…そこは、とある空間である。
何者にも干渉されず、ただ白き地平が広がるのみの虚無空間。
ただ…それを知る者からすれば、ある意味ここは世界一安全な場所と言えるのかもしれない…

そんな場所に、とあるポケモンは光の粒子を纏って出現した。


「…ヴォイド、戻ったのね」

ヴォイド
「………」


ヴォイド…それは、以前ウォディ達の部隊に紛れていたトゲキッスの女だ。
あの世界から撤退した彼女は、今この空間に逃げ延びて来た…という訳だが。
そんなヴォイドに声をかけるも、無視された謎の存在は露骨に機嫌を悪くしていた。
全身をボロボロのローブで覆い、正体を隠しているその存在は…これから後に華澄達と接触するであろう謎の存在である。


「…チッ、相変わらず無愛想な事」

ヴォイド
「…それより、マスターは何処だい?  『ディオ』…」


ディオと呼ばれた存在は、そう聞かれても何も返さなかった。
別に意趣返し…という訳では無く、本当に知らないのである。
ただ、知らないのをイチイチ答えるのが面倒だと思ったのだろう。
そんなディオの代わりに答えたのは、ディオと同じくボロボロのローブで全身を隠すこれまた謎の存在だった…


「…マスターは王室です、しばらくは会えませんよ?」

ヴォイド
「フィア…そう、という事は『創造(クリエイト)』中か」


ヴォイドはその存在に対し、フィアと呼ぶ。
そう…彼女もまたディオと同様、後に華澄達と接触する存在の片割れだったのだ。


ヴォイド
「なら、ディスは?  先に帰還してたはずだけど…」

ディオ
「今は治療中よ…随分ズタボロにされたみたいだけど、一体どんなバケモノとやりあったのよ?」


ディオにそう尋ねられ、ヴォイドはため息をひとつ吐いて面倒そうな顔をする。
そして数秒考えた後…正直にこう答えた。


ヴォイド
「…巨大ロボットに殴り飛ばされた」

フィア
「巨大、ロボット……ですか?」

ディオ
「バッカじゃないの!?  SFかっつーの!!」
「何でポケモンの私達がそんなアホと戦うってのよ!?」


ディオの言う事ももっともであろう…
それ位無茶苦茶な体験を彼女達はしており、そうとしか言い表せないのもまた事実なのだから…


ヴォイド
「…ありのまま言っただけなんだけどね」

フィア
「…それより、何故貴女は戻って来たのですか?」
「見た所、軽症だけの様ですが?」


フィアは疑問に思ったのかヴォイドを問い詰める。
別段強い口調と言うわけではなく、あくまで確認の為そう尋ねたのだが…
そんなフィアに対し、ヴォイドは少しだけ目を細めてこう告げた。


ヴォイド
「…予定に無いはずのゲストが現れた」

フィア
「…予定に無い?  それは一体…」

ディオ
「何の事よ?  ディスがやられたのに関係してるの?」

ヴォイド
「…それが解らないから、マスターに報告したかったんだけどね?」


3人はその場で考え込んでしまう。
そう…あの世界におけるフーリアの登場は、彼女達にとっても予想外でしかなかったのだ。
彼女達がマスターと慕う者は、そんなイレギュラーすらも予想していたのだろうか?

その答えは、まだここでは解りそうも無かった…


ヴォイド
「…それで、残りのふたりは?」

フィア
「既に別の世界へ潜伏しています、私達ももうしばらくしたら出ますので…」

ヴォイド
「…そう、ここまでは予定通りなのかい?」

フィア
「…少なくとも、マスターのシナリオ通りではあるかと」

ディオ
「どうかしらね…ディスが色々やらかしてるみたいだし、あのマスターがどう癇癪起こすか」


3人は揃って息を吐く。
良くも悪くも、このメンバーはそこまで仲が良くも無い。
ただ、あくまでマスターと呼ばれる存在の為に動いているに過ぎないのだ。
ただ、そんな中でも彼女達の思惑は各々異なっていた…


ヴォイド
(確かに、ディスは危険かもしれないね…でもマスターの為には必要な駒だろう)

フィア
(この身全てに置いて、私はマスターの所有物です…マスターの為だけに私は存在している)

ディオ
(私の憎しみは誰にも邪魔させない…!  必ずアイツを絶望のドン底に落として殺してやる!!)



