こんばんは、こゆうこです。

 

朝晩はやはり冷えますねえーんまだまだ冬物コートが手放せません。

 

 


 

 

 

 

さて、前回ブログで記載した通り、この半年間の変化について、具体的に書いていきます。

 

まずは、仕事編。

この半年間で、

 

・勤めていた包括支援センターを退職

・訪問看護ステーションの所長就任

 

ということが起きました。

 

 

といっても、前兆は昨年の今からあったのです。

ただ、上記の選択肢をこの半年間に決めただけなのですよね。

 

 

 

 

 

 

時系列で順を追っていきます。


 

まず、昨年4月頃

ちょうど、1年前の今日書いていた記事があがってきました照れ

 

 

 

このころは、人間関係だけでなくお給料にもモヤモヤしていました。

 

というのも、勢いで大学病院を辞めて転職して1年たち、年収が120万円ほどさがって生活がギリギリゲロー

新たな知識や経験が得られているものの、それでもお金がもっとあったらいいのに、っていう思いが消えず、

2月からバイトをはじめていました。

私はこのままでいいのか?とずーっとぐるぐるしてましたショボーン

 

 

 


 

ただ、看護師に戻るのが怖かったんです。

 

 

 

 

ある婚活コンサルを受けていて、フラクタル心理学の初級も終了したころでしたが、

 

そのころ、婚活コンサルでもフラクタルでも

 

『看護師は悪い、チャイルド満載で本当は周りを弱くする、人のためにならない』ということを言われた(気がしてた)んです。

 

自分は人の役に立つ仕事と思って看護師になったのに、自分と180度違う考え方を提示されてひどく落ち込み、

このまま看護師をやっていてはいけない、もっと周りの元気を創れる「保健師」ならいいだろう!

と考えて包括支援センターに行ったので、

 

 

 

看護師に戻る=周りの人を弱くしてしまう、世のためにならない

 

 

という方程式を変えられずにいました。

 

 

 

 

そんな中、夏にかけてフラクタル心理学中級講座を受け、

 

 

私は健康・美・栄養といった部分にアプローチしたいんだということをわかりました。

 

 

このころから、バイトで入っていた訪問看護ステーションの社長に、「うちで所長をやらないか」と話しをいただくようになりましたおねがい

(でも、看護師に戻るのは嫌だったので聞き流し、23区保健師や、国家公務員の試験を受けていました)

 

 

それから、訪問看護ステーションの話をいただいたあと、包括支援センターのほうに「給料が上がらないか」と直談判しました。

給料が上がれば残ってもいいな、と思っていたのです。

(がめついですね。笑)

 

 

国家公務員(キャリア)が受かっていればそちらに行きたかったのですが、不合格。


 

そして、包括支援センターは保健師一人体制であとは介護職員という状況で働いていたのですが、

だんだん、一緒に働く人々がラクしたがりの仕事適当な人たちにみえて仕方がなく、

一緒に働きたくない気持ちが日に日に増殖していきました。

 

 



 

なんだか長くなったので、続きますチュー