「親父…俺は気が付いたよ」
「この世の中、エロい奴らが多すぎる…」


俺は、夜フツーに寝ていた。
だが、俺のすぐ側には豊満な胸を俺の側頭部に押し付けて一緒に眠る神狩さんと水恋さんがいる。
布団も無い状態故、皆で寄り添って暖まろうという作戦だったのだが…


(正直、辛抱たまらん!!)


ここまでの巨乳を俺の側頭部にふたりして押し付けられては、俺の息子は既に怒髪天!!
だが、ここは我慢せねばならん…!
幸い、ふたりともぐっすり寝ている…俺の息子の怒髪天は気付かれずに済むだろう。
しかし、ここまで自家発電すら我慢した俺の息子は、限界を迎えようとしていた。


(ああ…時が見える)


きっと、人のエロスは心理の扉を開いて、永遠にすらなれるだろう…
もういっそ雫使って暴走してしまいたい位だ…
って、んなわけいくかぁ!?  俺はまだこんな所で屈しはしない!!


(早く朝になれ早く朝になれ早く朝になれ…)


俺は煩悩を押さえ込み、呪文の様にそう繰り返す。
明日は間違いなく寝不足だな…
いつしか俺は仏にでもなれるのではなかろうか…?
そして舞桜さんはその日、結局現れる事は無かった。



………………………



「…眠い」


だが既に朝だ。
俺は重い頭をふらふらさせつつ、起き上がる。
足の痛みはまだあるものの、歩くのに問題は無い様だった。


水恋
「おっ、聖さん焼けてるぞ~?」

神狩
「…おはよう」

「…おはようございます」
「…舞桜さんは?」


食事時だというのに、未だに現れない。
それとも、焼魚は好みでないのだろうか?


水恋
「全く…あの娘は」
「おーい!  飯位一緒に食えーーー!!」


水恋さんは大声を天に向かってあげる。
そして数秒後、滝の上から飛び降りて来る人影。
両手を真横に広げ、ふんわりとした落下速度で俺たちの前に着地したのは舞桜さんだ。

そして、彼女はモジモジしながら、ちょこちょこと歩いて俺に近付いて来た。
ホントに恥ずかしがり屋だな。
とりあえず、俺は挨拶をする事にした。


「舞桜さん、おはようございます」
「昨日、あれから姿を見せなかったから、心配しましたよ?」

舞桜
「は、はいぃぃっ!  す、すすすみません!!」


舞桜さんは昨日と同様の反応で、ビクつきまくる。
ここまで恥ずかしがられると、逆にこっちがつらいわ…


「舞桜さん、もう少しフツーに出来ませんか?」

舞桜
「は、はひ…?」

水恋
「…いい加減、キョドるの止めろって事」
「聖さん、困惑してるじゃん」


水恋さんがそう言うも、舞桜さんの恥ずかしがりは筋金入りなのか、オドオドするだけだった。
う~ん、戦闘中でしかクールになれないとは…


「あの◯ルゴ13だって、人前には堂々と出るんですから、もっとどっしりと構えてください!」

舞桜
「そ、そうですね…!  が、頑張ります!」
「では、用件を聞きましょうか…」

「今回の依頼は、華澄というゲッコウガを助ける為、その命を狙うボスを始末してもらいたい!」
「大多数を予測される敵が襲って来るだろうが、君なら必ずやり遂げてくれると信じている!」

舞桜
「……分かりました、やってみましょう」

「おおっ!  ありがとう!!」


俺は両手で舞桜さんの右手を握り、感謝の気持ちを伝える。
ノリに乗った舞桜さんは到底似合いそうにない、キッとした表情で目を細めていた。


水恋
「それじゃ、そろそろネタも終わりにしてご飯に…」


ドガッ!


舞桜
「私の背後に立つな!」


瞬間、たまたま舞桜さんの背後に回った水恋さんが殴り飛ばされた。
プロの背後に迂闊に立つものじゃないな…
とりあえず、こうしてプロの空気を作り出す事により、舞桜さんは恥ずかしがりを克服した様だ…
って、ネタだけどそれで良いんかい!?