………………………



そして、場面は変わり…今回の舞台となる新たな世界へ。


「………」


ザッザッザッ…!と、荒野をひとり歩く男がいた。
独特の装飾が施された漆黒のローブに身を包み、砂嵐の舞う荒野を歩く。
チラリと見える肌からは黒人を思わせる色が見え、それが彼の体色だと解るだろう。
そしてローブの奥から見える紅い瞳は細く、鋭かった…


ローブの男
「…そろそろか」


男は砂嵐が収まるのを確認し、遠目に街があるのを理解した。
そこが彼の今回の目的地であり、当面の居場所となる予定の場所。
周りは高い山に囲まれた山岳地帯でありながら、直下には深い森が広がる特殊な地形である。
そんな街には高い石壁で囲いが作られており、明らかに防衛用の設備。
見張りの兵もちゃんと配備されており、何かから街を守っているのは明白の様だった。

男はそのまま躊躇う事無く、その街へと足を向ける。
そしてそこから…新たな戦いが始まろうとしていた。











とりあえず、彼氏いない歴ウン千年のポケモン女が愛する男を救う為に戦う。後悔する暇も無い



第6章 『調和と混沌』











………………………



ローブの男
「…ここか」

兵士
「待て!  ここから先は許可が無ければ入れる訳にはいかん!」


俺が目的の場所に入ろうとすると、入り口を守っている兵士に槍を突き付けられて制止された。
俺は特に気にもしなかったが、やや兵士の気が立っているのは確かだろう。
やれやれ…面倒事はゴメンなんだがな?


ローブの男
「…ここの隊長を呼べ、知り合いなんでな」

兵士
「た、隊長の知り合いだと!?  ちょっと待て、確認する!!  お前の名は!?」

ローブの男
「…種族はジュペッタ、今は『カーズ』と名乗っている」


俺はとりあえずそれだけを伝えてしばらく待つ。
やがて数分後には、身長150cm程の小さな女が俺の所までやって来た。
俺はソイツの姿を確認し、軽く息を吐く。
すると、ソイツはいきなり笑い始める。


隊長
「アッハハハ!  アンタ相変わらずねぇ~?  何?  まだその辺でブラブラやってんの!?」

カーズ
「…お前も相変わらずだな、『クゥ』」


俺がそう言ってやった女は、頭に特徴的な鋼鉄の角を1本生やしており、種族は『クチート』。
服は何故か袴を履いた和風の服装であり、パッと見では時代錯誤にも映るかもしれない。
だがアレはクゥのお気に入りのスタイルであり、ある意味トレードマークのひとつとも言える姿だ。


クゥ
「とりあえず、来てくれて助かるわ♪  アンタも大事な話、有るんでしょ?」

カーズ
「…ああ、邪魔をする」


俺はそう言ってクゥと共に詰所へ入って行った。
特に変哲も無い洋風の建築物だな…まぁ世界の技術レベルからしたらこんな物だろう。



………………………



クゥ
「とりあえず座んなさいよ、後コーヒーで良いんだっけ?」

カーズ
「ああ、砂糖とミルクは多めでな」

クゥ
「ハハッ、アンタまだ苦いのダメな訳?」

カーズ
「勘違いするな、どうせ飲むなら甘い方が良いだけだ」


そう、断じてブラックが飲めない訳ではない。
ただ単に同じ物を飲むなら甘い方が良いだけだ。
それにブラックは健康に少し悪いらしいからな…


クゥ
「はい、注文通りよ…」

カーズ
「……ああ」


俺はとりあえずソファーに座ってコーヒーを1口飲む。
それを見てクゥも対面の席に腰を掛けた。
角はソファーの後ろに下ろしており、相変わらず邪魔そうな代物に見える。
まぁアレもクチートのトレードマークだからな…本人からしたら都合の良い物なのかもしれん。


クゥ
「で?  わざわざ来てくれたって事は、どんな儲け話持って来たの?」
「ただの親切心で、こんな所まで来る事しないわよね?」

カーズ
「…ああ」


俺はコーヒーをテーブルに置き、やや低めの口調でそう答える。
俺とクゥは相当長い間共に戦った間柄だ。
互いの性格も理解しているし、どんな人柄なのかも解ってる。
だからこそ、クゥも俺の意図は読めてるだろうし…俺もクゥがどう答えるかはほぼ確信していた。
だからこそ、俺は一切回りくどい言い方をせずにこう告げる事に…


