神職と言っても、さまざまな人がいます。

資格は必要なのですが、

資格取得方法がいろいろあるんですね。



大学で4年間学ぶ人もいれば、

神職養成所で2年間、みっちり実技を学ぶ人もいる。

そして、1ヶ月の神職養成講習会で取得する人もいるわけです。

他にも資格取得方法はありますが、

ここで書きたいのは資格の取り方ではないので、

省略させていただきます。




私は大学で資格を取得してるのですが、

学生時代よく言われていたのが、

「大学出は位ばっかり高くて使えん。

一方養成所出はすぐ使えて助かる」

ということでした。



学び方が違うので、

比べられてもどうしようもないんですけどね。



神職と言っても、

『神道』というものをどれだけ学ぶかは、

本当に人それぞれ。



神様のことを第一に考え、

日々精進している人もいれば、

仕事の一種として捉え、

とりあえずやる、という人もいますし、

お金儲けに走る人もいます。



視える人もいれば、

視えない人もいます。

むしろ視えない人の方が多いです。

神職なのに、視えない世界の話は

御法度な部分があったりします。



すごく悲しいことなんですけどね。



視えないから、

神様第一に考えられない人もいるんだろうな

と思います。



視える視えないじゃないんですけどね。

神道は自然を神と崇めてるわけなので、

視えなくても、

“そこにある” “そこに存在する”

と考えるのが神職であるべき。



今日のブログでぽんちゃんが書いていますが、

昨日、昇殿の際に、

家庭と同じ向きに靴を揃えている神職を見かけ…

ショックだったんですよね。



明るい気持ちで帰れなくて…

ぐるぐるもやもやしながら帰ったのです。



若干まだモヤモヤしてますが、

私自身は、自分が神職であることを誇れるよう

精進していきたいと思います。









↓ぽんちゃんのブログ(ライトの視点)