私はライターという仕事柄、耳ダコからの耳イカになるのではないかというくらい聞いたことがあります。

 

で…

 

「たった一人に向けて書く」ってどういうことだーーーーーっ!!!!!

 

って思ったことありませんか?

 

何が言いたいのかは感覚的にわかるけど、「で真顔?」というのが本心ではないでしょうか。

 

そこで、「たった一人に向けて書く」ということがどういうことなのか。 たった一人に向けて書けていない文章を例に解説します。

 

1.たった一人に向けて書けていない文例

頻繁に見られるのが「〜な方」「〜な人」という表現です。

 

この記事の冒頭文を例にしましょう。

 

▼たった一人に向けて書けていない文例

「伝わる文章にするには、たった一人に向けて書く」という言葉を聞いたことがある人はいますか?

 

▼私が書いた文章

「伝わる文章にするには、たった一人に向けて書く」という言葉を聞いたことがありますか?

 

この違いです。

 

前者は、大衆に向けて書いています。 マスに広報が必要な企業のメディアならともかく、個人起業家の場合、マスへ呼びかけても労力に対して成果が上がりにくいです。

 

2.たった一人に向けて書く方法

たった一人に向けて書きたいけれど、うまくいかない…そのような場合は、文章に「あなた」を積極的に入れてください。

 

すると、先ほどの文章に違和を感じるはずです。

 

▼たった一人に向けて書けていない文例

あなたは、「伝わる文章にするには、たった一人に向けて書く」という言葉を聞いたことがある人はいますか?

↑日本語として変!!

 

一方、

▼私が書いた文章

あなたは、「伝わる文章にするには、たった一人に向けて書く」という言葉を聞いたことがありますか?

↑自然な日本語!!

 

ただ、日本語は主語を書きすぎるとくどく感じる言語なので、書いた後に適宜「あなた」を消していきます。

 

すると、くどくなくたった一人に向けて書いた文章が出来上がります。

ブログを書いたとき「赤文字」や「太字」などの装飾は使っていますか?

 

上手に使うと、読者の読みやすさ、理解しやすさを助け、最後までしっかり読んでいただくことができます。

 

反対に無意味な箇所を装飾すると、読みにくなったり、学校の教科書にアンダーラインを引きすぎてどこが大切かわからないパターンになったりするので、気をつけてください。

 

私が以前、編集者の元で修行させていただいたとき、「赤文字」「太字」の使い方1つで何度も修正されるほど厳しく教えていただきました。

 

恥ずかしながら当時は「なぜ、記事の中身ではない、文字の色付けくらいで、このように厳しく指導するのか」と半ベソかいていましたが、今では「赤文字」「太字」がブログの仕上がりを大きく左右することを実感しています。

 

本記事では、「赤文字」「太字」にする3つのポイントをお伝えします。

 

1.「赤文字」「太字」を使う頻度

「赤文字」「太字」はスマホで1スクロールに1回現れるくらいの頻度が良いです。

 

ブログ文章は多くの場合、流し読みされ、気になる箇所だけじっくり読まれるので、定期的に目に留まるよう「赤文字」「太字」を使います。

 

また2019年現在では、ブログの7割以上はスマホで読まれているので、スマホに対応した頻度にしましょう。

 

なお、私のアメブロでは一つの見出しにつき、1〜2箇所「赤文字」「太字」を登場させています。

 

2.「赤文字」「太字」にする箇所

「赤文字」「太字」にする箇所は、見出し1を見ていただければ明快です。

 

見出しに対する答えも該当する箇所を「赤文字」「太字」にします。

 

つまり、読者が知りたいこと、役に立つことが書かれた部分です。

 

「しかし」「私は思います」のような箇所を「赤文字」「太字」にしても意味がありません。

 

3.「赤文字」「太字」以外の装飾

好みやブログのテーマ、コンセプト、ターゲットによるので、一概にどんな装飾が良いとは言い切れません。

 

しかし、どんな属性(年齢、性別、価値観など)の読者がどんな状況で読むか? はしっかりとイメージしてください。

 

例えば、電車通勤中のサラリーマンが読むブログならば、あまり小さすぎる文字やチカチカと光ったり、動いたりする装飾は不適当でしょう。

 

中高年代をターゲットにしたブログも、蛍光色を使いすぎると読みづらい可能性があります。

 

 

私の師匠が教えてくれたことの一つに「文章は読むものではなく、見るもの」という言葉があります。

 

「赤文字」「太字」の使い方は、それを体現できる最も身近なツールの一つです。

ブログを一生懸命に取り組んでも全然読まれないのは、あなたの書く文章がヘタだから!!!