カーズ
「クゥ、俺は『調和』と手を切る」

クゥ
「そっ、やっと重い腰を上げる気になったか…」


クゥは微笑しながら嬉しそうに茶を飲む。
ずっとその言葉を待っていた…そんな顔だな。
そういう意味では、待たせてしまったとも言えてしまうが。


クゥ
「でもどうする気?  そんな簡単に抜けさせてくれる程甘い相手でも無いわよね?」

カーズ
「ああ…だから表向きには所属したまま事を起こす」
「幸い今の所利害は一致しているし、利用価値もあるからな」


元々、世界を超える…という1点のみを利点として組織入りしたからな俺達は。
だが、その分のデメリットも多大に有った。


クゥ
「…単独じゃ私達は世界を渡れないものね」

カーズ
「そうだ、だからこそ表向きは調和の仕事として動く」
「幸い、俺達の評価はそれなりに高い…多少の個人的事情は」

クゥ
「見逃してくれる…か」


クゥはそう言って俺に1枚の紙を差し出した。
どうやら今回の任務内容の様だが…
俺はその内容を見て眉を顰める。
そんな俺の顔を見て、クゥは笑いながらこう言った。


クゥ
「どう?  やる気出たかしら?」

カーズ
「…旗揚げには好都合だな、ついでに理由も作れる」
「結果はどうであれ、任務さえこなせば文句は言われまい?」

クゥ
「そういう事…じゃっ、交渉成立ね?」


そう言ってクゥはわざとらしく手を差し出す。
俺はため息を吐きながらも、その手を握った。
やれやれ…相変わらず冷たい手だ。
…もっとも、向こうもそう思ってるだろうがな。


クゥ
「ふふ…これでようやく皆集められるわね~♪」

カーズ
「他の連中とは会ったのか?」

クゥ
「ん~ん、直接は会ってない」
「でも何人かは連絡貰ってたし、皆それなりにやってるみたいよ?」
「アマっちなんか、いつ動くんだ!?って、やる気満々だったし…」


俺はその姿を想像して頭を抱える。
アイツも脳筋なのは変わらずか…
まぁ、無事ならそれで良い…実力は確かだ、いずれアイツの力も借りる日が来るだろう。


カーズ
「…ヒーナやマイは?」

クゥ
「…解んない、あのふたりはあの日以来1度も連絡無かったから」


あの日以来、か…
俺はその時の事を思い出す。
今からもう、どれだけの時間が流れたか…

かつて、俺達はひとつのチームだった。
仲間意識は高く、協調性も抜群。
ここまで俺が生きて来た中でも、間違いなく最高のメンバーだっただろう。


カーズ
(だが、あの日を境に俺達はバラバラになった…)


それは、とある事件が発端となる。
俺達はその事件で失った物があまりに大きすぎ、失意のまま黙示録を迎えたんだ。
それこそが、第3の黙示録と呼ばれる世界のリセット…
今は、もう第8期になるのか…


クゥ
「アンタは…ふたりが生きてると思う?」

カーズ
「…断定は出来ん、だが例え死んでいたとしても、アイツ等は決して後悔して死にはしないだろうと俺は信じている」


いかんせん、時間が経ちすぎた。
そういう意味でも、俺が立ち上がるのは遅かったのかもしれん。
だが、今こそ俺は覚悟を決めた。
必ず、混沌から特異点を救う!
その為なら俺は、あえて調和を離れ『愚者(フール)』にでもなってみせよう!


クゥ
「…とりあえず、過去に浸るのはここまでよ」

カーズ
「了解だ、俺は何をすれば良い?」

クゥ
「それなら、ここへ向かってくれる?」


クゥはそう言って地図を俺に渡す。
それを広げて見ると、とある場所に目印が付けてあった。
ここに…何かがあるのか?