………………………



「さて、問題の洞窟だが…」


そもそも、洞窟はどこにあるのか?
俺はまず色々相談する為に、スマホを取り出す。
こういう時は恵里香に聞くのが1番確実だからな…


「恵里香、この辺りに洞窟はあるのか?」

恵里香
『う~ん、それっぽいのはあるけど、多分ハズレな気がする』
『どうにも、この辺りは小さな洞窟が多いみたいだからね』

「成る程、それなら逆に洞窟同士で繋がっている可能性もあるか…?」
「あえて手当たり次第入ってみるのはどうだ?」

恵里香
『その分、リスクも高まるけどね…』
『寄り道しまくった挙げ句、ボロボロの状態でボス戦とか、一昔前のRPGみたいな事になるかもしれないよ?』


確かに言い得て妙だな。
初期の◯ラクエとか◯Fはボス前に回復とか、まずあり得なかったからな。
今の温い環境はホントに楽になった物だ。
ポケモンだって、初代は後半フツーにPP切れとかはあったし…
適度に逃げるのが吉って事を思い知らされた覚えがあるな。


「洞窟前まで行けば、感知は出来るのか?」

恵里香
『深度にも寄るけどね…ボクの探知範囲は半径1kmだよ?』
『下や上に伸びてる分ならまだ何とかなりそうだけど、それにも限度はある』
『深追いはあまりするべきじゃない…今回の3人は、流石に騰湖や鳴程の強さじゃないんだから』


それは、俺でも解る。
何だかんだで騰湖たちは伝説のポケモン。
神狩さんも一応名目上はそうなんだけど、やはりレシラムやゼクロム程の大物ではない。
昔は騰湖たちも守連たちにあしらわれていたから、レベルで差が縮まるのもまた道理だが。


「…とりあえず、良い作戦をキボンヌ」

恵里香
『…まずはしっかり怪我を直す事』
『華澄ちゃんの事は心配だけど、今の彼女ならきっとそこまで無理はしないはず』
『運が良ければ共闘作戦も取れるし、ここは前向きに考えよう』


確かに、まだ俺の足は完治してないからな…
しばらく長距離移動は控えた方が良いのかもしれない。
だが、やはり華澄の事は気になる。
信じてはいるが、前の女胤の姿を思い出すと、不安が付きまとうな…


神狩
「…もう、行く?」

「ええ…とりあえず、それっぽい洞窟を探しましょう」
「早く華澄を見付けないと…」

水恋
「洞窟ねぇ…この辺りは結構多いけど」

舞桜
「うん、その内のどれかって事になるんだよね…」


とりあえず全員で唸るものの、良い案も出て来ない。
まずは移動だな…敵にも注意しないと。
俺はまだ若干痛む足を動かしつつ、移動を開始した。
とりあえず、洞窟を見付けたら手当たり次第に入って恵里香に探知してもらおう。
敵がいるなら、逆に華澄がいる可能性も高いだろうからな…



………………………



「まず、ひとつ目か…どうだ?」

恵里香
『ダメだ、華澄ちゃん所か敵の気配も無い』
『規模も小さいみたいだし、そこはハズレだね』


流石に1発ヒットは無いか…
まぁ、気長にやるしかないな。 



………………………



「これで7つ目…どうだ?」

恵里香
『…敵の気配はある、だけど華澄ちゃんの気配は無い』
『多分危険だよ?  出来れば無理はしない方が良いと思うけど』


だが、この7つ目で初めて敵の反応があったのも事実。
ボスがいるなら、先に倒してしまう選択もあるが…


「そういえば、華澄を見付ける前にボスを倒したらどうなるんだ?」

恵里香
『その時は、この世界が修正され終わると同時に華澄も修正されてしまうよ?』
『女胤ちゃんの時と同様に、世界と一緒に消え始める事は無いけど、世界が完全に修正されきったら、そこにそのままの華澄ちゃんは居続けられない』


って事は、やっぱ華澄を先に見付けないと意味が無いって事か。
厄介だなチクショウ…


水恋
「聖さん、この洞窟だけど…入るなら覚悟した方が良いかも」

「えっ?」

舞桜
「この洞窟は相当下に広がっていて、巨大な地下空間があるんです」
「噂では、とんでもないポケモンがいるって話ですね」


ふたりはそんな重要な情報をくれる。
それは、まさに朗報じゃないのか?


