のんのんだって猫である?

のんのんだって猫である?

のんのんという猫のお話、ネイルのお話、子供と私の持病のお話など日々あった出来事をだらだら書いていますw

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すんごいご無沙汰になっちゃいました。
間が空いちゃったけど続けていいのかな?としばらく考えましたが、ゆるーく続けようと始めたブログなので書いちゃいます。

時系列に思い出しながら記録していこうと思います照れ



前職を退職後、私は10ヶ月程失業給付を受けながら生活していました。


貯金は…少し。
退職金も少しまとまったお金で入ってきたのでひもじいながらも少しホッとして引きこもり闘病を送っていました。


体調も落ち着かず、最初の数ヶ月は寝て過ごす事が多かったな。
だるくて、重くて、痛くて、しんどいから疲れるし、んでまた眠くなる…のループでした。


そんなこんなで職安に行くのもやっとで。
梅雨や台風とかの気圧に負けたりしてました。
しんどくてお風呂に入れないまま職安行ったりしてゲッソリ…きっと臭ってたなw


そろそろ失業給付も終わる頃、
仕事の神様が舞い降りた!!
ネイリスト、ネイル講師、の仕事。だけれども就労支援事業所…なんだそれ?と思いながら、職安の職員さんに「面接ではなく見学でもいいんですかね?」と言って見学をさせてもらいました。


これが一昨年、平成30年12月の出来事でした。

昼間の事務職の仕事を辞める事になりました。
昨年10月から退職希望出して、面談して、やっとこさ2月末で決着着いた…長かった…


業務多忙、その上同僚が1人異動になり、残った人員で仕事を振り分け、、
結果、疲れが溜まり病状悪化ポーン


なかなか思うようにコントロール出来ない日々が続いていました。


主治医からは常に『活動量と活動量が比例するから、何もしないよろし』と言われてたけれど、やっぱりその通りだった滝汗


ちゃんとした会社に勤める事が出来たおかげで親は喜んだし、子供の教育費等がちゃんと出来た(たぶん)ので、頑張ってよかったなぁと思います。


母はひたすら『仕事辞めるな!しがみついてでも続けなさい』と言っていたけど…
そもそも しがみつけるほどの程度の病気じゃないしニヤニヤ
やっぱそこら辺 私が闘病10年目を迎えた今も分からないんだろうなー。


難治性疾患の人は、たぶんみんなそうだとおもうけれど、周りと同じようにするとか、普通にする事がそもそも大変な事で。
同じような苦労をしているんだと思います。
特に シングルマザーとか身内が近くに居ないとか、そーいった環境での闘病は本当に苦労が多いだろうなと思います。


普通の、
健康な人が望むように、目的や夢を持ったところで、そこに向かうプロセスを考えた時にどうしても躊躇してしまう事があったりします。
・それをしたいけど病状悪化しないか?
・途中で病状悪化して断念した自分をイメージして泣けてくる
etc…


でも なんとかそこを打破したく、色々やってきてみたものの。やっぱりダメでしたデレデレ


今月末、もうあと2日で私の社会人生活とお別れです。
ホッとしたような気もするし、これからの不安もありつつ、でも考えたところでどうしようもないな笑い泣き
明るく生きよう。






そういえば。
今日、帰り際に別の部門のおばさんとバッタリあって
『聞いたよ〜!辞めるんだって??
生活費どーすんの?生保受けなよ!今は生保受けてる方が生活楽なんだから!
あ、でもアンタは裕福なんだってね。生保受けなくても辞めれるんだから平気なんだよね!大丈夫なんでしょ??』

と言ってきて、

「私、裕福なんかじゃないですよぉ。えーそれって誰が言ってたんですか〜?」

と答えたら、

『ある人から聞いたのよ〜ニヤリ

だって。
勝手にアレコレ言う人が多すぎて嫌な職場だったな。





見た目ではわからない病気だからといって色々心無い事を言われるのはともかく、経済状況の事まで噂されてたんだな。
最後は気持ちよくスッキリ退職したかったんだけど、そーもいかなかったな。


子供の教育費と生活の為=金 の為に(割り切って)と四年半頑張って来てやっと辞めれるとなると肩の荷が下りたようにも思えるし(体調により欠勤 遅刻もあったから安月給だったけど)
何より激務と人間関係のストレスから解放されると思うとやっぱり嬉しいなデレデレデレデレデレデレ


3月は子供の卒業式だし、
今まで仕事上出来なかったデザインのネイルでもしてオシャレしよう。ネイリストだし。
友達からお願いされてた施術もやろう。
それから、自分の未来設計も見直して。
なりたい自分を明確化したいな。
闘病してても出来ることがあると燃えるし!