カーズ
「…一応確認しておく、理由は?」

クゥ
「アンタにしか、出来ないからよ」


成る程、信頼されてる事だな…ならば、疑うのも野暮だろう。
俺は地図を確認し、それを全記憶してから地図を燃やす。
余計な証拠は残さない方が良いからな。


クゥ
「言っとくけど、コピーは無いからね?」

カーズ
「いらん、全部頭の中に入れてあるからな」


俺はそれだけ言って、手で口のスライダーを閉める。
そしてそのまま、目的地へと向かうのだった…



………………………



カーズ
(この辺りだな、深い森に囲まれた謎の旅館だそうだが…)


俺は記憶を頼りにその建築物をイメージする。
何故こんな辺鄙な所に旅館が有るのか?
あまりに理解が出来ない立地だが…需要が有るのか?
それとも、何か罠を仕掛けてあるのか…?

どっちにしても、俺にしか出来んと豪語した以上…それなりのリスクは覚悟するべきだが。


カーズ
「見えた…アレか」


俺は目的の旅館を見付ける。
明かりも付いており、そこまで大きな建物では無さそうだ。
人影も窓から見えるな…今は時刻も夜、タイミングが良いと言えば良いが。



………………………



店員
「いらっしゃませー!  お一人様ですかー!?」

カーズ
「……ああ」


俺は中に入って唖然とする。
まず威勢の良い声で接客に現れたのは、『オタチ』の女だったのだ。
その姿はエプロン姿であり、どうやら食事を用意している途中だったらしい。


オタチ
「ノリっちーー!  お客さん案内してーー!  私厨房戻るからーー!!」


そんな事を元気に叫びながら、彼女は走って厨房に向かってしまう。
もしかして忙しいのか?  どうやら他にも客がいるみたいだが…
とりあえず入れ替りで現れた店員は、ヨーテリーの少女。
ノリっちとか呼ばれたいたな…アダ名か?


ノリっち
「お待たせして申し訳ありません!  えっと、宿泊のご予定ですか?」

カーズ
「あ…そ、そうだな」
「とりあえず、一泊で頼む」


俺は特に考えてなかったので、その場凌ぎの台詞で進めた。
そもそも俺が来たのは調査であり、泊まる予定は無かったからな…
しかし、見れば見る程何の怪しさも無い。
至って普通の旅館だ…


ノリっち
「それでは、こちらのお部屋をお使いください!」
「何かあればお気軽に鈴をお鳴らしくださいね~!?」


そんな感じで彼女もドタバタと行ってしまった。
俺は若干呆然とするも、鍵に書かれている数字を目安に部屋を探す事にする。
数字を見るに、そこまで部屋数は無さそうだな。



………………………



カーズ
「…ごく普通の部屋だな」


一応個室ではあるものの、中は狭くベッドしかない。
壁には突起が付いており、上着をかける事位は出来そうだ。
やれやれ、トイレや風呂は共用か?


カーズ
「クゥの奴、一体どういうつもりだ?」


俺にしか出来んとか言っていたが、一体どういう意味で?
そもそも、この旅館に何かあるのか?
俺は考えた所で何も答えが出なかった為、調査がてら食事を取る事にした。



………………………



カーズ
「………」


食堂に足を踏み入れたと同時、俺は驚愕する光景を目の当たりにする。
それは…大して広くもないスペースに、すし詰めの如く殺到している客の数だ。
テーブルや椅子は完全に満席状態で、溢れた奴等は床に直接座って食っている…!
いくつか敷物を持参してる奴もおり、もはやこの混み具合が普通なのだと言う事を物語っていた。

見ると、カウンター越しに厨房が見えるも殺気染みており、たったふたりのコックがこの人数を回転させている様だ。
まさに、戦場…だな。


カーズ
「やれやれ、これに交ざって食うのか?」
「テイクアウトして、部屋で食う方が良さそうだな…」


というか、この客数は明らかに部屋の数を越えてるだろ…
つまり、コイツ等は初めから食事を取るのが目的という事になる。
しかしそれだけでこの客は集まるまい…余程の料理が提供されているのか?


カーズ
「なん……だと!?」


俺はとある客が食っている料理を見て驚愕した。
何とそれは確実に中華料理であり、洋風のこの世界には不釣り合い過ぎる代物だったからだ。
しかし客はそれを美味そうに食っており、香りからも中々のレベルなのが俺にも解る。
成る程…客が集まる訳だな。


カーズ
(物珍しさもあって客が集まるんだ、しかも味が良いなら尚更か)


紛れもなくカルチャーショックだからな…良い意味での。
こんな場違いな料理が振る舞われていたら、1度は食べてみたいと思う者も多いはず。


カーズ
「メニューはこれか……むぅ」


中華がメインかと思えば、和食もあるじゃないか…
一体何処から原材料を調達しているのか非常に気になるが、もはやツッコムのは野暮と言う物!
とりあえず、無難に食べやすそうなのを選ぶか…


カーズ
「…焼きそばを頼む」

オタチ
「お客さん、食券買いましたー!?」


俺はそれを聞いて?と思う。
食券…?  そんな物があったのか?