恵里香
『…可能性は高そうだね』
『ボスがいるなら、華澄ちゃんもほぼ確実にいるはず』
『深さがあるなら、ボクの射程外に潜んでいる可能性も高いね』


なら決まりだ。
ここ程高い可能性は恐らく今は無い。
徒労に終わる可能性もあるが、今は賭けよう。


「…行こう、華澄を救いに!」

神狩
「でも、足は大丈夫?」


俺はまだ痛む足を動かす。
戦闘では足手まとい確定だろうな…


水恋
「後1日静養する事を、お姉さんは推奨します」

舞桜
「む、無理はしないでください!」
「この洞窟には目印を付けておきますので、1度滝壺の拠点に戻りましょう」
「あそこは敵がほとんどいない、数少ない安全地帯ですし…」


言われて、俺は仕方なく折れる。
このまま強行しても、皆のモチベを下げかねない。
俺は万全の状態で挑む事を選んだ。
洞窟内に敵がいるなら、消耗は避けられない。
今は、華澄の無事を祈ろう…



………………………



「………」

舞桜
「じっとしててくださいね…この薬草は切り傷とかに良く効きますから」


滝壺に戻って来た俺たちは、とりあえず分担作業に入った。
水恋さんは例によって食糧確保。
神狩さんは薪集め、そして舞桜さんは俺の治療と護衛だ。
そして俺は足と背中の怪我を舞桜さんに見てもらっている。
傷口を水で洗い、舞桜さんが確保していた薬草を俺の足と背中に塗り込んでくれた。
この薬草は、あらかじめすり潰していた物らしく、その汁が薬となるそうだ。
その後、別の葉っぱを俺の傷に絆創膏の様に張り付け、その上から軽く紐の様な柔らかい草で固定してくれた。
これで、手当は終わりだ。


「流石、草タイプって感じですね…」

舞桜
「い、いえ…たまたま知ってた知識を生かしただけで」


そう言って舞桜さんは顔を赤くして照れてしまう。
最初に比べたら大分話しやすくなったな…
舞桜さんも徐々に慣れてきているのだろう。
折角だから、色々聞いてみようかな…?


「舞桜さんも、水恋さんたちと同じ位の年齢なんですか?」

舞桜
「あ、はい…水恋ちゃんとは同い年ですね」

「…昔、ガキの頃の俺とパーティ組んでたんですよね?」
「華澄と…一緒に」


あくまで俺の予想だった。
舞桜さんたちが俺に向けてくれる愛情は、確かな物だ。
だったら、その根拠はそれしかないと俺は思った。
そんな俺の静かな問いに、舞桜さんは静かにコクリと頷く。
そして、思い出す様に舞桜さんはこう語り始めた…


舞桜
「…華澄ちゃんは凄かったです」
「いつだって皆の先頭に立ち、聖さんを護る」
「私や水恋ちゃんは、いつもそんなふたりの背中を見ていました」
「いつか、私も聖さんの隣に立ちたいって、思いながら…」
「多分、神狩さんも同じだと思います」

「………」


舞桜さんたちも、騰湖たちと同じだ。
俺の隣には必ずパートナーがおり、それは絶対的な壁。
俺も、当時は割と華澄たちを贔屓に見ていたのだろう。
そして、それが最終的にあのクソ世界を生み出す事に至るんだから笑えないが…
俺のお気に入りだった4人…その4人と、ただ幸せな夢を見るだけの、クソ世界。


舞桜
「…ごめんなさい」

「…え?」


突然、舞桜さんに謝られる。
俺は何の事か解らずに困惑していると、舞桜さんは暗い顔でこう告げた。


舞桜
「…私たちは、嫉妬のあまり華澄ちゃんたちを殺そうとしました」

「!?」


それは、あまりに衝撃的な告白だった。
だが、俺はその意味を痛い程知っている。
先住者を殺して成り代わる、理のクソシステム。
パルキアさんたちが、心を殺してでも選んでしまった、唯一の選択肢。
舞桜さんたちもまた、その道を選んでいたのか…


舞桜
「最初は、パルキアという人に情報を貰っただけでした」
「ピカチュウ、キュウコン、ゲッコウガ、ドレディアの何れかを殺せば、その存在に成り代わる事が出来る…と」
「ただ、そうなればオレたちと戦う事になる…とも」


そうだったのか…舞桜さんたちはパルキアさんに情報を貰って決断したんだな。
あのルール下において、ルールに抵触するのは俺への情報開示。
その他の人間に対しては、情報開示はルールに抵触しないって事だ。

パルキアさんたちからすれば、選択肢を与えたに過ぎない。
どの道滅ぶ運命なら、少しでも可能性のある方に賭けた方が良い。
それが、どんだけクソな選択肢でも…!


