香港の下町といった雰囲気の佐敦と油麻街を突っ切っている
上海街という混沌とした通りがある。ボロボロの雑居ビルや
屋台が立ち並び、何やら強烈な食べ物の香りが漂ってくる。
我々のジムのオーナー兼コーチSi Hu(香港人)と、本日試合をする
Paul(英国人37歳)と友人2名と共に、ボロボロの雑居ビルの一角に向かった。
今にも崩れそうな階段を登って行くと、無造作に大量のサンダルや
スニーカが脱ぎ捨てられている入口からリングが見えた。
雑居ビルの一角をキックボクシングジムに改造して経営しているのだ。
あまりの汚さに最初に行く人は戸惑うかもしれない。
そしてむせ返るほどのワセリンの臭い。
室内に入ると、30人程の男女が所狭しとうごめいていた。
刺青を全身にまとった若者達がギラギラと闘犬のような目つきを
しながら自分の出番を待っている。
Shing Huは「ここにいる奴ら半分はギャングスターだよ」と冗談交じりに
言っていたが、決して冗談ではないことが分かった。
すぐに試合は始まった。Paulは第一試合だった。
相手は彼より一回り程大きい香港人で75Kg前後だろうか。
ルールはボクシング(キック無)だった。結果はPaulが2RでKO負け。
鼻の骨が折れ、血を口から流して完全に倒れこんで10カウント。
相手の身体を投げつけるようなフックの連打を浴びてしまった。
驚くべきは、ドクター無し、ヘッドギア無し、8オンスグローブ、レフェリーは
ジムの会員というアンダーグランドファイトそのものだったことだ!(しかも3分3R)
ローブローが一瞬あってもストップがかからず滅多打ち状態になる。
経験者も完全素人も関係無い、腕に自信のある者がジムの主催者に
連絡すれば出場が可能。保障は一切無し。死んでも文句は言えない。
普通、アマチュアの試合は安全性を考慮して、ドクターと救急車を付け、
尚且つヘッドギアを付けて行われる。2分R制を取る。香港ではお構い無しだ。
その後からキックボクシングの試合が次々と行われた。
先程の目つきギラギラ、刺青だらけの若者たちが激しいバトルを
繰り広げていく。本当にリングサイドロープをつかみながら観戦できる。
血が飛んでくる、汗が飛んでくる、相手に叩き込むグシャッという
パンチの衝撃音を体で感じ取ることができる。あまりにも凄まじい。
3試合目で顎が外れて気絶し、そのまま救急車ではなく、友人に
抱えられて帰っていく選手もいた…。
今まで何度か格闘技の試合の会場に足を運んだが、完全に「恐怖」を
感じたのは初めてだった。心底ボクシングが、格闘技が恐ろしいと思った。
試合後、鼻が折れ、完全に憔悴しきっているPAULと食事をした。
PAULはこのアンダーグラウンドファイトのことを奥さんには言ってないらしい。
それはそうだろう、こんな危険なことをしていると知ったら普通の奥さんで
あれば卒倒ものだ。だが、彼は言った「This is the place to test my heart」.
日頃の生ぬるい我々のジムではなく、このような極限の場所で、
自分の心臓を試したいのだ。恐怖に打ち勝つ自分を試したいのだ。
その気持ちは十分分かる(マゾではない、念のため)。
彼は食後、まだ仕事があるので病院に行ったあと、事務所に向かうよ、
と言って去っていった…。
僕はSh-Fuから3か月後にこの試合に出るように、と言われている。
我々のジムのスパーリング試合なら良いが、このアンダーグラウンドファイトは
家族がある身としては辞退せざるをえない。だが、どこかにまだ迷っている
自分がいる。
「Test my heart」の言葉が心にのしかかっている・・・。
PS:毎月、このジムで試合が行われているので、興味のある方は
一緒に観戦行きましょう。凄まじい、の一言です。