明海
「…!!」


集中力を全開にし、私の人差し指から放たれた『シャドーボール』は1km先の目標に見事命中する。
命中率はほぼ99%…体調が万全なら私は外す気がしなかった。
あれから、2年…私は瞳とも殆ど顔を合わせる事無く、ただひたすらに強くなっている。

進化した体は私に劇的な成長を促し、今まで出来なかった事の多くを可能にしてくれていた。
少なくとも今の私なら、2年前の瞳やハルっちにだって負けてないはず。


カーズ
「…よく、ここまで付いて来れたな」


私は安らかな風を全身に受けながらも、ピンと尖った耳を立ててその声に反応する。
相変わらずコーチは、こうやって気配を消しながら近付いて来るんだよね~


明海
「コーチのお陰です♪  コーチが私をここまでにしてくれたんですから…」

カーズ
「…だが、そろそろ卒業の時期だ」
「お前には、最後の試験を与える…俺を、倒してみろ!」


そう言ってコーチは急に殺気を剥き出しにし、体からゴーストタイプ特有のオーラを放つ。
私は一瞬怯みそうになるも、腕で顔を守って凌いでいた。


明海
「コーチ!?  それが、卒業試験なんですか…?」

カーズ
「そうだ、殺す気でかかって来い…生半可な覚悟ならお前はここで死ぬ」


コーチは本気の目だった。
今までずっとコーチとは戦闘訓練をやってたけど、勝てた事は1度も無い。
それなのに…コーチを倒す事が最後の試験だなんて!

私はギリッ…!と歯軋りをし、拳を握り込んだ。
コーチに勝つには、本当に生半可な覚悟じゃ出来ない。
だったら、私はただ全力を出すしかない!
ここまでやってきた全てを、コーチに見せるんだ!!


明海
「…!!」

カーズ
「!?」


私は開幕、体を前傾姿勢にして思いっきり踏み込む体勢に入る。
それを見てコーチは指を弾くモーションを取った。
次の瞬間、私は『電光石火』で前に飛び出し、コーチの放った『鬼火』を回避する。
完璧なタイミングで回避されたそれを見て、あのコーチが少しだけ驚く様な顔をした。
だけど、私の技はあくまでノーマルタイプ…ゴーストタイプには通用しない。

だからこそ、この技の意味は別にある!


カーズ
「!!」
明海
「!!」


私はコーチの体をすり抜けて背後に着地する。
コーチはすぐに背後へ振り向くも、私はすぐさま『不意打ち』でコーチの頭上にワープし、コーチの顔面を尻尾で叩いた。
流石のコーチも軽く吹き飛び、口から血を流している。

私はそれだけで止まらない…コーチがいつも言っていた事は、常に頭を働かせろ…だ。
アレ位でコーチは怯まない、すぐに次の策を練って手を打ってくる。
私に…一切の余裕は有り得ない!!


カーズ
「!!」


コーチが目を光らせた瞬間、今度は私の頭が後ろに吹き飛ぶ。
コーチが得意としてる、モーションを最大限まで削った弱『サイコキネシス』だ。
解ってても回避なんてまず出来ない、これで…攻守が交代する!

私は吹き飛ばされながらもコーチの一挙手一投足を睨み付けた。
私の特性は『鋭い目』…!  こと視力に関しては、私はコーチよりも優れている!


カーズ
「…!」

明海
「!!」


コーチは再び鬼火を放つ。
私はあえてその場で動かず、コーチの正体を『見破る』事に成功した。
次の瞬間、1秒程のタイムラグを経て鬼火が私の前方を焼く。
やっぱり…仕掛けられていた!

私の能力は特殊よりもやや物理寄り…だからコーチは私が突っ込んで来ると予測してあえて鬼火をラグ込みで仕込んだんだ。
だけど私はそれを逆に読み切り、ノーダメージで見破るを成功。
ここから先、コーチはノーマルタイプの技を警戒しなければならなくなった。


カーズ
「…成る程、随分読める様になった物だな」

明海
「それもコーチのお陰ですから!!」


私は『高速移動』で一気に加速する。
元々スピード差はかなりあるけど、一気に視界から消えれば…
私はその瞬間、ゾクッ!と背中に悪寒が走った。
そしてすぐに反転して私はコーチと距離を取る。
その後、コーチを中心に『トリックルーム』がドーム状に領域展開された。
私はその範囲に入らない様、森の方に入って逃げ回る。
あの技が発動したら5分は継続する!
今の速度差だと、領域内に入ったらすぐ致命傷だ!