「…でも、負けたんですね」

舞桜
「……はい」
「バチが当たったんです…自分可愛さに、他人を殺して居場所を奪おうだなんて」
「…最後の最期、華澄ちゃんは泣いてくれました」
「私、あの顔を見て後悔しました…」
「例え記憶を無くしても、私の事を覚えてなくても…」
「あの人は…昔と同じ、優しいゲッコウガのままでしたっ」


舞桜さんは懺悔する様に俯いて語る。
肩を震わせ、声を殺して涙を流していた。
誰も悪くなんて無い、悪いのは全部俺だ。
いっそ罵ってくれた方が気が楽だったかもしれない。
お前なんか死ねば良いのに!とでも言ってくれたら、返って笑い飛ばせたかもしれない。
だけど、全部終わってしまった事だ。
もう、過去は取り戻せない。
罪は…消せない。


「…俺は、あんなクソ世界を造った事を後悔しています」
「あんな、不幸な人しか生まなかったクソ世界は、造るべきじゃなかった」
「…俺は、舞桜さんたちに殺されても、文句は言えない」

舞桜
「そんな事ありません!」


俺は舞桜さんに強く否定され、目を合わせる。
舞桜さんの目は涙で溢れているものの、強い眼差しだった。
そして、俺の弱い心に渇を入れるかの様な声でこう言う。


舞桜
「あの世界が無ければ、私たちはこうして聖さんと再会する事はきっと出来ませんでした」
「あの世界があったから、私たちは自分を見つめ直し、更に強くなれたんです!」
「どの道滅ぶ運命、それならいっそ最期まで抗おう…」
「そう決めて、私たちは3人で鍛え、強くなったんです」
「そして、とうとう聖さんが来てくれた…」
「報われる時が来たんです…私たちの努力が!」


舞桜さんは最後に俺の手を取り、笑顔で強く言う。
舞桜さんは決して絶望していない。
俺は、どうやらまだまだ弱いらしい。
それなら、まだ強くなろう。
そして信じよう…俺を好きだと言ってくれる、彼女たちを。


水恋
「…ええい焦れったい!」
「こら舞桜!  そこは一気に押し倒して既成事実作るとこだろ!?」

舞桜
「え?  えぇっ!?  き、ききき、既成事実!?」

神狩
「…ズルい、それなら私もヤりたい」


とりあえず一気に台無しになってしまった。
どうやら、隠れて見られてたらしい。
舞桜さんは顔を真っ赤にして狼狽えている。


「…とりあえず、食事にしましょう」


夕日も大分落ちて来てる。
暗くなる前に、さっさと準備した方が良いだろう。
結局、舞桜さんはそれから何も出来ずにオタオタしているだけだった。



………………………



「おっ、今日は肉もある」

神狩
「野鳥を捕まえた…しっかり焼いてから食べる」


見ると、野鳥を捌いたと思わしき肉片が木の枝に刺さっている。
魚も別であり、今回は少しだけ豪勢に思えた。


水恋
「アタシは魚で良いけど、やっぱ皆鶏肉とかの方が良いの?」

舞桜
「ん~私はどっちでも良いけど」

神狩
「断然お肉」

「俺も別にどっちゃでも」


まぁ、好みはそれぞれだわな。
俺的には今は肉食って血を補充したい所だが。
しっかし、タレが無いのはちょっとキツいな…塩でもあれば良いんだが。


舞桜
「えいっ、魔法の粉!」

神狩
「…何それ?」


突然、焼いている魚と肉に舞桜さんが何かを振りかけていた。
調味料っぽいが、塩とかじゃないな。
一体何…って、この臭いは。


水恋
「お~香ばしい~ガーリックの香りだ~♪」

神狩
「くんくん…じゅるり」

舞桜
「昨日の内に、たまたま見付けたから作っておいたの♪」
「細かく粉末状にしてあるから使いやすいし、足りなければ言ってね?」


うむ、これは食欲がそそられるな。
やはりにんにくと肉の相性は抜群だ。
今日はいつもより食べられそうだぞ!
こうして、俺たちは楽しく食事をした。
やっぱ良いな…こうやって誰かと楽しく食事をするのは。



………………………



「………」


そして夜…今夜もまた、忍耐の修行が始まった。
しかも、今夜は舞桜さんも混ざっての4人合体。
合体と言っても、断じて局部は繋がってないから安心してくれ!