 

ではありません!!!!!

 

よほど支離滅裂でない限り…

 

文章の下手よりも、誰かが読みたくなるテーマ、文章を書いていない方が問題です!

 

1.ブログが読まれない理由はテーマ設定が間違っているから

ブログが読まれないのは、

 

  1. 誰も興味のないテーマを書いている
  2. 興味深いテーマを書いていることを伝えていないから

 

この2点です。 それぞれ解説します。

 

2.誰も興味のないテーマを書いている

例えば、私が毎日

 

「今日のお昼ごはんです♪(てへぺろ)」

 

と画像とともに投稿していたとして、あなたは毎日読んでくれますか?

 

よほど私のファンでない限り(笑)、読まないと思います。

 

では、人が興味のあるテーマとは何でしょうか?

 

調べ方はたくさんありますが、以下の方法はとてもシンプルに実践できます。

 

▼ブログ記事のネタを見つけて読まれる文章に仕上げる5つのステップ

https://ameblo.jp/yukki-19/entry-12532439492.html

 

3.興味深いテーマを書いていることを伝えていないから

あなたが「この記事面白そうだな、役に立ちそうだな」と判断する基準は何ですか?

 

多くの場合、「タイトル」「冒頭文」ではないでしょうか?

 

面白そうなテレビ番組を探すのに、チャンネルを次々に変える行為を「ザッピング」と言いますが、人が「面白くない」と判断して次のチャンネルにするのにかかる時間は3秒以下と言われています。

 

つまりあなたは、3秒であなたのブログの内容が面白いことを伝えなければなりません。

 

3秒で読める範囲…それが「タイトル」「冒頭文」なのです。

 

その貴重なタイトルや冒頭文に

 

「今日の感想♪」「最近、寒くなりましたね」なんてことがツラツラ書かれていたら???

 

考えるだけで背筋が寒くなります。

 

タイトルであなたのブログの魅力を伝える方法は以下の記事をご覧ください。

 

▼ブログ記事のタイトルを魅力的にするたった5つのこと

https://ameblo.jp/yukki-19/entry-12531964718.html?frm=theme

 

 

あなたの文章は悪くありません。

 

もう少しブログを読んでもらいたい!

 

そう思ったときは、ちょっと視点を変えてみてください。

3秒で選ばれるブログ集客術の阿部 由貴(あべ ゆき)です。

 

私の周りのブログ運営者の間でまことしやかに囁かれていることがあります。

 

それは情報サイトなどのまとめで見かける「いかがですか?」の言葉。

 

違和感ありませんか? 私はちょっとイラっとしてしまいます。

 

1.「いかがでしたか?」という文言が増えた理由

「いかがでしたか?」という文言が増えた確かな理由はわかりませんが、近年のブログの歴史を辿るとヒントが見えます。

 

2015年〜2017年にオウンドメディアというブログの運営形態と長文SEO(とにかく1記事あたりの情報量で勝負する)というのが流行しました。

 

オウンドメディアについて、簡単に説明します。

 

オウン=own(オーナー、所有するの意)から来ていて、自社で管理、運営するブログのことです。

 

「ワードプレス」「独自ドメインブログ」などがオウンドメディアにあたります。

 

反対に、今書いているアメブロは、サイバーエージェントという運営会社が管理するブログシステムを借りているので、オウンドメディアではありません。

 

自己管理できるオウンドメディアに、自社の顧客がほしがるであろう情報を記事として積み重ねていくことで顧客の信頼を獲得し、集客するのが狙いです。

 

つまり、オウンドメディアを通して顧客とのコミュニケーションを築く必要があるので、従来のホームページのような無味無臭な記事は好まれません。

 

顧客(=読者)とコミュニケーションを取ろう、感情を動かそう、としていく中で、「いかがでしたか?」と読者に呼びかける文言が生まれたと考えています。

 

その頃のブログ記事は、面白いほどまとめにあたる部分に「いかがでしたか?」というセリフが散見されました。

 

2.「いかがでしたか?」の文章に違和感を覚える理由

「いかがでしたか?」というセリフに違和感…イラっとさえしてしまう理由は、“上から目線感”ではないでしょうか。

 

インターネットで何かをわざわざ検索して、ブログ記事を熟読しているときというのは大抵、何かに困っていたり、解決したい問題を抱えているときです。

 

例えば「財布を落としてしまった。ものすごく焦っている。何から手続きしたらいいんだろう」と検索し、記事を読んでいました。

  1. 警察に届け出る
  2. 金融機関やクレジットカード会社に連絡してカードの使用を止めてもらう
  3. Suicaの利用停止手続きをする
  4. 「いかがでしたか?」

なんて書いてあった日には、「いかがですか、じゃねーよっ!」って叫んでしまいます。

 

日常でも「いかがでしたか?」と聞かれるシーンはあります。

 

素敵なレストランで食事を楽しんだ後、お店の方からの「いかがでしたか?」は全く嫌な感じはしません。

 

前提としてポジティブな状況であること、さらにこちらと相手とコミュニケーションを取れた上での「いかがでしたか?」は、嫌でないどころか自然な流れとさえ思います。

 

3.ブログは読者との”会話”です!

