常なのか夢なのか判断がつかなくなってくる。


 --このままこの世界で永遠に生きていくの?抜けれないの?もうお母さんに会えないの?--


 そう思うとどんどん恐怖が増してくる。だけど自分の恐怖心とは裏腹に、自分が入っている肉体は関係ない動きをする。親しそうな中学生のお兄さんと話しているようだ。泣こうにも泣き叫べない。もどかしくて怖くて焦りが出て・・・・とそんななか記憶がとぎれた。

 

 気がついた・・・という表現が適切なのかはわからない。だけど今いるこの世界は僕がよく知っている世界。そう、6畳一間の寝室で隣では弟が寝ていた。いつもの子供部屋だ。体はものすごくだるい。だけどいまどこからか戻ってきた、そんな感覚が胸一杯に広がってきた。素直にうれしかった。不思議な夢を見たなぁ。そう思って安心をした。

 そう、そのとき僕は無意識にいままでの事を単なる夢と見ていた。そう、ちょっと変わっていたけど夢の一つにすぎない。そして時計を見た。まだ深夜の2時過ぎ・・・。そのまままた僕は眠りにつくのだった。



 これが最初に私が体験した予知夢の一連の出来事です。後日また説明しますが夢の世界の中学校は、それから5年後の中学2年当時の僕の姿でした。そのときは翌朝起きたらもう次の関心事に移っていました。それがなんなのか忘れてしまったくらい、その夢の出来事はそのときはきれいさっぱり、単なる不思議なこと、で片づけられていたのでした。

 しかしこれをきっかけに次々とこのような予知夢を見ることになるのでした。そしてこの次に自分が見た予知夢は非常に衝撃的なことだったのです。

(続く)