私は昭和50年11月に
石川県白山市(旧松任市)で生まれました。
父は27歳 母は22歳
長女として母方の初孫として誕生🐣
その後、父の転勤で
大阪市淀川区に引越しました。
御堂筋の東三国駅または阪急線の三国駅から
歩いて20分❓くらいのところ
当時、文化住宅という狭いアパートの一階
玄関入ると真横に狭いお風呂
その隣に和式トイレ、台所は4畳半
洗面所はなく歯磨き粉や洗顔は
台所の流し台でしていました。
洗濯機は外に置いていました。
部屋は台所の横に六畳二間続きの部屋
窓を開けると
洗濯物を干すところ
外は道路でした。
狭くて暗い部屋
布団で親子3人で寝ていました。
父は自転車🚲三国駅から通勤
母は専業主婦でした。
最初は母は寂しかったようですが
すぐにお隣さんと仲良くなりました。
お隣さんは当時、
長女が高校生、次女が中学生
の親子4人暮らし
高校生の子は『えいこちゃん』
妹は『とこちゃん』と呼んでいました。
反対隣は私と同じ歳の男の子と
三歳ほど下の女の子が居ました。
男の子はたしかみつひろ君で
『みつちゃん』
妹はともみちゃんで
『ともちゃん』と呼んでいました。
母方の祖父母から
よく段ボールのみかん箱で
いろいろと送ってもらっていました。
食べ物で覚えているのは
大阪では売っていなかった袋麺の
イトメンの『チャンポンメン』
今でもたまに食べたくなります。
私の洋服も入っていました。
届いて箱📦を開けるのが楽しみでした。
私はおてんばな子で
すぐに近所の子と仲良くなり遊んでいました。