「ブログを書こう!」と思うと、身構えたり、書けなかったり、反対に思いつくままに書きすぎて何が言いたかったのかわからなくなったり…

 

色々悩むこともありますが、基本的にはブログは読者との”会話”、“対話”と考えています。

 

この記事についても、友人とのたわいのない会話と考えるとシンプルです。

 

私「最近ブログ読んでると、『いかがですか?』ってよく見かけるんだけど。なんか違和感あるんだよね」

 

友人「そう言えば、よく見るよね! いつから増えたんだろう」

 

私「確か2015年頃からかな。オウンドメディアっていうのが流行って、読者とコミュニケーションを取ろうとして、呼びかけるセリフが多用され始めたみたいよ」

 

友人「会話だといいんだけど、一方通行のブログで『いかがですか?』って言われると、ちょっとイラっとしちゃうよね」

 

私「そうそう。真剣に悩んでて読んでたブログに『いかがですか?』なんてあった日には発狂しそう」

 

こうした実在するor実在しうる会話をベースに、ブログの構成を組み立てています。

 

リアルの会話で友人に対して「いかがでしたか?」と言うと、不自然なのはイメージできます。

 

常にそこに人がいる。

 

どんなに科学技術が発展しても人が土から離れて生きられないように(ラピュタか!)、人は人なしでは生きていけないのです。

3秒で選ばれるブログ集客術の阿部 由貴(あべ ゆき)です。

 

「やらない後悔より、やった後悔」という言葉を聞いたことがありますか?

 

私はこの言葉におおむね同意しますが、ちょっと違うな、とも思います。

 

その理由はさておき、とりあえず、やってみようよ!って話です。

 

1.やらなかったことは後悔する

やらなかったことは後悔する…これについては私自身、苦々しい経験が沢山あるので、完全に同意します。

 

例えば、大学受験。

 

私は東京の私立大に行きたかったのですが、経済的な理由で親から受験を許してもらえませんでした。

 

経済的な理由は仕方ないのでそこは問題ないのですが、未だに私の心に残るのは「受験したら受かったのかな?」という気持ちです。

 

「その大学に行けなかった」という一つの事実があったとして

  • 受験しなかった
  • 受験したけど、落ちたから行けなかった
  • 受験して合格したけど、経済的な理由で行けなかった

後者2つなら、私は今もこの大学について特別な思いを抱くことはなかっただろうと思います。

 

つまり、私が後悔しているのは「その大学に行けなかった」ことではなく、「その大学を受験しなかった(やらなかった)」ことにあるのです。

 

2.やったことはなんだかんだ後悔していない

やったことはなんだかんだ後悔していない…どころか財産になった経験が多いです。

 

私は両親が音楽家の影響で、幼い(母親のお腹の中にいる)頃から音楽に囲まれて育ちました。

 

日曜の朝は父のオーボエの音で目覚め、演奏会前はリハーサル中の父を舞台裏で待つ…私自身も13年間ピアノを習っていましたが、出来上がったのは筋肉オタクでしたww

 

何度もピアノをやめたいと訴えたのですが、両親の返事はNO!結局、大学受験が佳境に入るまで続けてました。

 

しかし、今となってはやめなくてよかった、習わせてもらってよかったと心から思います。

 

現状、音楽が仕事に繋がるなど直接的なメリットはありませんが、音楽の基礎があることは私の人生に深みと豊かさをもたらせてくれています。

 

そう、やったことはなんだかんだ後悔しないばかりか、財産になっているのです。

 

3.正当化だっていいじゃないか

ピアノを続けたことを後悔していない…それは自分がしたことを正当化したいだけじゃないのか?

 

そう言われたら、否定するつもりはありません。

 

だけど、音楽が私の人生を豊かにしてくれているのは紛れも無い事実です。

 

これまでもたくさんの失敗や嫌な思いをしてきました。

 

だけどその経験があるからこそ、今の私があるということも、認識しています。

 

私は愚か者なので、痛い目にあわなければわからない。だから致命傷にならない程度の失敗や嫌な思いをさせてもらったんだと思います。

 

 

行動したことは必ず財産になる。