先日!出来たばかりの加古川市民病院へ初めて行った。結構な規模で、充実した設備を兼ね備えているとの評判があった。私は付き添いで行き、二階の待合室にいた時、目の前を何か手探りで探しながら歩く中年男性がいた。目が不自由なことはわかった。なんとなく、その男性をみていたら、かなり見えないらしく、壁の手すりを探してヨタヨタしていた。しかし手すりのある壁には待合用の椅子がズラッと隙間なく並んでいた。当然、男性は手すりに触ると同時に椅子にぶつかり、慌てて反対側の壁を目指した。するとそこの壁にも手すりのところに椅子が横一列に隙間なく並んでいた。男性は立ち止まった。とっさに私は近寄り、お手伝いしましょうか?と訪ね、一緒に会計のある一階へ行った。男性は、「助かりました。」と言って安堵した様子で、「私、初めて来たんだがね、タクシー降りて自動ドアの入口に入ろうとしたら、点字ブロックの上にマットがあり、わからなくなり、その中へのアプローチの点字ブロックも無ければ、中へと行くにも手すりも無く、点字ブロックも少なく不便だった。壁の手すりも殆どが椅子に邪魔され使えない。また、床がダークグレーだからよく見えない。目の不自由な人の中には、私みたいに明暗で物を見分ける人が多く、この病院の床は恐ろしいよ。階段もダークグレーだから段差もわからない。当然点字ブロックも無い。もっと困ったのは、待合室で次に呼ばれる人の番号がモニターに出るのだが、音声が出ないからわからない。会計の時も同じだ。かといって、お手伝いするような人は殆どいないし、当然声もかけてくれなかった。お兄さんが初めてだよ!本当にこの病院は、誰がコーディネートしたのかね、建築家は誰なんだ、加古川市長は素人か!!」と呆れた口調で話してくれました。私もなるほど、障害者に優しくないというか?多額の税金を投入し、時間をかけ、折角の大きな新しい市民病院を作っておいて、福祉の専門家やもう少し障害者の目線で考えられる人に携わって設計、施工するべきだったのではと、素人ながらに感じた。もしかしたらその人たちも、市長も無能なだけかもしれない。とてもとても残念だった。ちなみに、私はデザイナーですが、その立場から考えても、動線の悪さが際立った。来場者やそこで働く人の立場は考えていないようにも見えた。全てを無理矢理はめ込んだ感が否めない。やはり残念な加古川市民病院でした。
一つ思い出したのですが、働き手、とりわけ受付、会計、看護師、ヘルパーなどの人たちの人間性の低さ、職業人としての認識の甘さが、余計残念な状態を引き起こしていた。病院の作りが悪ければ、働き手が気を利かし、患者や、そこを訪れる人に目配り、気配り、心配りが必要で、特にこの度のように看護師や、ヘルパーの前を目の不自由な人が通っても気にならない、目に止まらない仕事意識は、普段からそのような心になっていないということだと思う。よくあるお役所的な病院だけに、トップダウンは難しそうであり、素晴らしいコーディネートを入れると、お金もかかり、今まで生温い仕事に慣れた人たちから反感を食らうしで、いや、やはり加古川市長が残念だったんだ。損して得を取れない貧乏な心の人たちが、他人の心をつかむことは出来ないよね。やっぱり残念。