…でもまずは静養だな。
下界に降りる生活はしばらくお預け。


今は4コマ漫画のように絵で日頃を綴っている方のブログを読むのにハマっています。闘病ブログとかも。とても参考になります。書いてくださってる方ありがとうございます。




こんばんはニコニコ


何から書いて良いのか…


久しぶりすぎて震えます 笑





えっと…
体調の事ですが、
この1年半位の間、体調悪化して勤務もままならず欠勤と遅刻を繰り返していました。


半年位前からベーチェットの症状の他に、身体の膨張(浮腫)と首の腫れと息苦しさで「ついにもうダメかー」と思ったところ、主治医の診断で別の病気が判明。


そこから、その病気の親戚みたいな所ににある遺伝性難病疾患の疑いになりJ大学付属病院へ転院。
そこの専門医にかかり、1回目検査結果が毎度のことながらグレーな結果で汗
直ぐに2回目の検査をする事になり、またもや「これでは違うと言い切れない…」という結果。

なので、次の段階として遺伝子検査へ、となったけどJ大学付属病院では検査が出来ないとの事でまた別の専門病院へ転院
上矢印
今ここ。

違うなら違うと言ってくれよーーー
でもこの浮腫や息苦しさ(窒息しそうな)が治るなら確定してくれよーーー
といった感じで過ごしております。




そして、仕事の事ですが…
夏に同僚が1人別部門へ異動してしまったのでその分の仕事量は増えてしまい…
体調不良による通院や欠勤等で出勤率が80%を切る私には毎年有給付加が無く。
休んだ分仕事も溜まる訳で。
忙しくしていると病状も悪化してしまうループ…
という事で結局、仕事も辞める事にしました。


私は障害者雇用なので、
(というか、障害者雇用で入った人がバタバタ辞めてしまい)
企業としての障害者雇用率が下がるのもあり、10月から退職希望出してたのになかなか通らず。
やっとこの前 退職届(職場規定の)を貰えて書いたところです。
障害者雇用ってなんなんだろ?と思う毎日です。


でも、子供の進学のためにとサロンを辞めて事務職に転職し、なんとか塾代や部活にかかる費用等も支払いが出来たし有難かったなと思います。
T大付属病院に入院した時も傷病手当金もらえたし、やっぱり社会保険って凄いなと思います。


今月末で退職なので、あと数日頑張ります。
3月は少しのんびり出来たらいいな…
通院が少し辛いけど自力で行けるようにしなきゃ。




あと、、大切な報告。あります。

のんのんニコが昨年12/15の朝に息を引き取りました。22歳と半年でした。

私にとってのんのんは同志というか、姉妹というか、とてつもなく大きな存在でした。
亡くなる三年前に見つかった肥満細胞腫が転移しての脳腫瘍と、それによるてんかん発作と、慢性腎臓疾患でした。

肥満細胞腫は見た目では育ってなくとも、内臓転移し易く、とても厄介な癌です。

でも、のんのんはそれでもとても良い状態で過ごす事ができ、本当に苦しんだのは最後の数週間でした。
もしかしたら私に伝えないだけで本人は長い間とても苦しかったのかもしれませんが、ちゃんとお別れの時間に対する心構えをお互いにする時間を作ってくれたような最期でした。


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とても賢くて、優しくて、可愛くて、ズルくてw
今でもこうして書いていると涙が溢れてしまいますが。
とにかく「こんなに出来た子はいないんじゃないか」と思うくらいの良い子でした。
猫だけど、喋るし。
頷くし。
私と娘がケンカしてると、仲裁に入ったり。
居るのが当たり前で。

だけども、もう居ない。

その寂しさを今はなんとかいろんな事で埋めている感じです。

やっと落ち着いたのと、ここでのんのんのお話を綴らせてもらっていたので ちゃんと報告をと思い…
皆さま のんのんの記事を読んでくださりありがとうございました。



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のんのんの初めてのお散歩は夜の表参道でした。
小さめな身体なのに大物狩りも得意でした。

22年半、共に生きてくれてありがとう。
でもやっぱり寂しいよ…
また生まれ変わっても家族になろうね、のんのん!