15年間の自宅介護、最後の1年間は病院で過ごした父。
早く楽になった方が皆が幸せと思い込んでいたが
居なってしまうと…こんなにも辛いとは
思わなかった。。寝たきりでもいい。。
面倒かけてもいい。。
父が恋しい。
父に逢いたい。
亡くなる直前にスポンジに含ませた
お茶を少しだけ吸って…それから
まるで潮が引くように静かに静かに逝ってしまった。
硬直が始まる前に
目や口を笑っているように創作した私。。
1時間以上も必死で顔を作っていたので
ものすごい不自然な笑顔になってしまった。
仮通夜の夜は添い寝してみたり
抱きついてみたり、頬や唇にキスしてみたりした。
兄貴もこっそりやってたようだ…。
天国への旅へは普段着が良かろうと
だけど恥ずかしくないように
シャキッと何度もアイロンを当てた。
ポケットには無事に天国に到着するように
お金も奮発した。(途中で色っぽいひとや
恐いひとに逢って
お金がいるかもしれないし)
母はパニックで一時的な痴呆だったため
母を守るために必死の数日間。
2週間ほどしてから
やっと号泣できた。
絵に描いたような古い昭和の九州男児。
真面目で素朴で優しい尊敬する素晴らしい父だった。
兄貴達が柩を担いでゆく。
私も追いかけて、柩の中にはいりたかったが
母が「あと10年、うんにゃ15年してから行くばい」
とつぶやいたので
私も「あと30年してから行くばい」と 言った。
父にはもう考える脳はない。
私も死んだら考える脳はない。
だけど
逢える。
きっと、逢える。
逢える人には何度でも逢える。
そのための
縁のために御霊を必死で磨くんだ。
何度でも逢って
何度でも喜びを分かち合うんだ。
愛する父さんへ
あなたの娘より