ちなみに俺の側頭部には昨日と同じふたりの巨乳。
そして、俺の股間には胸を押し付ける舞桜さん。
既に爆発寸前の息子はもはや猛り狂っていた。
っていうか、何故股間に抱き付きますかね舞桜さん…?
あれだけ恥ずかしがってた人が随分積極的になったものである。


舞桜さん
「うぅ…寒いよ~」


どうやら、寒いから仕方なく抱き付いているらしい。
とは言え、それなら基本暖かい神狩さんに抱き付けば良いのでは?と思うのだが、これは素人考えだろうか?
そして、舞桜さんがギュッ!と俺の股間に胸を強く押し付け、俺の息子はより怒り狂う。


(むぅ、これはたまらん!)


思わず本気を出してしまいそうになるが、ここは菩薩の心で耐える。
心頭滅却すれば火もまた涼し!
こんな物、歴戦の猛者たる俺の無心の極意を持ってすれば耐えられぬわけはない!!


舞桜
「…ZZZ……聖さんの、大っきくて…暖かい、うふ♪」

(ぐあああああああぁぁぁぁっ!! 耐えろ!  煩悩に負けるな!!)
(つか、この人俺の股間に抱き付いてどんな夢見てんだ!?)


少なくとも舞桜さんの顔は幸せそうな顔だった。
神狩さんと水恋さんもぐっすりだし、皆心臓太いな!?
この状態で敵が来たら何て思うのか…
そして当然の事だが、次の日の朝一番に舞桜さんの叫び声で皆起きたのは言うまでもなかった。
完全に寝ぼけてたらしい。



………………………



「………」
「…眠い」


俺は完全に睡眠不足だった。
っていうか、昨日からロクに寝てない。
何故健全なフツーの少年である俺がこんな苦行に挑まねばならんのか…?
とりあえず、俺は足の怪我が大分良くなったのを確認し、その場で軽くステップしてみる。
よし、痛みはほとんど感じない。
舞桜さんの薬草は大したもんだ。
まぁ、俺のHPが30もないせいなんだろうが。


水恋
「聖さん、眠そうだけど大丈夫?」

神狩
「…もう少し寝てた方が」

「いや、大丈夫です」
「動き始めれば、覚醒すると思うんで」


俺は心配をかけない様にそう言って魚を食う。
昨日の夜と同じ味だ、うん美味い♪
っていうか、すっかり魚が主食になってしまったな…
米が流石に恋しくなる…パルキアさんの所では米も食べられたんだがなぁ~
まぁ、こんな状況で贅沢は言えない。
これでも作ってくれた人には感謝なのだから。



………………………



「…敵の気配は?」

恵里香
『昨日と変わらず…逆に動きが無いのが不気味だね』


俺たちは改めて目的の洞窟に辿り着いていた。
だが、ボスらしきポケモンの動きは変わってないという…
単に長い眠りとか、物臭してる奴とかなのかもしれないな。
しかし、それならそれでやりやすいかもしれない。
相手の位置が動かないなら、避ける事も出来るだろうし。
俺たちは頷き合い、早速洞窟内に入って行った。


「俺を中心に左右は神狩さんと水恋さん、舞桜さんは後方を見ててください」

神狩
「了解、何があっても必ず護る」

水恋
「いざとなったら、遠慮なくお姉さんを頼りなさい!」

舞桜
「背中は私が預かります!」


こうして陣形を組んで俺たちは探索していく。
思いの外敵は少ないらしく、ほとんど出会う事は無かった…
そして、1時間程進んだ所で、ついに恵里香が反応する。


恵里香
『見付けた!  ビンゴだ、華澄ちゃんの反応!』

「遂にか!  って事は、ここから最低1kmは進むのか?」

恵里香
『そうなるね…恐らく、後何階層か潜れば辿り着くとは思うけど』

「…敵の反応は?」

恵里香
『変わらず同じ位置だ』
『っていうか、そのままだともうすぐ接触するね…気を付けて!』


おいおい、もうすぐって…
ここまでほとんど、入り組んだ道は無し。
つまり、敵との接触は避けられないって事か?
一体、ボスはどんな奴なんだ?