オタチ
「あっちで受付してるんでー!  そこで券買ってからお願いしますねーー!!」

カーズ
「………」


俺は指示された場所を見て納得する。
成る程…コックの負担を減らす為に、会計用の店員をひとり用意していたのか。
見ると、エイパムと思われる女の店員が順番に食券を捌いている様だった。
俺もそれならばと列に並び、とりあえず待つ事にする。
そして数分後には目的の食券を手に入れたのだった…



………………………



カーズ
「………」


俺は焼きそばの皿を手に持ちながら、立ち食いをする。
ある意味風情っぽくも思えるが、とてもそんな感傷に浸れる精神を俺は持ち合わせていない。
しかし、味はシンプルながらしっかりした物だ。
これは…まさしく日本人の味付けだな。


カーズ
(…懐かしい、な)


俺は、過去に食った事のある焼きそばの味を思い出した。
アレ程の美味さでも無いが、それでも懐かしさを思い出す程には良い味だ。
そして、俺はようやくクゥが考えていた意図を読み取る事が出来た。
アイツめ…まったく回りくどいやり方をさせる。


カーズ
(この旅館のポケモン、来訪者か…)


俺は焼きそばの味で確信した。
この味付けは確実に手慣れた物であり、それも人間界特有の物だろう。
勿論、そういう世界に設定されていればそういう料理が出る事もある。
だが、この世界にそれは無い。
無いからこそ、噂が広まってこの客の数になっているのだから…
恐らく、口コミだけで噂が広まったんだろうが。

…この世界には電話もネットも無いんだしな。


カーズ
(という事は、今回の任務はここの連中の確保…か)


俺はそう確信し、とりあえず時間を潰す事にした。
仮にも宿泊客だからな…怪しまれはしないだろう。
そして客足が途切れたのを見計らい、俺は旅館の店員から話を聞く事にした。



………………………



オタチ
「3人ともお疲れ~!」

ヨーテリー
「あ~!  もうクタクタだよ~!」

エイパム
「今日も凄かったね…その分、収入も物凄いけど!」

「…!?  誰?」

カーズ
「………!」


俺は気配を消していたつもりだったんだがな…
4人の店員の内、ひとりだけが俺の気配を感じて振り向いた。
その姿を見て…俺は一瞬だけだが狼狽えてしまう。
そのせいで、反応がつい遅れてしまう事に…


カーズ
(あの女…マッスグマ、か)

マッスグマ
「…宿泊客ですか?」


その口調を聞いて、更に俺は狼狽える。
そこまで…アイツに似ているだと?


オタチ
「瞳…その人は今日宿泊してるお客様だよ?」

ヨーテリー
「そうそう!  どうかしたんですか?  もしかしてお腹空きました~?」


恐らくリーダーと思われるオタチが説明した途端、場の緊張は解かれる。
俺は各々の店員を見るも、やはりひとりだけが異様な存在感を放っているのに注目した。


「…何か?」

カーズ
「…いや、知り合いに良く似ていたものでな」
「気を悪くしたのなら謝る」

オタチ
「ふふ、気にしないでください…瞳はちょっと無愛想なだけですから♪」
「後ちょっと控え目で、向こう見ずな所もあるけど♪」

「もう明海(あけみ)…!  そういう事をお客さんに言わないで!」


成る程、控え目で向こう見ずか…やれやれ。
クゥの奴、まさかここまで想定して俺を送り込んだのか?
このマッスグマと俺を引き合わせて、何をさせるつもりだ?


