第零話
「月下の華」
呼吸をしただけなのに全身に激痛が走る。
耳は、すでに感覚がない。
男は、手に行燈を持ち、
暗闇の町中を進む。
商いを折りたたみ、
帰路の途中だった。
早く家に帰り、
暖かい芋粥を食らう。
そんなことを思うと、
少し笑顔になり、
歩く速度が早くなる。
家には、足の悪い母親が待っている。
「かあちゃん、まっててくれよ、
今帰るからな。」
男は、手に息を吹きかけ、
前に進む。
刹那、遠くの方で、
複数人の叫ぶ声と足音が聞こえる。
(何事か?)
男が、そう思った時、
目の前に黒い影が現れた。
影を認識した瞬間には、
首元に鋭利な刃物が、
突きつけられていた。
刃物を引けば、
一瞬で頸動脈が断ち切られる。
暗くてわからないが、
その影の人物から、
血の匂いがした。
その影の人物は、
追ってから逃げているようだ。
よく見ると全身至る所、
裂傷していた。
「こ、こちらへ」
男は、影の人物に、
地元の人間でも分からない、
裏路地を指し示した。
気づいた瞬間には、
その影は消えてどこにも、
居なくなっていた。
男は、止まっていた息を吐いた。
男の名は、源。
町で工芸品を売る商人だ。
源は、
首元から垂れる血を手ぬぐいで拭い、
止まっていた足を前に進めた。
全身漆黒で、
どのような人物かわからなかった。
ただ、
血の匂いと、
暗闇の中から覗く蒼く澄んだ眼を、
源は忘れられなかった。
冬の夜、
複数人の男たちの叫び声と、
足音が鳴り響いていた。