神狩
「…嫌な気配がする」

水恋
「だね、多分例のボスって奴じゃない?」

舞桜
「…こんな気配、確かに感じた事無い」
「いや、何かに似ている気も…?」

「舞桜さん?」


俺が舞桜さんに話しかけると、舞桜さんは自分の世界で考え込んでいた。
やがて、特に良い考えは浮かばなかったのか、諦めた様に項垂れる。


舞桜
「ダメ…思い出せない」

水恋
「過去にやり合ったヤツなの?」

舞桜
「多分、そんな気もするんだけど…」
「でも、何かが違う」
「少なくとも私たちが近付いている気配は、知らないポケモンみたいなの」


俺たちは慎重に歩を進める。
ここまで敵の遭遇は無し。
つまり、前回のキュレムと同様…ボスの可能性が非常に高い。
一体どんな相手なのか?  勝てる相手なのか?
少なくとも、恵里香は幹部とまで言う相手だ。
騰湖たちの様な、規格外の禁伝ポケモンならともかく、果たしてこの3人で無事に勝てる相手なのだろうか?



………………………



「…いた、アレか?」

恵里香
『これは、相当厄介かもしれない』
『華澄ちゃんはまだ先にいるのに、ここでやり合うとなると…』


つまり、ボスは目の前なのに、肝心の華澄が更に奥にいるという最悪の状況。
どうする?  最悪俺だけでも華澄を探した方が良いのか?
それとも、戦闘が始まれば華澄から来てくれるか?


恵里香
『ここは、華澄ちゃんから来てくれるのを願おう』
『幸い、華澄ちゃんの反応は徐々にこちらへ近付いて来てる』
『多分、合流出来る可能性は高い』 

 
俺はそれを聞いて方針を決めた。
まずはコイツを何とかする!
そんで、テキトーに追い詰めながら華澄を待つ、だ!
もっとも、この作戦は100%勝てる場合の作戦だが。
この戦いにそんな可能性は当然無い。
だけど、俺は諦めない…誰が何と言おうと皆を俺は生存させる!


「…しかし、眠ってるのか?」


遠目に見るが、ソイツは三角座りで踞っていた。
体色は黒色で、所々に緑の斑点の様な物がある。
体は痩身と言える程痩せこけており、顔は見えないが相当細いだろうと予想出来た。
とりあえず、先制攻撃でもしたい所だが…


舞桜
「…この位置からだと、影が狙えない」

水恋
「動きを止めて瞬殺ってわけにはいかないか」
「影はどっち側?」

舞桜
「方角が間違ってないなら、時間的に見ても丁度反対側」
「せめて空中に上がらないと、狙うのは難しいと思う…」


どうやら舞桜さんの『影縫い』は、実際の太陽の位置から算出される影の位置が重要らしく、目に見えている影はアテにならないらしい。
その分、影の見えない暗闇でも場所さえ合ってれば縛れるのが魅力だそうだが。


神狩
「…ここは私がまず先行する」
「ふたりはフォローをお願い!」

水恋
「しゃあない!  それで行こう!」

舞桜
「聖さんは私に任せて!  ふたりとも遠慮なく行って!!」


とりあえず作戦は決まり、それぞれが動き始める。
敵はピクリと若干の反応を見せるも、まだ座ったままだ。
そこへ、神狩さんが全力で拳を握る。
腕から炎が巻き起こり、『フレアドライブ』の態勢に入った証拠だ。
まずは、小手調べ所か全力で倒しに行ってるな…
流石にあれをモロに食らったら、ただじゃ済まないが。


神狩
「…いける、このタイミングなら!」

「!!」


それは、一瞬の事だった。
神狩さんが振りかぶって拳が届く直前、敵は…神狩さんの目の前から消えたのだ。
神狩さんはタイミングを完全に外され、勢い余って地面を転がる。
そして、次の瞬間。


ドギャァン!!


神狩
「ぐうっ!!」


突然、神狩さんの周りで地面が抉れる。
いや、どっちかというと、ならした感じだ。
つまり、あれは『地ならし』!?
まさか、地面タイプなのか!?