カーズ
「それより、少し良いか?」
「ひとつ、最初に確認したい事がある…お前達は、異世界からやって来たな?」


俺の一言で一気に場が凍り付く。
そしてマッスグマの瞳と呼ばれた女が、俺を睨んで前に出た。
俺は息を軽く吐き、腕を組んで睨み返す。
目付きの悪さまで良く似ているな…やり難い事この上無い。
だが、仕事だ…俺は俺のやるべき事をやる。


「貴方は、まさか私達を狙って来たのですか?」

カーズ
「間違いじゃあ無い、想像通りの相手かは知らんがな」


俺はあえて挑発する様に言い、疑う様に仕向ける。
俺としても興味は湧いた…少し、試させて貰うか。


「3人とも退がって…私が追い払うわ!」

明海
「ひ、瞳…まだ敵と決まった訳じゃ!」

カーズ
「話が早くて助かる、さぁ来い…!」


俺はクイクイ…と手で煽り、相手から動くのを待つ。
すると、瞳は素早い踏み込みで一気に懐へと飛び込んで来た。
中々の踏み込みだ…が、些か頭が足りてないな。
俺は軽くため息を吐き、相手から放たれる掌底を無造作に受ける。
…が、俺の体は傾く事すらなく、微動だにしなかった。


「っ!?  ゴーストタイプ!?」

カーズ
「判断が遅い!」


俺は軽く右手で瞳の後頭部を『叩き落とす』…勿論手加減はしたがな。
とはいえ、瞳はその衝撃で床に叩き付けられた。
さて、ここからどうする?


「!!  っ!!」


瞳はすぐに体勢を整えて床に手を付き、そこから飛び蹴りを斜め上に放つ。
俺はそれを右手1本で止め、今度は足を掴んで天井に放り投げた。
衝撃で部屋が揺れ、パラパラ…と破片が落ちて来る。
瞳はそれでも尚闘志を燃やし、天井を蹴ってこちらに向かって来ていた。
俺はそれを目で見る事無く、パチンと指を鳴らして『鬼火』を発生させる。
そして1歩だけ後ろに退くと、突っ込んで来た瞳は鬼火に焼かれてそのまま床を転がった。


カーズ
「やれやれ、この程度か?  運動能力は高いが動きが直線的過ぎる」
「相手の情報も無いのに、イタズラに捨て身の戦法を取るバカがいるか…」

「ぐっ…!  まさか、ここまで全部読まれて!?」

カーズ
「お前みたいに物理しか脳が無い奴は、火傷だけでほぼ機能停止だ」
「自分の長所と短所はようく把握しておけ、でなければお前の技は何の役にも立たん」


俺は瞳を上から見下ろし、そうこき下ろしてやる。
やはり、アイツとはまるで違うな…未熟も良い所だ。
そもそも、控え目なアイツは物理技が苦手だからな…だからこそ、数多い特殊技を駆使するのが厄介だった。
それに対して、コイツの様は何だ?

確かに体を鍛えてあるのは良く解る、直線的な動きもマッスグマの長所を生かしてると言えるだろう。
だが、それに対してコイツは考える頭が足りていない。
少なくとも、雑に前に出て活躍するタイプじゃないな。


カーズ
「…お前、今以上に強くなりたくはないか?」

「…え?」


俺はつい、お節介を焼く癖が出た。
別にそんなつもりは無かったんだが、コイツがあまりにもアイツに似ているのが悪い。
そんなアイツに似ているコイツが、こんな無様なのは我慢がならん。
なら、コイツを鍛えてやるのも悪くは無いだろう…と思ったのだ。


カーズ
「お前はまだまだだ…そんなレベルでは到底混沌(カオス)の勢力とは戦えん」

「!?  貴方は…混沌を知っているのですか!?」

カーズ
「こっちも少し訳有りでな、混沌とは敵対する関係でもある」
「そして、お前達の様な『見知らぬ者(ストレンジャー)』を俺達は探していた…」

明海
「ま、待ってください!  貴方は、一体何が目的なんですか!?」


明海と呼ばれていたオタチの女が、必至な声でそう俺に尋ねる。
俺は少しだけ明海を睨むも、彼女は気丈にしていた。
そんな明海を余所目に、俺はこれだけを4人に告げる。


カーズ
「俺は、お前達の協力者だ…そして、特異点を見付ける為にお前達の力を借りたい」










『とりあえず、彼氏いない歴ウン千年のポケモン女が愛する男を救う為に戦う。後悔する暇も無い』



第6章 『調和と混沌』

第1話 『Stranger(見知らぬ者)』


…To be continued