カーズ
「ほう、迂闊に突っ込まなかったのは良い判断だ…勘も良くなったな」
「だが、ただ逃げる事しか出来ない獲物を逃がす程俺は甘くないぞ…?」


コーチがそう言った瞬間、私の頭上で『雷(かみなり)』が走る。
だけど運良くそれは木の枝に当たり、直撃だけは免れた。


明海
(…当たらなかった?  いや、むしろコレは…!?)


私は更に嫌な予感がし、空中で木を蹴って即座に横へ飛ぶ。
すると私の元いた場所は、雷で焼き切れた枝が勢い良く襲い掛かて来ていたのだ。
そしてソレは宙へ浮かんだままクルクル回転して方向転換し、私の方に向かって追尾して来る!


明海
(サイコキネシスで遠隔操作してる!?  かといって迎撃すれば距離は詰められる!)


私は回避に徹するも、徐々に距離を詰められていた。
その際も木の枝は私を襲ってきており、私は段々と追い詰められる。
私は向かって来る木の枝を狙い、指先を構えて『シャドーボール』を発射した。
極限まで圧縮したソレは超高速で射出され、見事木の枝の迎撃に成功する。
そして、遂にトリックルームの領域は消滅した…

これで、ようやく反撃が出来る…!


明海
「…?」


私は消えた領域の中心を見るも、そこにコーチの姿は見られなかった。
私は瞬時に頭を回転させ、状況を分析する。
ジュペッタはゴーストタイプ、その気になればどこにでも潜伏は…


明海
「っ!?」


私はその場で反転して上空にシャドーボールを撃つ。
だがそれは単に空を切るだけであり、目標を撃ち抜く事は無かった…
私の勘が…外れた?


カーズ
「いいや、良い勘をしてるさ…だが、読みが甘い」

明海
「!?」


突如背後から私は首を捕まれる。
私はすぐにそれが『ゴーストダイブ』だと察した。
あえてコーチは殺気だけを残し、ゴーストダイブの効果でその場から消えていたのだ…
そして私の反応を逆手に取り、技を不発させてそのまま背後に回る…
ただ、私はノーマルタイプだからゴーストは無効。
それでもコレが結果だと言うなら、コーチが立てた戦術は私の想像を更に超えていた…!


明海
(ゴーストダイブ無効の隙を完全にチャラにする為、私にシャドーボールを撃たせる様仕向けたんだ…!)

カーズ
「……!」


コーチは持ち前の馬鹿力で、私を片手1本のみで軽々と振り回す。
そしてそのまま勢い良く上から地面に私の背中を叩き付けた。
全身の骨がビシビシと軋み、私は思わず血を吐く。
だけど、すぐに私はその場から跳ね起きて迎撃に出た。

…がっ、駄目!  それもやはり裏目!!


カーズ
「判断が甘いぞ…相手とのパワー差を考えて接近戦を挑め」


私が完璧なタイミングで放ったカウンターキックは、易々と片手で止められる。
今度はコーチがこっちの行動を読み切った結果だ。
私はそのまま足を捕まれ、近くの木に投げ付けられる。
私はまたしても襲う激痛に顔を歪めながらも、歯を食い縛って耐えた。


明海
(…っ!!  単純にパワー差があるだけじゃない…)


そもそも、使える技の種類でさえ差が有り過ぎるのだ。
この2年で私はコーチから色んな技を盗んだけど、それでもそれはただの真似事に過ぎない。
私は…私にしか出来ない戦いをしないと、コーチには到底…勝てない!!


カーズ
「…その闘志は褒めてやる、だがそのダメージでどうする?」

明海
「こう…する!!」


私は全身を横に丸め、尻尾をも使って『とぐろを撒く』。
これは、私の隠し球だ…多分コーチも予想してないはず!
だけど、次の瞬間私の体を『鬼火』が包み込む。
私は火傷の痛みに耐えながらも、そのままとぐろを撒き続けた。


カーズ
(ただの無策で防御策は有り得ん、何を狙っている?)


私の予想通り、コーチはここで手を止める。
そしてその慎重さが、ここでは不利に働く!
私は呼吸音すら聞こえない程静かに『眠る』を使い、とぐろを撒いたまま眠りを偽装した…
この瞬間、私の体力は一気に回復して火傷も治癒する。
コーチの読みを崩せるのは…あくまでここまでだ。
だけど…ここからはコーチにも私の行動は読めない!!


