どうも、こんにちは。今回は
自分の半生
でも振り返ってみようかなと思います。
小学校入学まで
2006年の冬、宮崎県で生まれました。
幼稚園、保育園もほとんど行ってなかった。
確か登園日数は卒園までで20日程度でしたね。
実家があまり裕福ではなく、幼稚園にすら通っていなかったため、友達は誰1人いませんでした。
一日中家でゴロゴロしてたかな。
そんな状態で小学校へよく行けたな、って今の自分でも思いますよ。
小学生時代
小、中学校時代は友達すら殆どいない、そんな感じでした。
人とどう接すればいいかがわからなかった。
だけどテストの点数だけはよかったかな。国語、算数、理科、社会、音楽、家庭、
ほぼすべての教科でオール100点でしたね。
ただその答案を母親に見せても「つまらん」って言われておしまいだったかな。
いじめみたいな事も受けてましたね。
毎日、「うざい」、「きもい」、「死ね」とか言われたり。
あとは、小6の頃には女子の下着盗んだとか、えん罪かけられたことも
あります。
本当は盗んでないのにね。誰も信用してくれなかった。
普通家に金ないのに下着なんか盗むかよ。とは思います。
親にいじめられたって話しても「自分で解決しろ」「お前が悪い」
そういわれるばかりでしたね。
あとはゲームがこの頃は好きでしたね。
毎日家に帰ったら3DSでゲームしまくってた。
中学生時代
一応小学生の頃はクラスの中でも頭がよかったほうでしたが、
中学生になると一気に学力が下がりました。
授業へついていくことができなくなってしまった。
1学期末のテストの点数を見て相当落ち込みましたね。
しかもテストの日に女子から自分の机に
「汚いから消毒する」とか言われて、消毒液かけられまくったかな。
このころから徐々に「学校へ行きたくない。」
この気持ちが強まっていきました。
中学1年生の11月ころ、委員会を押し付けられ
強制的に掛け持ちさせられました。
まだ掛け持ちだけならよかった。放送委員会だったんで
しゃべり方を相当馬鹿にされまくったんですよね。
誰もやらないから仕方なく引き受けただけなのにね。
同じころに体育の授業で、運動ができない、役立たずってので殴られたこともありますね
みんながみんな運動できるとは限らんのにね。
「なんで俺ばかりがこんな目に」
「学校、行きたくない」
この気持ちがさらに強まりました。
忘れもしない、2019年、1月16日。僕の人生が音を立てて崩れていった日でした。
午前7時30分、いつも通り学校に行くふりをして家を出ます。
ですが、学校へ行くことはしませんでした。確か学校近くの会社の塀裏に隠れてましたね。
結局家に帰ったのは11時ころ。
体調が悪いから早退した。ってうそをついて部屋にこもった。
翌日も同じようにずる休み。その次の日も。
一日休んだことで余計に恐怖心が強まっていました。
週明けの21日。僕の誕生日ですね。
この日も同じようにずる休みしていました。
学校から連絡が来ていて、相当問い詰められましたね。
ここから約2年間の不登校生活が始まります。
この頃の趣味はアニメ、マンガでしたね。
宮崎だと地上波ではアニメ見ることができなかったんで、
自分でBSアンテナつけて、深夜アニメが見られるようにしてましたね。
昼夜逆転していて夜中にコンビニ行って夜食買ったりとか、してました。
朝起きるとなんか罪悪感があって、基本夜に行動してましたね。
ガジェット系、PC系に興味持ち出したのもこの頃ですね。
何にもやることがなかったので。
母親がいわゆる毒親で、早く親から離れたい。そう思ってましたね。
高校生時代、(現在)
僕は15歳の頃、中学校卒業と同時に家を出て、
高校に通いながら仕事をすることを選びました。
当時曾祖母が老人ホームに入居していて、空き家だった築70年の一戸建て
(ガス、水道なし)で1年半暮らしていました。
コンロは卓上のIHコンロ、水は井戸水でしたね。煮沸してから飲んでいました。
エアコンもないんで夏は暑かったですね。
それでも実家にいるよりはよかった。
最初は私立の全日制高校だったため、バイト代が月5万円くらいしか稼げませんでしたね。
学費については祖母が出してくれていたため、通学することができていました。
確か月3万円くらいだったと思いますね。
ただコロナの影響で仕事がなくなって学費を支払えなくなったんですよね。
そこで自分自身でいろいろ転校先を探して通信制高校に転校します。
そもそも最初は中卒で働こうとしていましたから、高校へ入学することは消極的だったんですよね。
通信制高校に転校してからは平日はフルタイムで勤務していましたね。
1日7時間、休憩1時間、計8時間。
ただそれでも月9万くらいしか稼げなかったですね。
そこで去年7月ころに転職活動を開始。それと同時に引っ越しすることにしました。
現在の仕事では手取り13万、家賃代が4万、水道光熱費が1.5万、食費が4万、かなりかつかつですが、
父親の仕送りもあって何とかやって行けてますね。
今こうやって見返すと、人生って何とかなるもんやなって思いますね。