俺は改めて敵の姿を見る。
神狩さんの位置から遥か後方に位置し、しっかりと立ってこちらを見る姿。
その姿はまるで絶食で修行しているかの様な見た目だった。
全身の骨は浮き出ており、ミイラ寸前の痩身。
顔も頬骨が浮き出ており、目は虚ろで虚空を見据えている様だ。
ポーズはやや前傾姿勢。
まるで獣を思い起こさせるその姿に、俺はゾクリとしてスマホを耳に当てる。
そして、すぐに叫び声の様な恵里香の声が聞こえた。


恵里香
「気を付けて!!  彼女は『ジガルデ』だ!」
「今はまだ大した事の無い形態だけど、ダメージに応じてどんどんパワーアップする!」
「やるからには一撃で決めるつもりで行くんだ!!」


俺はそれを聞いてスマホをポケットに仕舞う。
何てこった…ここに来てジガルデとはな!
神狩さんはタイプ一致の効果抜群でいきなり大ダメージ。
有利が取れるのは草タイプの舞桜さんのみ…か!


「アイツはジガルデだ!  タイプは地面、ドラゴン!!」
「気を付けて!  追い詰めれば追い詰める程強くなります!!」


俺の叫びに全員が気を引き締める。
あれですらまだ最弱形態…その分スピードはかなりある!
当てられるか…あの速度に!?


水恋
「だったら、これでどうだぁ!?」


水恋さんは両手に冷気を集め、それをジガルデに放つ。
強烈な『吹雪』がそこから巻き起こり、ジガルデは高速で移動するもダメージを与える事に成功した。
だが、浅い!  ジガルデの周りにはすぐに緑色のジガルデセルがまとわり付き、ジガルデを更に強化していく。


ジガルデ
「!!」


一気にジガルデは痩身からフツーの体型にパワーアップした。
スピードは目に見えて落ちたが、逆にその分パワーは上がる!
ジガルデは、水恋さんにターゲットを合わせて走り出した。
水恋さんはそれを見てすぐに距離を取る。
フローゼルの速度は伊達じゃない、今のスピードなら水恋さんがダントツに速い!


ジガルデ
「ガァッ!」


ジガルデは突然スピードアップする。
このタイミングでそんな技となると、『竜の舞』かっ!


舞桜
「させません!!」


舞桜さんは、飛び上がってジガルデの足元を的確に撃ち抜く。
ダメージは与えられなかったものの、『影縫い』の効果でジガルデは縫い止められた。
そこは絶好の攻撃チャンスとなる。


神狩
「つあぁっ!!」


神狩さんがすかさず『神速』でジガルデの背中に突撃する。
メキィ!と背骨を軋ませる音をたて、ジガルデは悶絶した。
そして、また多数のセルがジガルデに集まっていく。
ジガルデは更に体をパンプアップさせ、段々巨大になっていった。
この時点でもう神狩さんの190cmよりも大きい!
スピードは落ちたとはいえ、竜の舞の効果は大きい。
影縫いの効果がある内に決め切らないと、ヤバイ感じがプンプンする!!


水恋
「離れて神狩さん!!」

神狩
「!!」


神狩さんは危険を感じ、すぐに神速で距離を取る。
瞬間、ジガルデの周りで『地震』が起こった。
流石に直撃はしなかったものの、神狩さんと水恋さんはダメージを受ける。
神狩さんは効果抜群…今ので目に見えて動きが鈍くなってしまった。


神狩
「く…こうなったら、炎タイプは邪魔!!」


直後、凄まじい炎が神狩さんの全身を包む。
神狩さんの着ている服すら焼き付くし、神狩さんはその強大な炎を両腕に集めてジガルデに放った。
ジガルデは動きを封じられたまま直撃し、大爆発。
凄まじい爆発に俺たちは全員吹き飛ぶ。

あれは『燃え尽きる』か…?
という事は、これ以降神狩さんはタイプ無し、無属性となる。
確かに、これなら抜群も突かれない…どの道炎は半減だからこっちの方が返って安全だ。


「くっ…どうなったんだ!?」


爆煙で視界が悪い。
だが、ジガルデセルが集まっていくのは解る。
そして、俺は理解した…聳え立つ巨大な人影。
いや、あれはもう人なのか?
俺は絶大な恐怖を目の当たりにした気がした。
俺の目に写るジガルデの姿は、もはや巨人だったのだ……



………………………