カーズ
「!?  この、戦法は…!」


瞬間、私の口から『ハイパーボイス』となった『寝言』が前方に放たれた。
正体を見破られているコーチはそれを回避する事は出来ず、広範囲音波攻撃を直撃される事に…


カーズ
「…!!  成る程な…確かにこれでは読む事など不可能だ」
「だが、そんな運任せに頼る戦法がそうそう上手くいくか!?」


私は眠っている為、コーチの声は聞こえない。
ただ、私は眠りながらも寝言を続けた。
次に出た技は『ド忘れ』…私は途端に脱力してとぐろを解く。
それを見たコーチは、少なからず顔を歪めた。
そしてコーチの腕から放たれるのは『10万ボルト』…特防が大きく上昇した今の私には、そこまでダメージにならない。

そして次の瞬間…私は目覚めと共に『シャドーボール』を指先から放った。


カーズ
「…ちぃ!」


コーチは体ごと首を横に捻って弾丸となったシャドーボールをかわす。
軽くコーチの頬を掠めたものの、ダメージは無い…!
私はそれでも強気に攻める。
ここまで来たら、もう戦術は捨てる!
高めた能力で、ゴリ押してでも押し通る!!


明海
「あああぁぁっ!!」

カーズ
「捨て身の戦術とはな…!  だが、この場面ではある意味良策だ!」


コーチはそれでも私の接近戦を読んで鬼火を完璧なタイミングで放つ。
私の移動速度まで計算に入れて放たれたソレは、突然私の周囲に現れて私の体を焼く。
コーチの鬼火は、通常の物と違い射出されるタイプじゃないのが特徴だ。

本人曰く、極限まで威力を小さくして見えなくしてるんだそうで…
そして本人の狙った場所で一気に起爆させ、突然鬼火を出現させる事が出来るという。
ただ、このやり方はあくまで相手の場所や性格、スピード、戦術さえも計算に入れなければならなく、コーチ位に読みが上手くなければまず成功しない神業とも言える。


明海
「でも…そんな神業だからこそ、コーチの弱点になったんです!」

カーズ
「…!?」


私は火傷になりながらも前進を止めなかった。
そして面食らっているコーチに向かい、私は全力で右拳を握る。
この時、私は無理矢理にでも笑っていた…

同時に風路さんの言葉を思い出す。


『例えどんなに辛くても、お客さんの前では空元気!  笑顔だけは忘れないでね?』


明海
「そう…!  風路さん直伝…これが私の『空元気』です!!」


私の最大火力技がコーチの顔面を打ち抜く。
攻撃、防御、素早さ、命中を倍加させてから放ったその拳は正確にコーチの眉間という急所を打ち抜き、そのまま振り抜かれた。
コーチは文字通り人形の様に吹っ飛んでいき、木に当たって弾け飛ぶ。
その際木にヒビが入り、数秒後バキバキ…と音をたてて折れてしまった。


私は火傷の痛みに耐えながら、天を仰いで息を吸う。
体力はまだあっても…精神力がもう持たない!
私は思わず脱力し、その場で両膝を着いた。
やがて、カサ…カサと音をさせて、コーチがフラフラとしながらこっちに来る。

流石に…KOとまではいかなかったらしい。
この辺が、私の限界だね…
そう思って項垂れた私の頭に、コーチはポンと手を当ててくれる。
私は思わず耳をピンと立て、顔を上げてコーチを見た。
するとコーチの眉間からは大量の血が出ており、顔面を真っ赤に染めている。
だけど、コーチの顔は冷静に…そして微笑していた。


カーズ
「…まだまだ粗はあるが、まぁ合格だ」
「手加減してたとはいえ、まさか俺の顔面に一撃入れるとは思っていなかった…」
「あんな無謀な戦法をやられたのは、マイを相手にした時以来だぞ…全く、嫌な記憶を思い出さされたものだな」


そう言ってコーチはため息を吐く。
あのコーチがこんな顔をするなんて…そんなに嫌な思い出だったんだ。


明海
「…マイさんって、コーチの仲間だった人ですよね?」
「瞳と同じ、マッスグマの…」

カーズ
「ああ…瞳とは似ても似つかんがな」
「勿論、お前ともまるで違う」


そう言ってコーチは手で顔の血を拭った。
私は思わず吹き出し、ポケットからハンカチを出してコーチの血を拭いてあげる事に…
コーチは少し怯み、私からハンカチを奪い取って自分で血を拭うのだった…


