不妊治療の軌跡
結婚して1年がすぎたころ、なんとなく子供が欲しいとは感じはじめていた。でも、相変わらず旦那さんとラブラブだし、まだ邪魔されたくないとか言っていたでも、基礎体温とかつけはじめて仲良くしているのに一向に妊娠しない。結婚丸2年経ち、いよいよ、なんでできないのかしらという疑問が。とりあえず、異常が無いかだけでも調べようということになり、はじめて病院へ行ったのが2012年12月ここから、不妊治療と正面から向き合うことに。検査は、一通り全部やって、一つだけ、ひっかかりました。AMH卵巣年齢というやつ。逆に若すぎる値で、それはとても厄介だそう。しかしこれといった治療法も説明してもらえず、ただただ、不安だけを突きつけられた。別のクリニックで治療開始。まずは、タイミング法。わたしの場合、自力で排卵するのに、いろいろ注射やら、薬やらやった。半年やって結果がでず、日に日に精神も擦り切れた。そこで、次にエンドトキシンが高いと言われ、また、不安だけが増えた。子宮洗浄とか、抗生剤とかいろいろやったけど、まったく結果には繋がらなかった。人口受精にも踏み切った。しかし、それ以外の流れはタイミング法とまったく同じで自力で排卵するのに、なんだか疑問が募った。半年頑張ったが、やはりダメで行くのをやめた。精神的にはかなり限界に近かった。仕事のほうが佳境に入り、3ヶ月休憩することにした。それは断腸の思いだった。休憩期間中、運良く自然妊娠するんじゃないかと淡い期待もあったのだが儚く消えた。休憩を終え、当初は、抵抗のあった体外受精へとうとう踏み切った。今度は、日本一実績のあるクリニックへ。AMHの値は、気にしなくていいと言われた。エンドトキシンも、気にしなくていいと言われた。先生やナースは、自信に満ちあふれた顔で、治療方針を説明してくれた。毎月、治療方針はわたしの結果によって変えてくれた。少しずつ、受精に近づいていた。最初は、卵子の採取はできたが、受精しなかった。しかし、卵子は、正常(にみえる)なものを採取できるということがわかった。わたしにとっては新発見である。写真も見せてくれた。次のときには、受精はした。細胞の分割は、とまっていた。しかし、受精することがわかった。それもまた大きな進歩だった。やがて、まちにまった採取→受精→分割となった。これでやっと、移植できる!わたしの卵子と旦那さまの精子は出会って、ちゃんと細胞分裂したではないか!なんという、大進歩!移植後は、順調に着床してくれたようで、妊娠に至った。これは幸運だった。体験したことないほど嬉しかった。不妊治療歴は、平均的には短かったかもしれないが、一通り通過してしまった。なかなか授からない辛さも味わった。妊娠できて、本当によかった大切に大切に幸せをはぐくもうと思います。