8月4日 橋の日。
は 8 し 4で橋の日。
橋...激流にかかる橋。
Bridge Over Troubled Water〜明日にかける橋
1970年リリース。
1960年代に歌われていたゴスペル(黒人霊歌)に影響を受けできた曲。
全米、イギリスで1位、日本でも大ヒットした曲。
ベトナム戦争の反戦運動で歌われ、2001年の同時多発テロでは放送を自粛されと、世界の人々を魅了する激動の時代の代表曲。
♪君が生きるのに疲れて
ちっぽけな存在に思えて涙がこぼれそうなとき
僕がぬぐいさるよ
僕は君の味方
つらいとき 友だちが見つからないとき
激流にかかる橋のように
僕がこの身を捧げるよ
君が路上をさまよい 厳しい夜がやってきても
僕がなぐさめてあげる
君の支えになるよ
暗闇がきて 苦痛だらけのときも
激流にかかる橋のように
僕がこの身を捧げるよ
漕ぎ出そう Silver Girl
君が輝くときがきたよ
君の夢は動きだしているよ
ほら こんなに輝いているよ
友だちが必要ならば僕がすぐ後ろをついていくよ
激流にかかる橋のように
僕がこの身を捧げるよ
離婚して配偶者無しの私はずっと1人働きながら息子を育てて裕福さなんか感じたことはなく、支えてくださる方もなく。
世の中の向かい風にあおられて、ずっと自分で涙をぬぐいさり、暗闇の苦痛に耐えてさまよってきました。
ひどい仕打ちに、扱い。
自分自身がちっぽけな存在に思えて何度涙を1人流したか。
支えてくれる人がいないなら、せめて金銭面では裕福でありたいと、コツコツと積み上げてつくりあげたチャンスを、友達づらしながら、いい人ぶりながら、何人の人が奪おうとし、実際に奪いかけたか。
努力せず実績を積み上げることなくずるして私のチャンスを奪い、落ちでいった人を何人みたか。世の中ってあまくて簡単に泳げるようで、実は厳しくて自分自身の力できちんと泳がなければ、あっという間に流されてしまうんだということを目の当たりにしてきました。
だからこそ、激流にかかる橋のような方の存在が必要なんです。
少し気を抜いたなら、ずるい人々に足元をすくわれそうになって、いつ流されてしまうかわからない世の中。
流されないように1人必死に何かにつかまって右往左往して前が見えなくなる。
それでも必死に前を見ようとしながら、1人あがき、苦しみから逃れるための出口を探し。
苦労続きで、それでもどうにか生きのびている私が今思う。
涙をぬぐいさってくださって、支えになってくださる方の存在。
その存在が、人間にとっていちばん大切なんだと。
世の中におぼれそうなとき、どちらへいったらいいのか、どうしたらいいのかわからないとき、支えてくださる激流にかかる橋のような、おぼれずに共に目標に向かって泳いでいける存在の方が必要なんだと思います。
ギブアンドテイク。
私自身も激流にかかる橋になることも覚悟できる。そんな存在の方が必要なのだと思うのです。
お金は共にきちんと前進しつつ、つくりあげていけばいいのではないかと思うのです。
金銭面でも苦労し、激流にのみこまれそうなのを必死にのみこまれないように何かにつかまり。
水しぶきで顔がぬれているのか、涙でぬれているのかさえもわからない。
その涙さえ、誰も気づくことはなく....
Bridge Over Troubled Water〜明日にかける橋を聴き、和訳を目にすると、そんなことを考えてしまいふと悲しくなるのです。
そして君が輝くときがきたよ.....ほらこんなに輝いてるよのところで希望がみえるのです。
レインボーブリッジ...希望へのかけ橋が見えるような気がするのです。