カーズ
「…余計な事はするな、自分の不始末は自分で拭う」

明海
「あはは…ゴメンなさい、つい♪」


私は思わず苦笑する。
コーチって、こういう所が意外と可愛いんだよね~♪
でも、これで…合格か。
まだまだ私はコーチに本気を出させる事すら出来ないけど、それでも今は合格らしい。
つまり、私は一応仮にも1人前…後は、自分の力で頑張るしか無いって事だね。

私は自分の手を見る。
あまりに固く握られたせいで血が滲み、今更ながら痛みを感じてしまった。
それが気にならない位、夢中で戦ってたんだね…


明海
「…コーチ、私達はどうやったらこの世界から出られるんですか?」

カーズ
「…予想出来る材料はいくつかあるが、まだ解らん」
「少なくとも、お前の成長だけではクリア条件を満たせんらしい」


という事は、コーチの中では自分がラスボスだと仮定したわけだ…
そして私はそれに勝った…あくまで手加減モードだけど!
でも、世界はまだいつものまま…粒子化する気配も無い…かぁ。


明海
「…瞳は、大丈夫かな?」

カーズ
「ド素人のお前でさえここまでになったんだ、心配するな」
「アイツはアイツで、何とかするだろうさ…」


そう言ってコーチはハンカチを自分の懐に仕舞う。
多分、後で洗って返す気なんだろう。
コーチって、そういう所律儀だもんね~


カーズ
「……ところで、さっきから殺気が駄々漏れてるぞ三流?」

明海
「えっ…?」


突然、コーチは声を低くしてそんな事を言い出す。
私は完全に気を弛めてしまっており、全く気付かなかった。
だけど、私達の背後からユラリ…と体を揺らしてひとりの女が近付いて来る。
その女の姿を見て…私は絶句する事しか出来なかった。


明海
「……嘘、ハル…っち?」

カーズ
「クゥから報告は聞いていた、アレからどれだけの人間を喰った?」

悠和
「…さぁ?  一々数えてなんかいない」
「ただ、お前を喰うにはまだ足りない…!」


その乱暴な言葉づかいは、およそハルっちの物とは思えなかった。
アレから2年間の間に…一体何があったって言うの!?
ハルっちの綺麗だった髪はボロボロになっており、一切の手入れがされていない。
服もボロボロでボロ布を上から纏っているだけ…
そしてチラリと見える体には、無数の傷が夥しい程に付いている様だった。


明海
「…く、喰ったって…ソレって一体?」

カーズ
「どういう仕組みかは知らん…だが、恐らくアイツは何らかの方法で倒した相手の力を喰ってパワーアップを繰り返している」


何で…?  どうしてハルっちがそんな事を!?
少なくとも私が知っているハルっちは、そんな訳の解らない事を平然とやる娘じゃ無かった!


明海
「…何で、どうして!?  ハルっちもこの世界にいたなら、私達に連絡してくれても…」

悠和
「明海さん…貴女達はもう私には必要無いからです」


そう言って虚ろな瞳でハルっちは私を見る。
あまりに無感情なその表情からは、何の意志も感じ取れなかった。
むしろ不気味すぎて…寒気がする程に。


カーズ
「やれやれ…わざわざ弱った所を狙うとは、躾がなっていないな」

悠和
「むしろ好機を逃さないと言え…!」
「今のお前達を喰えば、私は今度こそ聖様を救いに行ける!!」


ハルっちはそれでも聖様の事を想っている様だった。
今のハルっちを見て、聖様が到底喜ぶはずなんか無いのに…
それ位、ハルっちは解っているはずなのに!


明海
「一体何があったのハルっち!?  相談してよ!?」
「聖様を助けるなら、皆で協力すれば…」
悠和
「それが原因で失敗したんでしょう!?」


悠和の激怒とも言える感情と共に、私の悲痛な言葉は切られる。
そして歪みに歪んだハルっちの顔は私を憎悪の目で睨み、自らの顔に爪を立てて掻きむしってしまっていた。
ハルっちの顔から血が飛び散り、もう見ていられなくなる。
私は叫び声をあげるも、ハルっちは笑ってそれを嘲っていた。


悠和
「お前達は結局無力だ!!  どれだけ力があっても!  正しくても!
!」
「より強い力の前には何の意味も無い!!」
「お前達の様な弱者に聖様が救えるか!?」
「聖様を救うのは私ひとりで良い!!」
「……だから、私の餌になってくださいよ…明海さ~ん?」


ひとしきり吠えた後、ハルっちは冷淡な笑みで首を傾げてそう言う。
そして肩を震わせながらカタカタ笑うハルっちは、もうただの狂人だった…


明海
「もしかして、偽者なんじゃ?  そ、そうよ!  こんなの、ハルっちな訳…」

カーズ
「残念ながら本物だ、何せお前達と同時にこの世界で観測されてるからな」
「もっとも…コイツは来たと同時に何者かに拉致されていた様だが?」


拉致…?  っていう事は洗脳!?
その何者かが、ハルっちをこんなにしたって事なの!? 


