自分の名前が『優子』ということもあり、
本当の『優しさ』ってなんだろうって考えることがよくあります。
数ヶ月前に実母に癌転移がみつかり、入退院を繰り返した後、今は自宅療養中のためほぼ毎日実家に通っていたのですが、自分自身が風邪をこじらせて急性副鼻腔炎になり頭痛で起きられない程の状態になってしまいました。
今日はやっと少し回復してきたとこなんですが、ここ数ヶ月の過程でいろいろと気付きがありました。
それは、やっぱり自分を後回しにして何かをしようとすると自分が拗ねちゃって苦しむことになるんだなあということ。
昔はよくやっちゃってた自分を後回しにして人のために動くっていうやつ。
自己犠牲っていうやつですね。
でも心屋仁之助さんに出会ってから、だいぶ自分を大事にするってことができるようになり、楽に生きられるようになってたんですけど、、、
そんな中での母の癌転移発覚。
ただ転移がみつかっただけじゃなく、その合併症でどんどん弱っていく母。
私がどうにかしないと!!と、以前のやり方で頑張る私。
、、、
急性副鼻腔炎という強制終了がきてしまい、母のところにも行けなくなる状態に
こんな頭痛は生まれて初めてというくらいの強い頭痛がずっと続き、痛み止めも全く効かず
でも、この強制終了に至る前にもいろいろとお知らせはきてました。ストレス溜まっちゃってるのもしっかり気付いてました。でも母のために無理して実家に通ってました、、、
母のためにできることは何でもしたいっていう気持ちは本当の気持ちで、それができたら母がもう一回元気になれる気がしていて、、、
でも私は心屋さんがいうところの後者で、医療従事者だけど人の面倒みたりするのは得意じゃなく、そもそものキャパが小さめ。
なのに完璧主義者的なところがあるから、ややこしい
苦手なことを完璧にやろうとするから、ストレス溜まるし、そらやり続けたら強制終了するわなって感じで
そもそも母のところに行きたくて行ってたのに、行きたくなくなってくるという気持ちになり、その気持ちに罪悪感を感じ始めるという、、、
はぁ、、、なにしてんだろ、、、
だいぶ楽に生きられるようになって2~3年になるけど、状況が変わるとこうも応用がきかないものだなぁと。
本当に毎日は実践の場ですね
そもそも母も自分を後回しにするタイプの人で、だからこそ自分の細胞が自分の攻撃を始めちゃう癌になっちゃったんだろうなと。
でも私もそれと同じことやろうとしてたな
私が一生懸命看病することで奇跡的に母の癌が治って、治ってからは自分を大事にする生き方をしてほしい!!なんて思ってたけど、
なんで治ってからって思ってたんだろ、、、
今すぐにでもできることなのに、、、
日々頭の中では分かってるつもりでも、実践の場でやってみないと本当の意味では腑に落ちないんだなと実感させられました。
そして、以前までのやり方が本当にできなくなっていることを痛感しすぎるほど痛感しました
その上で、荒川さんのブログ。
『優しさとは、一緒になにかをするということ』
なんだか、それだけでいいんだなあって。
今の私の場合だと、母と一緒にいて、時間を共有して、私のできる範囲でできることをすること。
きつそうな母をみていると一緒にいるってことがしんどくなるときもあるけど、母にとってはきつい時に誰かがいてくれるだけで違うだろうなって思うし、私もあとどのくらい一緒にいられるか分からない母との時間を大事にしたい。。。
でも私が体調を崩してまで母のためにっていうのは母にとっても嬉しいことじゃないと思うから、、、
いつかのブログでリュウ博士が言ってた、
『自分大事と他人大事は両立する』
っていう言葉を胸に、あたりまえじゃない日々を1日1日大事にしながら過ごしていきたいなと改めて思いました