明海
「許せない…!!  よくもハルっちを…!」

カーズ
「勝手な妄想で冷静さを失うな…お前は黙って退がっていろ」
「コイツの目的は、あくまで俺の様だからな」


そう言ってコーチはハルっちの前にひとりで立つ。
ハルっちはそれを見て無造作に前傾姿勢へとなった。
瞬間、ハルっちは空を飛んでコーチの頭上を飛び越す。
ハルっちの狙いは…私!? 


カーズ
「…やれやれ、読み易すぎる行動だな」


瞬間、上空から雷が落ちてハルっちを直撃する。
ハルっちは叫び声をあげながら墜落し、落ちて来た所でコーチに首を掴まれた。
ハルっちは足掻くも、コーチの力には抗えない。
だけどすぐにハルっちは髪色や体色を黒く変え、コーチの腹を蹴り抜いた。
ハルっちの足先からは営利な爪が延びており、コーチの腹からは血が噴出する。


明海
「コーチ!?」

カーズ
「成る程…確かにジャジャ馬だ!」
「これは、相当な仕置きが必要の様だな!!」


そう言ってコーチは無理矢理ハルっちを地面に叩き付ける。
そしてそのまま腕から10万ボルトを放ち、ハルっちを追撃した。
その際ハルっちの爪先はコーチから離れ、ハルっちはまた体色を変えて口から『バークアウト』を放つ。
もはや罵詈雑言所か、何と叫んでいるのかも解らない程の雑音が響き、さしものコーチも思わず耳を塞いで離れてしまった。

ハルっちはその隙に尚も私の方を狙おうとする。
コーチはそれでも『不意打ち』を使ってハルっちを上から叩き落とす。
その後、今度は私を無言で睨み付けた。


明海
(私が近くにいたら…コーチの邪魔になる!)


あくまでハルっちの狙いは私なんだ…だから私がいなくなればハルっちはコーチだけを?
私は瞬時にソレを脳内で否定した。
そうなった場合、ハルっちは恐らく逃走する。
そしてそうなった場合、次にハルっちが取るべき行動は…?


明海
(多分、教子や毬子…!)


だったら、私が取るべき行動はひとつしかない。
コーチは、まだ私を試しているんだ。
私が本当に1人前で、どんな窮地でも間違った判断を下さないかどうかを…!


明海
(なら、私はこうします!!)


火傷に体を痛めながらも、私は指先を銃の様に構えて左手で右手首を握る。
火傷で照準がブレるものの、この距離なら外しはしない。
私は血が滲む程に歯を喰い縛り、銃弾型シャドーボールを射出した。

狙うのは…ハルっちの目!!


カーズ
「…よし、良い判断だ」

悠和
「!?!?」


私のシャドーボールは銃弾の様に小さい。
そしてそれだけ圧縮してあるから弾速もピカイチ!
その銃弾は、ほぼ正確にハルっちの左目を直撃させたのだった。
ゴメンねハルっち…!  私も、聖様を救う為にここで死ぬ事は出来ないから!!


カーズ
「さて、悪いがこのまま捕獲する」
「大人しくしてもらおうか?」

「そうは問屋が下ろさないでしゅ!」


突然、何も無い空間から緑の生き物が現れてそんな事を言う。
そして次の瞬間その生き物の大きな口が開き、空間ごとコーチとハルっちを飲み込もうとしていた。
コーチはすぐに状況を察し、ハルっちから手を離して横に転がって難を逃れる。
するとハルっちは死んだ様にグッタリしたまま、緑の生き物に飲み込まれた。

後はそのまま自らの身体すら飲み込み、緑の生き物は消えてしまっう…
私は呆然となり、静かになった森の中で唖然とした。
コーチは冷静にその場から立ち上がり、パンパンと体に付いた土や葉っぱを落とす。


カーズ
「…成る程、確かに厄介な能力だ」
「アレが『暴食』か…下手をすれば消し飛ばされていたな」

明海
「暴食って…まさか、混沌の?」


コーチは、ああ…と軽く答える。
そして削られた空間を見て、コーチは何かを分析していた。
私が見た感じ、白那さんの能力とはまるで違う…
削った空間はすぐに元に戻る白那さんの能力と違い、こっちは削った空間がそのまま残ってる。
まるでそこだけ漆黒の闇に塗り替えられたかの様に、妙な輝きの輪郭だけが見えているのだ。


カーズ
「…暴食のシェイミ、チキだったか」
「奴があのシルヴァディを拉致していたんだな…そして、道理で俺やクゥに見付からなかった訳だ」

明海
「あ、あれがシェイミのチキ…それじゃあハルっちがあんな風になったのは!」


コーチはここで首を縦に振らなかった。
私はそれを見て絶句する。
違うって、言うの?


カーズ
「…あくまで、これは俺の勝手な予測だ」


コーチの顔は、冷静ながらも疑問だらけの様であった。
多分、本人の脳内ではいくつものシミュレートがなされてる。
その頭脳を持ってしても、真実はまだ暴けない…っていうのね。


コーチ
「…恐らく、あのシルヴァディは自ら堕ちた」

明海
「そんな…!  ハルっちが自分の意志で敵になったと!?」

コーチ
「お前も聞いただろう?  アイツの言葉を…」


私はそれを思い出して胸を押さえる。
思わず心臓を握り潰したくなる様な悲痛な叫び…


『お前達は結局無力だ!!  どれだけ力があっても!  正しくても!
!』
『より強い力の前には何の意味も無い!!』
『お前達の様な弱者に聖様が救えるか!?』


明海
「…じゃあ、ただ強くなる為だけに…ハルっちは」

カーズ
「ただ特異点を救うというだけならば、別に混沌の陣営にいても問題は無い」
「混沌の王は、むしろ特異点を求めているだろうしな…」

明海
「!?  聖様を殺したのは、混沌の勢力なのに?」

カーズ
「…恐らく、特異点が殺された事自体イレギュラーだったのだろう」
「混沌の王からしたら、面白そうなオモチャが壊れた…程度にしか思ってないだろうがな」
「だが、そのオモチャが修理出来るとしたら…どうだ?」


私はそれを聞いてハルっちの心情を読み取る。
私達には力が無い、でも混沌の王にはある…
ハルっちが望むのはあくまで聖様の復活。
それが成せるのであれば、より確実な方法を選んだだけ…?


カーズ
「…あくまで俺の予測だ、鵜呑みにはするな」
「お前はお前の判断で…」
明海
「本当の答えを見付けろ…ですよね?」


私はコーチの言うであろうセリフを先読みしてそう答える。
するとコーチは微笑し、そうだ…と軽く答えて腕を組んだ。
私も思わず可笑しくて笑ってしまう。
そして…私は粒子化し始める世界を見て、ああ…と思ってしまった。


明海
「…コーチ」

カーズ
「どうやら、アレがクリア条件らしいな」
「お前は十分強くなった…自信を持て」


コーチは冷静にそう言って私を励ます。
私をそれを受け、苦笑して俯いてしまった…


明海
「コーチ、教子と毬子は…?」

カーズ
「心配するな、何があっても俺達がフォローしてやる」


コーチはそう言って私を安心させてくれる。
私は微笑し、改めて空を見た。
粒子化する世界の中、空には大量の光が収束していっている。
聖様は、こんな時いつでも皆を導いてくれたけど…


明海
(今は、私達自身が自らの力で進まなきゃならない!)

カーズ
「お前とは一旦ここまでだ、後は自分で何とかしてみろ」
「生きてさえいれば、いずれまた会う事もあるさ…」


そう言ってコーチは近くの木に背を預ける。
コーチの体は粒子化していない…それって、一体?


カーズ
「…心配するな」
「俺は特別製だ、お前ごときに心配される程じゃあない」

明海
『あ、あはは…そうです、ね♪』


もう、私の声も曖昧になっていた。
そして世界の終わりと共に私の存在はその場から消えていく。
きっと…次は別の世界に移動するんだろう。
だけど、私に不安はもう無い。
コーチが、私に沢山の事を教えてくれたから。
だからこそ、私は前を見る。
きっと、瞳も…同じ方向を見てると思うから……










『とりあえず、彼氏いない歴ウン千年のポケモン女が愛する男を救う為に戦う。後悔する暇も無い』



第6話 『卒業試験…明海の戦い』


…To be continued